福島みずほのどきどき日記

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安保法制、駆け付け警護は違憲 11/16参憲法審査会

11月16日(水)の参議院憲法審査会で、2回にわたって意見を述べました。自衛隊は南スーダンから撤退すべきです。憲法違反の駆け付け警護は行うべきではありません。憲法審査会は、改憲論議ではなく、昨年、明確に違憲であるにもかかわらず強行された安保法制、戦争法についての広範で総合的な調査こそ行うべきです。

○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。社民党を代表して意見を述べます。
 まず冒頭、昨日、十一月十五日、安倍政権が閣議で南スーダンPKOの駆け付け警護の新任務を付与しました。南スーダンは内戦状態であり、PKO五原則は崩壊をしています。憲法違反です。撤退をすべきです。また、駆け付け警護はやるべきではありません。憲法違反のこのような行為をすることはできないと強く抗議をいたします。
 憲法審査会は、国会法百二条の六の規定によって二つの任務が与えられています。第一番目の任務は、日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的な調査を行うことです。そのことを憲法審査会でやっていかなければなりません。
 今の日本において日本国憲法が実現をされているでしょうか。憲法二十一条の表現の自由は今著しく侵害されています。世界で表現の自由ランキングは七十二位まで落ちました。憲法十九条の思想、良心の自由、憲法十三条の個人の尊重と幸福追求権、憲法の規定する労働基本権、そして憲法二十五条の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利など、実現をしているでしょうか。憲法価値の実現こそやらなければならないことです。国会は憲法価値の実現をこそやるべきです。改憲の必要性はありません。この憲法審査会で改憲の議論をしてはなりません。
 社民党は、憲法についての広範かつ総合的な調査ということでは、何といっても安保関連法、戦争法についての広範かつ総合的な調査を求めます。安保関連法、戦争法について合憲と言う法律家はほんの一握り、数人ではないでしょうか。憲法に照らせば、安保関連法、戦争法は明確に違憲だからです。そして、政府見解に照らしても違憲であると断言できるからです。
 安倍政権は、戦後長年にわたり積み上げ、確認をしてきた政府見解をねじ曲げ、安保関連法、戦争法案を国会に提出し、強行採決をしました。このことは立憲主義を踏みにじるものであり、憲法への冒涜です。自らの政府見解をねじ曲げたことに重大な問題があります。
 政府は一貫して集団的自衛権の行使は憲法上許されないとの立場を取ってきました。二年前に一転して行使できると唱え始めたときの論拠は、集団的自衛権と憲法との関係を整理した一九七二年、昭和四十七年の政府見解です。ところが、この見解の結論は、集団的自衛権は行使できないというものです。その文章を変えることなく、解釈を百八十度ひっくり返しました。
 安倍政権は、一九七二年見解の中に、行使容認の法理としては当時から含まれていたと答弁をしました。しかしながら、一九七〇年以降の歴代政権も、内閣法制局長官、幹部も、行使はできないと答弁し続けてきました。一九七二年見解の作成者たちは、国会答弁で集団的自衛権の行使を全否定しています。
 一九七二年九月十四日、吉國内閣法制局長官は、我が国に対する侵略が発生して初めて自衛のための措置をとり得るのだということからいたしまして、集団的自衛のための行動は取れないと、これは私ども政治論として申し上げているわけではなくて、憲法第九条の法律的な憲法的な解釈として考えておると答弁を明確にしています。
 同じく一九七二年見解の決裁者である真田次長、角田部長も、その前後の国会答弁で、集団的自衛権行使は憲法違反であるとしています。一九七二年五月十二日、真田次長は、よもや憲法九条がこれを許しているとは思えない。一九七二年六月三日、角田部長、当時は内閣法制局長官ですが、国会でこう述べています。集団的自衛権につきましては、全然行使できないわけでございますから、ゼロでございます。集団的自衛権の行使は一切できない、日本の集団的自衛権の行使は絶対にできないと。
 もう一つの一九七二年見解があります。一九七二年政府見解で同じ国会質問を受けて当時の防衛庁が作成し、内閣法制局に国会提出の決裁を仰ぎ、吉國長官たち三名が署名押印した防衛庁政府見解も集団的自衛権の行使は違憲としています。
 さらに、当時携わった役人の証言もあります。一九七二年見解の作成に内閣法制局第一部長として当時関わり、後に法制局長官も務めた角田禮次郎さんは、共同通信の取材に答え、七二年見解にある外国による武力攻撃の対象には米国などの同盟国も含まれるのかと聞かれ、攻撃対象は日本のこと、同盟国のことは考えてなかったと明快に答えています。これは、二〇一六年七月一日、共同通信全国配信で書かれていることです。
 一九七二年当時の様々な文書によっても、一九七二年前後の政府答弁によっても、現在御健在の方の証言によっても、いかなる角度からも一九七二年見解は集団的自衛権の行使を政府が認めたものではありません。なぜ安倍政権は一九七二年見解が集団的自衛権の行使を言外に認めていると強弁できるのでしょうか。この問題が極めて深刻なことは、政府自身の見解を政府が後から解釈を捏造し、ゆがめてしまっていることです。これでは、政府の見解など全くないがしろにするものです。
 憲法がいかようにも時の政権によってねじ曲げられ違憲を合憲とし得るのであれば、憲法は憲法の意味を成しません。憲法の最高法規性を安保関連法、戦争法は踏みにじっています。憲法が憲法でなくなれば、国会は何を根拠に法律を作るのでしょうか。内閣は何を基に行政を行うのでしょうか。裁判所は何を根拠に裁判を行うのでしょうか。
 憲法改正をしても、その憲法を政府が遵守しないのであれば、憲法改正の意味もありません。総理や国会議員がいつでも憲法を解釈によって破壊してしまうことができるのであれば、改憲を議論する意味もなくなってしまいます。改憲を論ずる資格はありません。
 私たちは、改憲を議論する前に、破壊された憲法を取り戻すべきではないでしょうか。改憲を議論する前に、憲法違反の安保関連法、戦争法の憲法適合性を議論すべきです。そのことなくして改憲の議論をしてはなりません。
 社民党は、憲法審査会で安保関連法、戦争法の憲法適合性を議論することを強く求めます。

○福島みずほ君 二度目の発言をお許しくださいまして、本当にありがとうございます。
 二点申し上げます。
 先ほどからもありますが、社民党も、自民党日本国憲法改正草案は極めて問題であり、絶対にベースにすべきでないということを申し上げます。
 自民党日本国憲法改正草案は、基本的人権は常に公益及び公の秩序によって制限できる、国民は常に公益及び公の秩序に従わなければならない、そして家族は互いに助け合わなければならない、たくさんの義務規定によっております。憲法は国家権力を縛るものなのに、国民を縛るものになっている、これは憲法とは言えません。パッケージとして問題であるということを申し上げます。
 二点目、何のための憲法改正なんでしょうか。
 この間、憲法改正のターゲットはどんどん変わっています。初め、憲法九十六条、憲法改正の発議を三分の二、それを過半数にするという意見が出ました。すると、裏口入学であるという批判が出て、この九十六条を改憲するという案は今の段階では引っ込みました。その後、例えば環境保全責務や乱訴になるのではないか、これも下火になりました。そして、緊急事態宣言条項が熊本地震の際には出ました。そして、天皇が退位をおっしゃったときには、生前退位を、これは憲法改正が必要だと言われた議論もあります。そして、今は合区解消のための憲法改正が言われています。
 何のための憲法改正でしょうか。「さまよえるオランダ人」ではないけれども、憲法改正をしたい、憲法改正するにはどこが容易か、どこが必要なのか、つまり、どうしても憲法を変えなければならないという必然性があるのかどうか、私は疑問に思っています。
 護憲と改憲は対等ではありません。改憲に必要性があるとなって初めて改憲の議論が出るべきです。私たちは、憲法尊重擁護義務を持っております。まさに、合区というのは、私も人口が比較的少ないところに元々生まれ育ったので理解はできますが、公職選挙法の改正や選挙制度、先ほど公明党からも議論がありましたが、それは憲法改正ではなく、まさに選挙制度の中で私たちはしっかり議論をすべきではないでしょうか。
 初めに憲法改正ありきの議論ではなく、私たちは憲法を生かすことから始まり、そして護憲と改憲は対等ではないということを申し上げたいと思います。

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9/7 参・憲法審査会にて、発言しました。

9/7(月) 憲法審査会で、発言しました。
議事録アップが遅くなり申し訳ありません。


○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。社民党を代表して発言をさせていただきます。
 社民党は、二院制を堅持すべきだという考え方です。民主主義の強化というのが最大の理由です。
 立法府は国権の最高機関であり、三権分立の中で最高の地位を占めております。最高機関である国会の民主主義の強化という意味では、二院制の方がはるかに優れております。また、行政の監視という点でも立法府を強化していくこと、そのためには二院制がふさわしいというふうに考えております。
 小選挙区と郵政民営化のときに、衆議院は可決し、参議院では否決をいたしました。衆議院と参議院で違う結論が出る。私は、このときの参議院の結論、議論はとても必要なものであったと思っております。
 最近も、戦争法案について衆議院は強行採決をやりました。もし一院制であれば、あの強行採決のまま法案は成立をしたことになります。今のような様々な議論が一切なされない、そんな一院制では、民主主義の本当に脆弱化につながる、国会のある意味強行採決でいかにでも短期間にひどい法案を成立させることができる、このような事態を決して招いてはなりません。
 また、衆議院と参議院で選挙制度が違いますので、バックグラウンドの違うものを持つ人々、多様な人々が国会で議論する、それも二院制にとって重要なことであるというふうに考えております。
 社民党は二院制を堅持し、かつ二院制、とりわけ参議院を強化する立場で頑張っていきたいと思っております。
 もちろん私も参議院議員ですが、ドメスティックバイオレンス防止法や、調査会を舞台に多くの議員立法がたくさんの議員によって作られております。六年間の任期の中で超党派の枠組みをつくりやすく、安定していい立法を作ろうという、まさに国会で最も必要な立法活動をやるのにふさわしいシステムが参議院だと実は思っております。二院制を堅持し、二院制を強化し、民主主義を活性化するために参議院の皆さんとも力を合わせていきたいと考えております。
 ところで、憲法審査会は憲法適合性を議論する場所であります。今日の最大の憲法のテーマは安保法制、戦争法案であることは間違いありません。
 去年七月一日まで一切、集団的自衛権の行使を合憲とする政府見解は一切ありません。横畠長官に質問したところ、ありませんというのが答えでした。そのとおりです。
 二〇〇四年、安倍総理は国会の委員会の中で、集団的自衛権の行使が日本国憲法下で認められる場合があるのではないかと質問し、そんなことはできませんと当時の内閣法制局長官にきっぱり否定をされております。質的な問題である、個別的自衛権と集団的自衛権は量的な問題ではない、これが確立された見解です。
 戦後の主な政権党であった自民党も、一貫して集団的自衛権の行使は違憲である、仮に集団的自衛権を認めるのであれば明確に明文改憲すべきだと繰り返し繰り返し答弁をしております。
 私たちの所属する参議院は、この参議院で不戦決議も、自衛隊を海外に派兵しない、そんな決議もやっている、そんなところです。立場の違いあるいは政党の違いを超えても、集団的自衛権の行使は違憲であるという下に、まさに憲法に適合させようとする形で国会が進行してきた。それを踏みにじるのがまさに安保法制、戦争法案です。
 憲法破壊を許してはならない。憲法が憲法でなくなったら一体どうするのか。全くの無法状態です。憲法は間違いなく最高法規です。憲法、法律、政省令という序列があり、憲法が憲法でなくなる、国会は何を基準にこれから法律を作るんでしょうか、行政は何を基準に行政をやるんでしょうか、裁判所は何を基準に裁判をするのでしょうか。今までは憲法でした。それを踏みにじることは絶対に許すことはできません。
 最高裁元長官や名立たるほとんどの憲法学者、多くの学者たち、日本弁護士連合会は全会一致で集団的自衛権の行使は違憲であるとしています。国会包囲の十万人、全国百万人行動、連日多くの多くの行動があります。立場を超え、憲法を破壊してはならない、その立場で国民は意思表示をしております。
 ナチス・ドイツがワイマール憲法がありながら国家授権法を成立させた、そのことを私たち日本はまねしてはなりません。国会議員は憲法尊重擁護義務があり、総理大臣にはもちろんあります。ヒトニヒトコト、マグナカルタ。マグナカルタができてちょうど八百年。憲法は国家権力を、そして国会議員を縛るものである。私たちは恣意的に政治をやってはなりません。憲法を守れ、それが国会議員、そして総理大臣に課されている。だから、戦争法案は廃案にし、私たち参議院は憲法を守るべきである、そう確信しております。
 以上で終わります。


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5/27 参憲法審査会で意見表明

5月27日(水)の参議院憲法審査会で、日本国憲法の理念と最高法規性、戦争法案の問題点などについて意見表明しました。

○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。社民党を代表して、憲法についての見解を申し上げます。
 社民党は、日本国憲法の理念や条文を実現することこそ必要だと考えています。日本国憲法は、日本人の三百万人、アジアの二千万人以上と言われる人々の犠牲の上に平和憲法を手にしました。まさに日本国憲法を生かしていくことこそ戦後の私たちの使命だと考えています。
 日本国憲法は、十三条幸福追求権、十四条法の下の平等、二十五条の生存権を始め、また、前文の平和的生存権、九条を始め、憲法のそれぞれの条文が十分に生かされてきたでしょうか。
 戦後たくさんの裁判があり、議員定数不均衡や政教分離、表現の自由を求める裁判、婚外子が民法の規定が憲法違反だとする裁判、働く人たちの裁判、たくさんの憲法訴訟が提起をされ、多くの国民がまさに憲法の理念を生かすべく現場で、裁判で闘って、勝ち取ってまいりました。
 憲法は六法全書の中に閉じ込められていたのではなく、まさにみんなが価値の実現のために闘ってきたものです。現在、沖縄辺野古で新基地建設で沖縄の人々が闘っていますが、それはまさに憲法の前文が規定する平和的生存権を生かしていくべく全力で闘っているのだと考えています。
 私たちは、憲法尊重擁護義務を負っている国会議員です。国会議員は憲法尊重擁護義務を持ち、まさに憲法が規定する憲法の理念をどう生かしていくかをこの憲法審査会で議論すべきだと考えます。
 戦争法案が昨日、審議入りをいたしました。集団的自衛権の行使を認める中身、また、いわゆる後方支援という名の下に、戦場の隣で米軍などに弾薬を提供することを可能にする法案です。今まで違憲であり、できないと歴代の自民党政権も六十年以上言っていたことが、なぜ一内閣の考えで変更できるのでしょうか。
 憲法はまさしく国家権力を縛るものです。国家権力が恣意的に独断で権力を振るわないように国家権力を縛っています。だからこそ、憲法九十九条の憲法尊重擁護義務は、国民ではなく、国務大臣、国会議員などに課しているのです。
 社民党は、憲法九条の明文改憲に反対です。また、解釈改憲によって憲法九条を実質的に変更し、憲法九条違反の法律を審議し成立させようとすることは、立憲主義を破壊するものです。解釈改憲は明文改憲より以上に、更に憲法を攻撃し、憲法を破壊し、立憲主義を破壊するものです。憲法の最大の危機が訪れています。
 国会議員の中で、国民の皆さんたちで、憲法の最高法規性を否定する人は誰もいないでしょう。しかし、今、憲法は最高法規たり得ているでしょうか。憲法が最高法規として取り扱われているでしょうか。
 日米ガイドラインは、日米安保条約と憲法九条に明確に反しています。そして、戦争法案は明確に憲法九条に反していると考えております。憲法審査会の設置趣旨の第一、最大の趣旨は、日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制についての広範かつ総合的な調査です。だとすれば、今回提出された戦争法案が本当に憲法に適合しているのか、この憲法審査会でこそ、憲法に合致しているかどうかをとことん審議することこそ使命だと考えます。
 集団的自衛権の行使はずっと違憲とされてきました。法学者で合憲だとする人はごくごく限られております。政府もその見解を維持してまいりました。昭和四十七年の答弁を理由に集団的自衛権の行使が合憲だと安倍内閣は言いますが、そのようなことは全く論理整合性がなく、言うことはできません。集団的自衛権の行使を日本国憲法下で認めることができるのか、とことんこの憲法審査会で議論を尽くすべきです。
 また、後方支援という名の下に一体となって戦争することも、国際平和支援法、私は米軍戦争支援法だと考えますが、この恒久法案も憲法違反です。
 イラク特措法における、名古屋高等裁判所は、イラクで自衛隊が何をやったのか、自衛隊や民間人を運ぶよりも米兵を運んだ、武装した米兵を運んだ、弾薬を運んだ、これはこの実態に合わせれば、これは憲法九条一項とイラク特措法が仮に合憲だとしても、イラク特措法に反すると断じました。大森四原則の原則をしっかり引用し、違憲だと断じたわけです。後方支援という名の下に弾薬を戦場の隣で提供することは、まさに裁判所が違憲と言ったことを実現するものだと考えております。駆け付け警護や邦人救出や武器使用についても憲法との関係で問題があります。
 今まさに、憲法への挑戦、憲法への危機、憲法破壊が行われようとしております。明文改憲についてももちろん問題ですが、解釈改憲でやることは問題です。
 ナチス・ドイツがワイマール憲法下で国家授権法を作り、基本的人権を内閣限りで制限するとしたために、限りなく暴虐が生まれました。
 日本国憲法の下で違憲の法律なのか、憲法適合性についてとことんこの憲法審査会で議論すべきだと考えております。それこそが、憲法の価値を生かす、憲法尊重擁護義務を負う国会の使命だと確信をしております。
 以上です。
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青井未帆さん講演会 戦争法案の問題点

戦争法案の問題点

集団的自衛権を考える超党派の議員と市民の勉強会(第14回)

日   時: 2月27日(金)16:00~18:00
場   所: 参議院議員会館 講堂
基調講演: 青井未帆さん(学習院大学法科大学院教授)
資 料 代: 500円

安倍内閣の戦争立法が本格化しています。集団的自衛権の行使容認を決めた昨年7月の閣議決定を踏まえ、海外における自衛隊の活動を定めるための与党協議に乗り出しました。
通常国会では、自衛隊法改正や集団的自衛権行使の問題だけでなく、後方支援の内容・地域の根本的変更や、「周辺事態」の概念の変更など、たくさんの改正法案や新法が一気に上程されることが予想されます。
このような重要な局面を迎えた今、日本国憲法の存在意義や立憲主義についてしなやかで力強い声を発信し続けている青井未帆さんを講師にお招きし「戦争法案の問題点」をテーマに講演会を開催いたします。
たくさんの議員、秘書、市民、メディアのみなさんの参加をお待ちしています。ぜひお集まりください!

呼びかけ人[2/13現在、順不同]:
有田芳生(参)、藤末健三(参)、小宮山泰子(衆)、小野次郎(参)、真山勇一(参)、
赤嶺政賢(衆)、仁比聡平(参)、主濱了(参)、玉城デニー(衆)、山本太郎(参)、
照屋寛徳(衆)、福島みずほ(参)、糸数慶子(参)、
立憲フォーラム(近藤昭一(衆)江崎孝(参))

連絡・問い合わせ:福島みずほ事務所(03-6550-1111)、江崎孝事務所(03-6550-0511)、真山勇一事務所(03-6550-0320)、仁比聡平事務所(03-6550-0815)、主濱了事務所(03-6550-0817)
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参議院憲法審査会で発言

参議院憲法審査会2014年11月12日(速報版)

○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。社民党を代表して発言をいたします。
 憲法審査会において今最も議論し共有しなければならないことは立憲主義であり、立憲主義の危機の問題です。立憲主義とは、およそ権力保持者の恣意によってではなく、法に従って権力が行使されるべきであるという原則です。また、立憲主義とは、個人の自由、権利を守るために憲法で権力者を拘束するという考え方です。
 私たち国会議員や国務大臣は、憲法九十九条によって憲法尊重擁護義務を持っています。安倍内閣は、七月一日、集団的自衛権の行使を認める閣議決定をしました。戦後、自民党政権も、集団的自衛権の行使は違憲であり、集団的自衛権の行使を認めるためには明文改憲をしなければならず、解釈改憲で認めることは憲法の規範性を侵害すると国会で答弁をしてきました。そのことに真っ向から反しています。
 また、十月八日に公表された日米ガイドラインの中間報告は、これまでの周辺事態という概念も後方地域という概念もなくし、切れ目のない日米同盟の強化を宣言をしています。閣議決定をした後に国会審議を一切やらずに、周辺事態法を始め様々な法律や日米安保条約にすら反する日米ガイドラインの中間報告を発表したことは、国会をなきものにしようとしたものです。まさに立憲主義を踏みにじり、憲法を踏みにじるものです。
 憲法審査会は、憲法を前提に議論を深めるものです。憲法の規範性は極めて重要です。憲法は最高法規であり、憲法の規範性が機能しない中での憲法審査会の議論はあり得ないものです。したがって、憲法審査会の議論を、国会の審議を、憲法規範を遵守し、立憲主義の立場からやり直す必要があると考えます。その意味では、違憲の閣議決定は憲法九十八条により無効であり、違憲の日米ガイドラインの中間報告も無効だということを確認すべきではないでしょうか。
 更に言えば、政府は来年の五月に自衛隊法の改悪法案、周辺事態法改悪法案、PKO法改悪法案、船舶検査法改悪法案等の十幾つもの法案を出すと言われています。アメリカ戦争支援法という一般法、通則法も出てくるかもしれません。それは国会の事前あるいは事後承認すらなくして、新たな立法なくして自衛隊を海外に出すことを可能にするかもしれません。
 それらの立法は、集団的自衛権の行使を認め、かつ後方支援という名の下に、大森政輔内閣法制局長官の四原則を踏みにじり、戦場のすぐそばでアメリカに対して弾薬などの武器を提供し、一体となって戦争することになる可能性があります。これらは日本国憲法に反する違憲の立法です。よって、憲法九十八条により無効です。
 憲法審査会は、憲法の規範性を十分に理解し、憲法に照らしてどうかということについて論議を深めていくところです。しかし、安倍内閣は憲法解釈を超えた決定をしています。
 立憲主義の危機ということを言いました。立憲主義は、政党にかかわらず、また立場を超えて共有できる価値観だと考えます。この参議院の憲法審査会の大きな役割は、踏みにじられた立憲主義を回復することにまず主眼が置かれるべきです。憲法を踏みにじった行き着く先はナチスドイツの暴虐でしかありません。
 参議院の役割について申し上げます。
 社民党は二院制の廃止には明確に反対です。そのための明文改憲にも反対です。現憲法の下での二院制は堅持すべきです。国会の重要な役割、今の政治の大きな役割は行政権の肥大化をどうチェックするかということです。三権分立の中で内閣に対するチェックをどうしていくのか、立憲主義の強化が極めて大事です。国会の権能の強化が必要です。一院制よりも二院制、つまり、参議院が内閣と衆議院の両方をチェックしていく、参議院が肥大化する行政権に対してしっかり国会の立場からチェックをしていく、そのことは極めて大事です。
 このように社民党は、参議院は、議院内閣制の弱点を補完して、衆議院及び内閣に対してチェック・アンド・バランスを発揮するところだと考えています。さらに、異なる制度、異なる時期による選挙によって国民の多元的な意思をより良く国会に反映することから、議会の任務である行政の抑止の点で、日本の参議院は、連邦国家における二院制や貴族院型の二院制と異なり、民主主義を、立憲主義を強化する二院制の先駆的制度であり、良識の府にふさわしい参議院の機能の強化こそ必要であるとの立場です。よって、二院制の廃止には反対であり、明文改憲にも反対です。
 以上で意見表明を終わります。

○福島みずほ君 二度目の発言させていただいてありがとうございます。
 私が申し上げた立憲主義の回復をすべきだということについては、今発言がありました小西理事の国会の様々な決議に照らして、議院内閣制の下における国会の復権をこそすべきだということと、表現は違いますが同じことだと思っております。憲法審査会において是非憲法の規範の回復が行われるように、心からお願いを申し上げます。
 そして、同じみずほですが、大沼みずほ委員の方から、女性の政治参画とクオータ制についての話がありました。それはそのとおりで、参議院の中における選挙制度協議会の中で、是非女性の登用や女性の政治参画についてやりたいと思っても、なかなか選挙制度の議論の中に入っていきません。しかし、二〇二〇・三〇、二〇二〇年までに三割というのは、全ての意思決定の場の努力目標です。であるとすれば、この参議院においても是非二〇二〇・三〇が実現できるように、その点についても、この憲法審査会以外のところでなかなか議論ができないものですから、議員連盟をつくろうという動きもありますが、是非、女性のその二〇二〇・三〇を参議院でどう実現するかということについて、審議を深めることができれば大変有り難いというふうに思っております。
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参議院憲法審査会で参考人質疑

6月4日の参議院憲法審査会で参考人質疑を行いました。議事録の速報版をアップしましたので、是非ご覧ください。

○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。
 今日は、大変示唆に富むお話、ありがとうございます。また、他の委員会との関係で順番を入れ替えていただいたことに感謝をいたします。
 まず、伊藤参考人にお聞きをいたします。
 伊藤参考人は、議員定数不均衡の問題に関して、原告の代理人として、弁護士として訴訟活動をやっていらして違憲というのを勝ち取っていらっしゃるわけですが、憲法を改正するに当たって、最高裁などは事情判決なども出していますが、議員定数不均衡で違憲であると言われる国会が発議をすることの問題点について、どうお考えでしょうか。

○参考人(伊藤真君) お答えします。
 やはり、憲法改正の発議をする国会議員というのは、憲法の前文にもあるように、日本国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動する、正当に選挙されたということが大前提であります。その正当に選挙されたというのは、まさに民主的な正当性を持った国会議員であるということが大前提だと考えます。
 その民主的正当性というのは、じゃ、何なのか。国会議員の方々お一人お一人がこの国会の中においてその一票を投じられる、国会議員の中の議決での一票を投じられる、その一票が新しく国会議員になられた方も何年もやられている方も対等な同じ一票である、それはどうしてか。一人の国会議員の背後に同数の主権者が控えているからにほかならないわけですね。
 ですから、主権者を正しく反映してその一票を国会において投じる、その言わば集合体の結果が国会の議決ということになるものですから、言わば一人の国会議員の背後にてんでばらばらな有権者がいる、言い換えれば、一票の不平等というものを前提にした上での国会における様々な権力の行使というのは、理屈の上ではやはり正当性はない。
 最高裁は違憲の状態、この選挙は違憲の状態ですということをはっきり言っているわけですね。違憲状態というのはちょっと分かりにくいんですけれども、選挙が無効というところまで行く前の憲法に反する状態であるということをはっきり言っているわけですから、最高裁判所が憲法に反する状態だと指摘したその国会の中でこの改正の議論が進み、そして発議がなされるというところは、後に様々な疑問が寄せられるおそれはあるだろうと考えています。

○福島みずほ君 本日は、公務員と政治活動に関しての示唆に富むお話、大変ありがとうございます。
 愛敬参考人にお聞きをいたします。
 塩野宏さん、行政法の大家ですが、やはり公務員法上の政治的行動の制限規定の合憲性が疑わしいと、先ほども説明をしていただきました。ですから、本来は、国民投票において公務員がどのような政治活動ができるか、国家公務員法、地方公務員法がこれで本当にいいのか、意見表明も含め、何をどこまで保障するのかということを根本的に議論すべきだと私は思っております。
 ただ、今回の改正法案は検討規定を置いて、こうこうこうこうこういうことに関しての規制の在り方について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとすると書いてあります。つまり、これらの措置、検討をして措置を講じない限りは実は国民投票はできないというふうに考えますが、要するに根本的な議論を実はしていないんじゃないか、法律の条文の中に、検討を加え、必要な法律上の措置を講ずるものとするとしていることは、この法律は実は未完成の途上を言っているんじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。

○参考人(愛敬浩二君) ありがとうございます。
 そうですね、やはり、この問題を議論する際に現在の公務員法上の政治的行為の禁止を当然の前提として議論することは学説との関係でも問題があると思いますし、それからいわゆる堀越事件最高裁判決との関係でも問題があると思います。
 これは参考資料の中にも載せられていますが、要するに特定の公務員に関して限定的に政治的行為を認めた最高裁判決がありますので、それは、現在の条文からは直ちに解釈が出てきにくい結論かもしれません。だけど、憲法との関係で、そういうふうに最高裁は判断しているわけですね。としますと、やはり、考え直す機会だったわけですから、公務員法上の政治的行為の禁止に関しても、国民投票運動との兼ね合いも考えつつ、再検討が必要だったのではないかと思います。
 と申しますのは、再検討をしなかったので、切り分け論というのが非常に具体的に分かりにくくなってきているという状況があるのではないかと思いました。先ほど大西参考人も、切り分け論は取れないから基本的には全面的に禁止という方向でいけばいいという結論になっているようですし、切り分け論が難しいので、だから私は枝野議員と同じで全面的に開放すればいいという結論になってしまうわけですから、その辺はもう一度御検討いただけたらと私も考えております。

○福島みずほ君 伊藤参考人にお聞きをいたします。
 確かに、公務員は憲法尊重擁護義務が課せられるわけですから、どのような憲法の下において自分が仕事をするのかというのは重要です。また、政治的中立性というのは個人の思想、信条に対してではなく公務に対して行われるというのは、本当にそのとおりだと思います。
 ところで、今回の改正法案は、例えば、「組織により行われる勧誘運動、署名運動及び示威運動の公務員による企画、主宰及び指導並びにこれらに類する行為に対する規制の在り方について検討を加え、」というふうにしております。でも、例えば、私は、署名運動というのは独りぼっちでやる署名運動なんかないわけだし、自分の意見表明の地続きとして署名運動というのもやっぱりあるというふうに思っているんですね。また、示威運動の公務員による企画と言うが、二人以上でこういうことをじゃ駅前で街頭演説しようか、あるいは働きかけようかというのだって、署名集めようかというのだってあっていいしと思っているんです。
 ですから、まだ、この法律案が仮に成立したとしても、これらの件の検討というのがこれからあるわけですが、この検討の中身について御教示いただけたらと思います。

○参考人(伊藤真君) お答えします。
 やはり、賛成、反対の投票をし又はしないように勧誘するという運動行為は許されるわけですから、その勧誘ということの具体的な内容として挙げられているのは、署名運動ですとか、また企画等々、それを主宰するということ、そことの言わば区別は非常に難しい。そして、市民としてそういう活動をするということは、基本的には原則やはり自由でなければならぬだろう。具体的な、じゃ、その弊害や危険性がどこまで言わば予測されるのか、その立法事実をより具体的、明確に出して議論がなされなければ、ここは安易に規制をするべきではないというふうに考えています。

○福島みずほ君 戦後日本の政治は、自民党政治は、集団的自衛権の行使は違憲であるということを確立したものとして政治を行ってきました。日本の国民もそれを支持してきたというふうに考えております。現在でも、内閣法制局長官も、集団的自衛権の行使は違憲であると明言をしております。
 この集団的自衛権の行使を解釈改憲で認めることについて、伊藤参考人、愛敬参考人、どうお考えか。
 私自身は、合憲の集団的自衛権の行使と違憲の集団的自衛権の行使を発生させるということになれば、結局歯止めがなくなる。時の政府が、ここまでは合憲です、ここまでは認めましょうというふうになれば、結局、憲法による縛りというのはなくなってしまうんではないかと思っています。
 ライプニッツの行政裁判所は、ライオンに対して鎖を掛けている。それは何か。権力は鎖を掛けなければならない。それは、法の支配というのは権力に対して、まあライオンと言うとあれですが、ライオンに対して鎖を掛けるというのは憲法なわけで、合憲、違憲の区別が時の政府によって動いていくということは憲法そのものを破壊すると思いますが、この点についてそれぞれいかがでしょうか。

○参考人(伊藤真君) 御指摘のように、これまでの政府の解釈、それから憲法学の定説としまして、集団的自衛権の行使は現行憲法上許されない。平たく言えば、海外で自衛隊が武力行使することはできないんだと明確な歯止めがありました。やはり、日本が武力攻撃を受けたときにあくまでも例外として個別的自衛権の発動が許されるだけだ。その明確な歯止めがあったところを、集団的自衛権の行使を、仮に限定的であったとしてもそれを許してしまうということになると、限定というのは時の政府がやっぱり限定するだけなことになりますから、事実上、その政権の考え方によって幾らでもその限定の歯止めというものは緩やかになる。言い換えれば、限定はないに等しいということになります。まさに、この国の基本的な平和主義に関する考え方、形が変わってしまうということになりますから、先ほど申し上げたとおり、この解釈の、内閣の解釈の変更によってそのような大きな変更を行うということは立憲主義の観点からあってはならないことであると考えています。

○参考人(愛敬浩二君) 私も、解釈によって集団的自衛権行使に踏み切るということに関しては解釈の限界を超えているのではないかと思いますが、付け加えますと、従来の政府解釈、内閣法制局の解釈に関して、もう迷宮のようだ、ラビリンスのようだと批判されてきたと思うんですが、この度、限定的に集団的自衛権行使を解禁するという方向で議論し始めているので、更にラビリンスが深まったのではないかという印象を持っております。
 このように重大な政策上の変化をそういう形で更に進めるということに関して、是非御検討をいただければと思っております。

○福島みずほ君 イラク特措法に関して、社民党は反対だったんですが、時の小泉政権、小泉総理は、非戦闘地域、武力行使はしないということで自衛隊の派遣が行われました。ぎりぎり首の皮一枚、武力行使をしないということで派遣をしたわけですが、このイラク派遣された自衛隊の問題に関して、御存じ、名古屋地裁、名古屋高裁で裁判が行われました。名古屋高裁は、御存じのとおり、イラク特措法に基づいて自衛隊が行った行為、米軍や武器を運ぶという行為は違憲であるという判決の中身があります。ですから、戦闘行為が行われ、それの直接戦闘行為を行わなくても、その武器を供給する、あるいはそれを支援する後方支援というのは、これはやっぱり集団的自衛権の行使と極めて問題があり、違憲だというふうに私は思いますが、この点について、伊藤参考人、愛敬参考人、いかがでしょうか。

○参考人(伊藤真君) このイラク特措法に基づく自衛隊の派遣に関しては、御指摘のように、名古屋高裁で憲法違反である判決が出ています。やはり、そこでは後方支援という名の下で実質的には武力行使、それと一体化するような結果を招いてしまっているではないかと。国会の議論の中では、例えば航空自衛隊は国連職員、復興支援物資を運んでいるというような話ではありましたが、実質的には、実際は武装した米軍兵士を大量に運んでいた、そういった事実を基にしながら違憲の判決が出たわけであります。
 まさに、ここは海外で日本が武力行使をしないという、その歯止めを乗り越えてしまったところだというので憲法違反と考えますが、私は、この問題自体が問題ではあるんですが、それ以上に、ここの部分について検証が何もなされていない。このイラクへの自衛隊の派遣について、あれはどうだったんだ、特にアメリカからの情報、大量破壊兵器がイラクにはある、テロリストと結び付いている、そういう様々な、今からは多くの国々が間違った情報だったと考えているその情報に基づいて、それを念頭に置いて意思決定がなされてしまったことも含めて、このイラクの問題については、きちっと国として検証をしていかなければいけないんだろうと思っています。それが何もなされないまま今こうした安全保障の議論が進んでいってしまうということに大変問題を感じています。

○参考人(愛敬浩二君) 自衛隊のイラク派遣に関しましては、大過なくというんでしょうか、現地の人を殺傷することもなく、それから自衛隊員に被害者が出ることなく、犠牲者が出ることなく、日本に戻って来られたということは私は非常に良かったことだと思っております。
 それが可能であった一つの理由というのは、やはり従来の政府解釈の延長線上で、いわゆる武力行使の一体化論ですね、武力行使と一体化する形での活動はできない、よって、戦闘地域には入れないという一種の歯止めがあったからというのは大きかったのではないかと思うわけなのですが、これはあくまでも、先ほど名古屋高裁判決の話も出ましたけれども、名古屋高裁判決でイラク派遣に関してあのような判決が出たのは、これは従来の政府解釈を前提にしているからあのような判決が出たわけですので、今回のように、もし政府解釈が変更されて戦闘地域でも活動ができるようになれば、もう名古屋高裁のような判決も出なくなるかもしれませんし、また、次の派遣の際には、より難しい選択というんでしょうか、無事に終わったイラク派遣とは違う問題を国民が真剣に考えなければいけなくなるかもしれないと思いますので、そういう重大な変更は、やはり単なる政府の解釈の変更で行うべきではないと考えております。

○福島みずほ君 どうもありがとうございました。
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公務員の政治活動、集団的自衛権で憲法審査会質問

6月2日の参議院憲法審査会で公務員の政治活動や集団的自衛権について対政府質問をしました。議事録の速報版をアップしましたので、是非お読みください。

○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。
 公務員の政治活動についてお聞きをいたします。
 これは、元々の法律の中で意見表明権を侵害しないようにということで、今回の改正案では、原則として、これは船田発議者の方からも出ておりますが、国家公務員、地方公務員とも純粋な勧誘行為は原則自由であるということで平仄をそろえると。
 まず、国家公務員に関しては今回の改正案の検討規定は適用されない、つまり自由であるということでよろしいのでしょうか。

○政府参考人(井上利君) お答えいたします。
 一般職の国家公務員については、国家公務員法第百二条及びこれに基づく人事院規則において、一定の政治的目的をもってする一定の政治的行為が制限されており、具体的には、人事院規則で政治的目的と政治的行為をそれぞれ限定的に列挙した上で、人事院規則に掲げられる政治的目的をもってする人事院規則で定める政治的行為を制限するという形を取っております。
 国民投票に際して行う憲法改正に対する支持、反対は人事院規則で政治的目的として掲げられている事項には該当しておりませんので、専ら憲法改正に対する支持、反対を目的として国民投票運動や賛否の意見表明などの行為を行っても現行の国家公務員法上の一般職国家公務員の政治的行為の制限の対象にはならないというふうに考えられます。

○福島みずほ君 私も、選挙運動とそれから国民投票ってやはり違うものだというふうに思っているんです。それは、やっぱり主権者であるので、物すごく地位が高い人が自分のコントロールでやるのは極めて問題だけれども、誰でも主権者であり、重要なことに関して主権者としてのやっぱり意見表明や活動というのは保障されるべきだと思っております。
 これは発議者の中からもそういう表明がされておりますが、とすると、今回の改正法案における検討規定は、これは地方公務員に対して考えられるということでしょうか。総務大臣、あっ、いやいや、どうぞ。

○政府参考人(三輪和夫君) 地方公務員法におきましては政治的行為の制限に関する規定がございまして、第三十六条の第二項におきましては、公の選挙又は投票において特定の人を支持し、又は反対する目的をもって、公の選挙又は投票において投票をするように、又はしないように勧誘運動をすること等が禁止をされております。ここに言う公の投票でありますけれども、これはそもそも制度の趣旨といたしましては住民投票などを想定しておるものでありますけれども、字義上は国民投票も対象となると考えております。
 このために、平成十九年の国民投票法制定に当たりまして、法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるという趣旨の附則第十一条が設けられたものと承知をしております。

○福島みずほ君 国家公務員と地方公務員で随分違うじゃないかというのはずっと議論があり、だとすれば、地方公務員についても、今回は意見表明、単純な意見表明は自由であるというふうにはなっているわけですが、もっと国家公務員に合わせてというべきか、主権者として行動ができるようにすべきではないか。総務大臣、地方公務員法の見直し、あるいはこういう形で適用を除外するとやるべきではないでしょうか。いかがでしょうか。

○国務大臣(新藤義孝君) この地方公務員法の三十六条第二項において、公務員の政治的中立性を確保するために政治的目的を持った政治的行為を規制しているということであります。
 こうしたことに関しまして、最近では、日本維新の会の方からも地方公務員法の改正案が議員立法として提出されていると、こういう動きもございます。しかし、基本的人権に関わる問題でございます。立法府や司法府でも様々な議論が行われてきたということでありまして、これらを踏まえ、その取扱いについては慎重に考えていかなくてはならないと、このように考えております。

○福島みずほ君 もう一回確認ですが、国家公務員の場合はこの検討規定は適用されないということでよろしいんですね。

○政府参考人(井上利君) 議員提出法案の解釈等につきまして人事院として直接申し上げる立場にはございませんけれども、国家公務員制度の現行の規定と国民投票の関係につきましては先ほど申し上げたとおりでございます。

○福島みずほ君 総務大臣、今御答弁があったんですが、これで勧誘運動、署名運動なんですが、意見表明は自由であるが署名運動は規制されるということになると、やっぱり署名も一つの意見表明であると。それから、組織により行われるというのが、例えば、じゃ、三人でNGOをつくってやったら、だって、署名って大体独りぼっちでやるものではありませんから、どこかと一緒にやろうということになるわけですから、そもそも、例えば国家公務員はできるけれども地方公務員はできない、あるいは示威運動の公務員による企画ですが、例えば三人の公務員が地元でこういう活動したいよねということそのものも規制されるとすれば、本来この法律ができた意見表明は自由であるとか政治活動を制限しないようにという趣旨に反すると思うのですが、いかがでしょうか。

○国務大臣(新藤義孝君) 先ほども申し上げましたけれども、この公務員の政治的行為の規制の在り方、これについては様々な御議論がある中で慎重に検討されるべきだということでありますし、それらも含めて、これはまさに国会での各党各会派での御議論、また今の委員の御意見、そういったものも含めて皆さんで立法府においてよく御議論は頂戴したいと、このように考えております。

○福島みずほ君 選挙運動とそれからこういう政治活動はまたちょっと違うと思います。それから、国家公務員、地方公務員含めた公務員の政治活動は、戦後、裁判例も含めてとても争われてきた長い歴史があります。だとすると、これから検討事項というふうになっているわけですが、とりわけ地方公務員に関しては、十分議論しないとほかの様々なことにも波及しますので、軽々に議論をするということでは駄目だというふうに思っております。
 今日は内閣法制局長官に来ていただいておりますので、集団的自衛権の行使は違憲であると先ほど答弁をしていただきました。イラク特措法制定時などにおいて駆け付け警護は違憲であるというふうに当時答弁いただきましたが、それでよろしいですね。違憲となる理由についてお聞かせください。
 また、潜没航行している潜水艦に武力行使することは国際法上もできないということでよろしいでしょうか。
 また、戦争が終わった後は別として、現状で紛争が生じている機雷の除去活動への参加について違憲という従来の見解でよろしいか、御答弁ください。

○政府特別補佐人(横畠裕介君) 三つお尋ねがありました。
 最初のいわゆる駆け付け警護につきましては、その具体的な内容等にもよるわけですので、憲法との関係について一概に申し上げることはできないのでございますが、武器使用に関して一般論として申し上げれば、いわゆる自己保存のためのもの及び武器等防護のためのものとして必要な最小限の武器の使用につきましては、その相手方が国又は国に準ずる組織であった場合でも、憲法第九条により禁じられる武力の行使には当たらないものと整理されております。
 他方、武器使用の要件をこれらを超えるものに拡大することにつきましては、このような武器使用を国又は国に準ずる組織に対して行った場合に、憲法第九条の禁ずる武力の行使に当たるおそれがあるという問題があるということをお答えしてきているところでございますが、武器使用の相手方が単なる犯罪集団などであることが明白な場合など、その武器使用が武力の行使に当たるおそれがないと言えるような枠組みを設定することができる場合には、いわゆる駆け付け警護における武器使用であっても憲法上許容されるわけではないということでございます。
 二点目として、潜没航行している潜水艦についてのお尋ねでございます。
 武力の行使につきましては、我が国に対する武力攻撃が発生した場合における個別的自衛権の発動としての武力の行使以外のものは許容されないというのが従来からの憲法第九条の解釈でございます。御指摘の潜没航行している潜水艦に対する武力の行使につきましては、我が国に対する武力攻撃が発生した場合には行うことはできないということでございます。
 三点目でございますけれども、機雷掃海のお尋ねがございました。
 一般論として申し上げますと、従来から、政府は機雷の除去につきまして、遺棄された機雷など武力攻撃の一環としての意味を有しない機雷につきましては、我が国船舶の安全確保のために必要な場合には、自衛隊法第八十四条の二に基づき除去することができると解してきております。
 他方、外国による武力の行使の一環として敷設されている機雷の除去は、一般に当該外国との関係で我が国による武力の行使に当たると解され、我が国に対する武力攻撃が発生していない状況の下でこれを行うことは憲法上許されないと考えるとお答えしてきているところでございます。

○福島みずほ君 時間ですので、終わります。

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憲法審査会で参考人質疑

5月26日の憲法審査会で、小川仁志さん(徳山工業高等専門学校准教授)、小林節さん(慶應義塾大学名誉教授・弁護士)、小澤隆一さん(東京慈恵会医科大学教授)、井口秀作さん(愛媛大学法文学部総合政策学科教授)の4人の参考人に対して質疑をしました。議事録の速報版をアップしましたので、是非お読みください。

○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。今日は参考人の皆さん、本当にありがとうございます。
 まず初めに、井口参考人と小澤参考人に集団的自衛権の行使についてどうお考えか、解釈改憲についてどうお考えか、安保法制懇の報告書と安倍総理の記者会見についてどうお考えか、お聞かせください。先ほど小林参考人からはありましたので、よろしくお願いします。お二人にお願いいたします。

○参考人(井口秀作君) どう言ったらいいんですかね、今言った四つ全部ノーという答えが一番簡単なのかもしれませんけど。
 一つだけ、集団的自衛権について、それは解釈改憲についてのところですけれども、今何が問題かというと、政府自身ができないと言ってきたことを解釈でできるというふうに変えるということの問題ですから、要するに、他人がノーと言われたものを嫌だと言っている話じゃなくて、自らできないと言ってきたことを変えるということですから、これは本来あるべき手続というのは憲法改正の手続によるべきである、よってもできるかどうかはまた別の議論かもしれませんけど、そういう意味で、解釈改憲が進んでいくということ自体が一つ問題であるというふうに思っています。
 それから、先ほどの意見陳述の最後の方、ちょっと急いでしまいましたが、要するに、国民投票法ができることは国民主権の実現だみたいな話というのは僕はおかしいというふうに元々思っていましたけれども、七年前、八年前のときの議論は、憲法改正手続を整えて、もう解釈改憲の限界があるからこれでやりましょうと、こういう話だったわけですね。こういう話をして、ここで議論しているにもかかわらず、片っ方で解釈改憲がむしろ進んでいくというのは、これはまた正直もう理解し難い状況であるというふうに思っています。
 集団的自衛権については、賛成かどうかと言われたら、端的に反対というふうに思っています。
 安保法制懇については、それほど小林先生の報道、詳細に読んでおりませんけど、これもちょっと理解し難いことが多々あるなというふうに思っています。
 以上です。

○参考人(小澤隆一君) まず集団的自衛権についてですが、先ほど和田委員からも基地提供も集団的自衛権に含まれるというお話の御案内がありましたけれども、これは、確かに一九六〇年三月三十一日の参議院予算委員会で岸首相はそのような趣旨の答弁をされていますが、しかし、同じ年の四月二十日の衆議院安保特別委員会では、そうではない、他国に出ていって、そしてその領土を守るという集団的自衛権の行使はできないという、現在の政府の定義している集団的自衛権の概念を前提にした答弁をされています。ですから、今の政府の集団的自衛権の理解、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利、この定義を取りあえず踏まえて議論をするべきではないかというふうに思います。
 そのように考えた場合に、このような集団的自衛権は必要最小限度の自衛権を越えるというふうにしてきた政府見解というのは、憲法九条の読み方としては、その限りにおいては間違っていないというふうに考えております。これを解釈によって変えるというのは六十年間培ってきた政府の憲法解釈を変えるということですから、それは幾ら何でも一政権のできることではないだろうというふうに考えております。
 安保法制懇の報告につきましては、いわゆる芦田修正論を持ち出して全面的な集団的自衛権と国連の集団安全保障措置を認めるという議論を立てておりますけれども、これについては安倍総理の記者会見でもって政府としては取れないというふうに言われました。これは、芦田修正論というのはかなり憲法九条についての乱暴な、私から言うと解釈だと思いますので、それを排除されたことは結構なことかというふうに思いますけれども、しかし他方で、必要最小限度であれば集団的自衛権を行使できるという説も一方で立て、それは政府として今後研究されるというふうに安倍総理は述べられましたけれども、これについては現在の政府の憲法解釈とは相入れないものとして私は理解をしております。
 以上です。

○福島みずほ君 井口参考人にお聞きをいたします。
 安倍総理は記者会見で二つの事例をフリップを使って説明をされたわけですが、今、与党協議の中では十五の事例でやっているというふうに報道をされています。そもそも、集団的自衛権の行使というのと、その説例として出ているものとがどういう関係なのか、関係があるのかも分かりませんし、国民の皆さんに二つの事例で説明しながら、実は十五事例で議論しているというのも全く国民に説明をしていないと思いますが、いかがでしょうか。

○参考人(井口秀作君) まさにそのとおりだと思います。要するに、これが一年前に国民のために憲法を取り戻すと言っていた人の出す事例かというふうに思っていますので、そこの整合性を含めて、この説明で何か国民に理解してもらえるんだろうかという、正直大いに疑問に思っています。
 以上です。

○福島みずほ君 投票年齢についての議論について、それぞれ参考人の方から非常に意義深い説明をしていただいたというふうに思っています。
 ところで、宿題は三つと言われて、衆議院議員の方はそうおっしゃる人が多いんですが、実は参議院は、ここは参議院で、十八の附帯決議が付いておりまして、それも全く、まだまだ本当に論議は、ほとんどというか、一切されておりません。今日の例えば小澤参考人の話では、選挙のときの投票年齢と憲法改正のための年齢がギャップがあることは違うんじゃないかという説明もありましたが、それも残っているし、それから十八の附帯決議も残っていると。
 私自身は、今回の憲法改正のための国民投票法案は未完成交響楽団というか、未完成だと、この状況で憲法改正のための国民投票はできないというふうに思っておるんですが、井口参考人、小澤参考人、いかがでしょうか。

○参考人(井口秀作君) 未完成というか、未完成の部分というのはあると思います。そして、未完成であるにもかかわらず、もう数年前にこれを作るということの意味が、これは多分作ることに意味があった、作る側からすればですね、要するにそういうことだったんだろうなというふうに思います。それは何のために作るのかというと、要は、要するに国会で憲法改正の原案を作りたいという、そういうことを優先させた結果だというふうに思っています。
 だから、宿題それから附帯決議も含めて問題になっているのは、全部、ほとんど国民投票に関わる事柄なんですよね。国民投票の年齢ですら、今日の話でもそうですけれども、よく分からないという、そういうところがありますから、ある意味未完成で、議論すべきが多々あるにもかかわらず、取りあえずは作ることに意味がという、そういうもので、未完成、見切り発車立法であったのではないのかなというふうに強く思っています。
 法的に施行できないかどうかということはまた別途の問題、別の問題かもしれませんけれども、いずれにしろ、幾つも疑義を抱えた国民投票の制度設計の中で国民投票を行われると、その結果自体に疑義が生じる可能性があるという意味で重大な問題だというふうに思っています。
 以上です。

○参考人(小澤隆一君) 私はこの現行法が成立する直前の参議院で参考人として意見を述べさせていただきましたけれども、またその前の衆議院での公述も含めて、現在の法律は例えば投票が成立するに当たっての最低投票率が定められていないとか、そういった様々な問題点があるということを指摘いたしました。それはこちらの院でも附帯決議としてなされているところでありまして、まさに福島委員御指摘のとおり、未完成なものだと思います。そしてまた、未完成部分については、現行法の現在の状態はかなり憲法の目から見て危ない、怪しいという、こういうことも考えております。
 今回私が指摘をさせていただきました十八歳投票制と二十歳選挙権のずれの問題はまた別の論点、テーマではありますけれども、違憲の問題を上書きしてしまうという、こういう危険性のある立法措置ではないかと、このように考えております。

○福島みずほ君 小川参考人にお聞きをいたします。
 今日のお話で、さっき小林参考人が、憲法は誰のものか、国民のものだと力強くおっしゃって、そして小川参考人もそのことを実践としてやっていらっしゃるということにすごく示唆をいただきました。
 私も、若い人でも年齢に関係なくやっぱりいろいろ政治のことを考える、あるいは日本の中でもっともっと主権者教育がされていればもっと憲法は国民のものになるし、もっとダイナミックな政治過程が生ずると、みんな政治を諦めないで少しずついろんな形であれコミットしていくことで民主主義がもっと実現されるというふうに思っております。
 先ほど公務員の政治活動や、様々発言していただいたんですが、その観点からこの法案についての御意見をお聞かせください。

○参考人(小川仁志君) もうまさにおっしゃるとおりだと思うんですけれども、国民が今の教育においては善き市民になるための教育しか受けていないと。本来であれば、シチズンシップ教育の概念からすると、積極的な市民、能動的な市民になることが望ましいわけですね。しかし、そういう教育がされていない。その現状を変えない限り、国民投票をこれ十八歳に権利を与えても形骸化されたものになってしまうということで私は教育の充実を訴えているわけですけれども、公務員の規制についても基本的には同じようなことが言えると思うんですね。いろんな制約を考慮して、本来、主権者が積極的に能動的に国家に関わるべき事態において余り制約が大きいと、その本来の趣旨が損なわれてしまって、我々が求めている間接民主制の例外として直接主権者に意思を問うというところが実現されないのではないかという危惧はいたしております。
 以上です。

○福島みずほ君 私は、安保法制懇の座長代理である北岡さんの憲法を無視してもいいのだという発言に実は一番、最近の中では危惧を感じております。
 また、今日、憲法学者として来ていただいているので、短くて済みませんが、井口参考人、小澤参考人、小林参考人に、こういう発言について、あるいは、申し訳ないが、自民党のQアンドA、憲法改正案の中で、この憲法は天賦人権論に立たないというのに本当に驚いて、アメリカ独立宣言やアメリカの憲法、そしてフランス人権宣言に立たないのかと本当に驚いたんですが、この二点について、簡単に感想をお願いいたします。

○会長(小坂憲次君) それでは、井口参考人、小澤参考人、小林参考人の順でお願いいたします。

○参考人(井口秀作君) 私人として憲法に従う必要はないと言ったのであれば、あなたはどうぞという感じですけど、要するに、政治家に向けて、権力者に向けて従わなくてよいんだという意味で言ったのであれば、これははっきり言ってとんでもない話だというふうに思います。
 それから、多分二つ目のことと関わると思うんですが、憲法というのは、やっぱり人類の歴史の中で、積み重ねの中で出てきているわけですね。明治憲法ですらドイツのことを参照しつつ出てきているという、そういう人間の、何というんですかね、歴史の中で積み重ねられてきた立憲主義とか、そういう思想に基づいて作られてきているわけですから、その観点からいうと、そもそも日本だから天賦人権はないとか、そういうのはちょっと歴史的にナンセンスかなというふうに思っています。
 以上です。

○参考人(小澤隆一君) 今、福島委員が述べられた北岡座長代理の御発言は、もしかしたら憲法だけではなく自然権もあるんだということを言われたのかもしれませんけれども、しかし、今、国連憲章に書かれている個別、集団の自衛権は、これは確かに固有の権利とは書かれていますけれども、個別的自衛権につきましては国際慣習法上、自然権的な性格の強い権利かもしれませんけれども、集団的自衛権については国連憲章によって創設された権利だというのが国際法学の通説ですから、これについてはわきまえていただきたいというふうに考えております。
 以上です。

○参考人(小林節君) 北岡発言は直接聞いておりませんので確認はできませんが、もしそれが事実だとしたら、冗談でしょうとしか言いようがないです。
 それから、天賦人権説については、たくさんの自民党の議員を僕存じ上げているんですけど、あのパンフレットがとても異常に見えて、誰か執筆責任者が書いちゃったんでしょうけれども、例えば去年の五月の憲法記念日の前に、あるテレビ局の取材で石破幹事長と党本部で三十二分、対談をしたんですけど、そこで一つも対立が起きなかったんですね。つまり、意見の違うところは、あれはたたき台ですからこれから議論して変えていけばいいじゃないですかと彼は言ったんですね。
 だから、言葉尻を捉えたらとんでもないものですけれども、だけど、これも議論の中で、自民党というのは大きな政党で、一番のはっきり言って人材集団ですから、議論によって変わっていくと私は信じております。

○福島みずほ君 ありがとうございました。

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憲法審査会で立憲主義など質問

5月21日の参議院憲法審査会で解釈改憲と立憲主義などについて、各党に質問しました。議事録の速報版をアップしましたので、是非読んでください。


○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。
 衆議院でこの法案が可決された後、安保法制懇の報告書と総理の記者会見がありました。明文改憲、解釈改憲、立憲主義をどう考えるか、極めて重要な問題です。
 船田発議者にお聞きをいたします。
 船田さんは、三月十三日の自民党総務会で、集団的自衛権の行使容認のために拡大解釈を自由にやるなら憲法改正は必要ないと述べ、解釈改憲で明文改憲の機運がしぼむことの懸念をされております。だったら、解釈改憲なんかやるべきじゃないですよね。
 どうですか。

○衆議院議員(船田元君) 三月でございましたか、私の総務会での発言、これはあくまで一般論で申し上げたものでございます。憲法解釈が時の政府あるいは為政者によって自由に行われるということであれば、憲法改正の必要もないし、その機会も与えられなくなるという一般論を申し上げた次第でございます。これは、私自身今でもそう思っております。
 しかしながら、今回の集団的自衛権の行使に係る憲法解釈の変更ということについては、これはあくまで憲法の解釈を変えるということでございまして、必ずしも憲法改正そのものの議論を、それを棚上げにしてやってしまおうということでは決してないと思っております。
 ただ、私が言いたかったのは、憲法解釈の変更ではあるけれども、これは重大な変更である。だから、その意味では、国民に信を問うほどの心構え、そして覚悟、そういうものがなければこの議論というのはなかなか前に進みませんよということを申し上げたかったわけであります。それだけのことでございます。

○福島みずほ君 国民の信を問うのであれば、国民投票じゃないですか。国政選挙なんかじゃないですよね。
 憲法九条に関する集団的自衛権の行使を容認するかどうかは極めて重要なテーマです。だとすれば、信を問え、国民投票でやれ、総理の解釈改憲は許せないということに論理的になりませんか。

○衆議院議員(船田元君) 先ほど来答弁をしておりますように、確かに憲法の解釈、とりわけ国の重要課題、平和主義、そういうものに密接に関連をする九条に関わる解釈の変更でございますので、これは慎重にも慎重を期さなければいけないと思っております。
 ただ、憲法を自民党内で預かっております私の立場とすれば、本来はこれは憲法の解釈と併せて、自衛隊そのものの存在も現行憲法には書いてありません、これも解釈で認められているわけでありますので、そういう点からして、やはりこの解釈において議論をしていくということは、これは憲法という重要なものでありますけれども、一定の幅というものはあると、このように思っている次第でございます。
 しかしながら、私自身が申し上げたのは、やっぱりその心構えという点では、解釈の変更であってもそこはやはり国民の皆さんにしっかりと説明をし、そして国民の皆さんもその一定の判断ができるようなそういう状況に置くというのが望ましいのではないかということを申し上げたわけであります。国民に信を問うというのはやや政治的な言葉となってしまっておりますけれども、この点につきましては、もしそれは言い過ぎであればそれは訂正もするつもりでございますけれども、やはり国民に信を問うほどの気持ちというものが大事であるということを私は申し上げたかったので、あえて発言をさせていただいたということでありました。

○福島みずほ君 いや、船田発議者は国民の信を問うて明文改憲でやるべきだと思っているんですよ。解釈改憲なんて邪道じゃないですか。総理が閣議決定だけで重要な集団的自衛権の行使を容認することは、国民の信を問う心構えもないじゃないですか。だとしたら、許せないというふうに思います。
 船田発議者は明文改憲がかなり先の話だというふうにおっしゃり、だから解釈改憲というのは、論理的におかしいんじゃないですか。かなり先であっても、それは明文改憲すべきことは明文改憲すべきであって、解釈改憲できないことはできないですよね。
 私も、参議院の決算委員会、五月十二日、小松長官に質問しました。最近も、横畠内閣法制局長官も集団的自衛権の行使は違憲であるという見解を維持しております。違憲がなぜ合憲になるのか。船田発議者、どうお考えですか。

○衆議院議員(船田元君) 今御指摘をいただいた小松前長官、それから横畠現長官の御発言、私はつまびらかにはしておりません。
 ただ、私は、集団的自衛権の行使は解釈上認められないというふうに従来から政府の答弁が成り立っております。ですから、解釈を新たに付け加える、あるいは新たに変更する、そういうことで私は集団的自衛権は認められる状況はあると思っています。その余地はあると思っています。ただ、その余地というのは極めて狭いものであるということでありますので、その点においては様々議論をこれからも続けていかなければいけない、このように思っております。

○福島みずほ君 余地が多かろうが少なかろうが、一般論であろうがちびっとであろうが、違憲のことを政府が認めることが問題じゃないですか。先ほど、船田発議者は、時の政府の判断で変えることがおかしいとおっしゃった。そのとおりですよ。少しだろうが、一見限定的であろうが、一般論であろうが、認めることそのものが問題じゃないですか。いかがですか。

○衆議院議員(船田元君) 少し問題を整理いたしますと、先ほど私は、憲法解釈のその変更の認められる余地について注意すべき点というのを申し上げました。
 その一つは、やはり強い法的安定性が求められるということ。それから、一つの解釈が長い時間を掛けて積み重ねてきた場合においてはその解釈の選択の余地は狭まるということ。あるいは、前に出ていた憲法の解釈、それが変更される場合にも、前の解釈との論理的な整合性を担保したものでなければならない。このようなことに留意をした上で憲法の解釈を見直していくべきである。このように申しました。
 今回の集団的自衛権の行使につきましては、今申し上げた枠内に、あるいはその条件になるべく沿うべく、現在与党内での協議が行われている、このように承知をしております。ですから、与党内の協議の結果として今申し上げたような条件が十分に満たされるということであれば、私はそれは憲法解釈の変更によって、この時点においては私は賛成であると、このように申し上げたいと思います。

○福島みずほ君 今、船田発議者がおっしゃった要件、まさに変えられないということじゃないですか。集団的自衛権の行使は何百回と、ごく最近も違憲であるというのが自民党政治の確定した考え方です。これを変更するには憲法改正が必要だというのも繰り返し言ってきました。ですから、まさに船田発議者がおっしゃった基準に照らせば、集団的自衛権の行使の解釈改憲は限定的、それは限定的というのは私はうそだと、何かを容認すれば、時の政府の立場で容認していけば、もうそれは憲法破壊だと思いますのでできないと思いますが、まさに集団的自衛権の行使の解釈改憲は邪道であって、非合法であって、明文改憲は社民党は反対ですが、明文改憲よりも何億倍か憲法を破壊するひどい行為だというふうに思います。
 では、ほかの発議者にお聞きをします。
 解釈改憲と立憲主義について、民主党、生活の党、公明党、お考えを、短くで済みませんが、お聞かせください。

○衆議院議員(枝野幸男君) 釈迦に説法ですが、憲法に限らず法令解釈一般について、解釈を変更する場合においては、その法令の文言、そして過去の解釈との論理的整合性が求められる、これはもう法令解釈の基本中の基本であると。憲法においては、特に法治主義の基本、法令解釈の基本に加えて、公権力行使の限界を定めるルールであるという本質からして、公権力を行使する側がこの法令解釈のルールを逸脱するようなことがあれば、立憲主義という民主主義と並ぶ近代国家における基本原則を破壊することになることで、許されないということであります。
 問題は、過去の解釈及び文言との整合性を取った中で、今言われている集団的自衛権をめぐるような話が進み得るのか。少なくとも、集団的自衛権は憲法違反であるという明確な政府としての解釈が積み重ねられていますので、これを正面から否定することがあれば、これはもう法治国家でもなくなるし立憲主義国家でもなくなる、憲法の破壊であると。
 これも、福島議員も法律家でありますから、普通に考えたら、集団的自衛権の一部あるいはそれに類するような部分を過去の解釈と整合性取れる形で説明できることはないだろうなと思いながら見ていますが、その整合性が取れる説明があり得るのかどうかは、それは変えたいと思っている政府の側の責任で御検討されることだと思いますが、先週の総理の記者会見やお友達を集めた何とか審議会のところからはそういった論理的説明は全くありませんでした。

○会長(小坂憲次君) みんなの党、生活の党さん、いかがですか。

○衆議院議員(鈴木克昌君) 憲法解釈についてということでありますが、憲法九条の解釈は、戦後から現在までの長い間、国会審議において国会と政府の共同作業によって練り上げられてきたものであります。国会審議を経ることもなく、一内閣が行う閣議決定によって軽々に変更が許されるものではない、このように思っております。
 このような政治姿勢は、憲法の本質である国家権力を縛るという立憲主義と民主主義を軽視するものであり、到底容認できるものではない、このように考えております。

○衆議院議員(北側一雄君) 今何を議論しているかといいますと、安全保障の問題です。我が国の安全保障環境が大きく変化している、また厳しくなっているというふうに言われております。私もそのように理解をしております。そういう中で、我が国の国民の生命、財産を守るためにどのような安全保障上の必要性があるのかと、こういう議論を、具体的、現実的な議論をしなければならないというふうに思っているんですね。具体的な事例を通してやりましょうということで、ただ、その事例も、観念的な事例ではなくて、リアリティーのある事例でこの安全保障上の必要性の問題を議論する必要があるというふうに思っております。
 その議論の上で、何らかの対処の必要性があるというふうに考えた場合には何を考えるかというと、まずは今の現行法制の中で何ができるかと。安全保障法制、たくさんあるわけですね、自衛隊法以下。そういう安全保障法制の中で一体何ができるのか、何ができないのか、どこに不備があるのか、そういうことを次に議論することになるのだろうと思っています。
 その上で、何らかの自衛隊法の改正なり必要だと、その具体的な対処をしていくためには自衛隊法の改正なりが必要だというふうな議論になった場合に、そこで初めて現行憲法のこれまでの特に九条の政府解釈との整合性はどうなんだと、こういう議論の順番になってくるわけですね。
 私が非常に違和感を持っておりますのは、これメディアの報道ぶりも含めてそうなんですが、集団的自衛権の行使の是非というのがもう見出しになっていて、具体的な安全保障の必要性とか対処の問題とか、そういうのがもう飛び跳ねて、飛ばしてしまって、そこだけが議論になっているというのは、非常に私は、実際今実務者として協議をしている一人として違和感がございます。仮に、これまでの政府見解、これまでの憲法に関する政府見解との関係で、従来の政府見解を見直さないとその対処すべき何らかの法制ができないという判断になった場合に、その政府見解の見直しというのはまさしく憲法解釈の見直しになってくるわけですね。
 そこで、先ほど枝野委員がおっしゃったような、憲法改正しないで政府見解を見直すわけですから、そこには従来の政府見解との論理的な整合性がなければいけません。論理的な整合性なしに解釈変更してしまったならば、これはもう政権交代したらまたころころころころ変わってしまうと、法的安定性を大きく害してしまうわけでございまして、そんなことはできない。だから、論理的整合性が本当に確保されているのかということについてきちんと見ないといけませんし、また、集団的自衛権というのは、言葉は集団的自衛権なんですが、限定容認であれ、その集団的自衛権行使をすることを認めるということですね。それは、自衛権行使を認めるということはどういうことかというと、我が国が武力行使をすることが適法であると、違法ではないと、自衛隊の皆さんに現実に武力行使をしてもらうことが違法でないという、そういう基準を定めるわけですね。
 これは極めて重大な基準になるわけでございまして、限定であれ何であれ、その基準というものが明確な基準でなければいけない、当然の話だと思います。その明確な基準でなければ、そもそも憲法九条というのは一体何のためにあるのかと、九条そのものの規範性が大きく失われてしまうことになりかねないわけでございまして、今のような安全保障上の必要性の議論、その上で、その後に今言った憲法解釈、法論理の議論をしていかないといけないというわけでございまして、正直申し上げて、相当隙間は狭いなというのが私の率直の実感でございます。

○福島みずほ君 結いの党、いかがでしょうか。

○衆議院議員(畠中光成君) 御質問いただいた件ですが、そもそも我が国の憲法というのは立憲主義に基づいているというのが我が党の考え方でありまして、その本質というのは基本的人権の保障にあるだろうというふうに考えております。ですから、この基本的人権を守るためには当然自衛権というのは必要だと、認められるというのは皆さん方御承知のとおりだと思います。
 それを前提にした上で、今行われているこの集団的自衛権の行使容認については、あくまで私の認識では、この現行憲法の規範の枠内での議論なんだろうというふうに思っています。その枠内がいかに、どの程度の枠かということについてはこの国会で是非慎重に審議をしていかなくちゃならないというふうに思っておりますが、我が党としては、今認められている個別的自衛権の範囲でどの程度対応ができるのか、すなわち個別的自衛権の適正化によって今の課題というのがどの程度乗り越えれるのかということをしっかりと検討した上で、その上ででもどうしても集団的自衛権が必要だというのであれば、それは全く排除している状況ではありませんけれども、各先生方お答えいただいたように、その範囲というのは極めて狭いんだろうなというふうに考えております。

○福島みずほ君 日本の国民の命と暮らしを守るのであれば個別的自衛権で対処できるわけですし、日本の領海、領空が侵害されればそれは個別的自衛権の行使でできる。集団的自衛権の行使は、日本の国が攻められていないにもかかわらず、他国防衛を理由に売られていないけんかを買いに出ていくわけで、それはやっぱり違うものだと思います。
 枝野発議者にちょっとお聞きしたいんですが、総理の記者会見で言う事例など、私はファンタジーかフィクションか教室設例だと思うんですね。あり得ない。つまり、集団的自衛権の行使を導きたいがために、何かもっともらしいというか、何か案を作っているが、例えば米軍が今まで日本人を救出したことなどありません。湾岸戦争でもいつでも民間機が本当に輸送して、米軍がやるということなどない。また、日本が米軍を守るというふうな、日本と、自衛隊と米軍はイージス艦の機能や数も全く違いますから、防護するというのも非常に非現実的であるというふうに思うんですね。
 イラク特措法のときに駆け付け警護は違憲であると言われ、それはそうでしょう、あの時点で駆け付け警護で武力行使すれば日本が戦闘行為の当事者になるわけですから。だから、何かもっともらしい設例、ファンタジー、あり得ないことを言う。実際の集団的自衛権の行使は十四件、政府があると戦後言っておりますが、ベトナム戦争であり、アフガン侵攻であり、アメリカのニカラグア侵攻であり、ソビエトのチェコ侵攻、ハンガリー侵攻であり、アメリカの大統領と国防長官、そしてアメリカは戦争制限法で議会の同意を要件としている。ちょっと今助けてあげる、駆け付け警護なんていうので、全く集団的自衛権の行使はない、泥沼の戦争をある国が選択するかどうかというすごいことなわけですね。
 総理の言う、安保法制懇の言うあの教室設例、ファンタジー、フィクション、あり得ない、非現実的だと思うんですが、ちょっと感想をお聞かせください。

○衆議院議員(枝野幸男君) 詳細に分析をまだしているわけではありませんが、あの会見を見ていて私が非常に違和感を持ちましたのは、個別的自衛権だけでは足りないから集団的自衛権と言いながら、一生懸命、日本国民の命を守るのにこれが必要なんですという説明をされていました。
 集団的自衛権というのは、その日本の領土、領海以外に日本人がいようがいなかろうが、他国の防衛のために日本がどうするのかという話なのであって、そこにたまたま日本人がいるケースもあり得るかもしれないけれども、それは本質では全くないのに、そして、基本的に日本政府が日本国民の生命、財産を守るのは、まさに日本の領土、領空こそが主権の及ぶ範囲ですから、そこに、いるところについてまずしっかりと守るであって、他の主権国家の領土、領海にいる人については、相手国の承認があったときにお手伝いに行くことはあるでしょう。でも、相手国の承認があるときにお手伝いに行くときは戦争の自衛権なんですかね、警察権行使の御協力なんじゃないですか。
 例えば、テロ集団からどこかが監禁されている、助けに行くと。これ、相手が国家又は国家に準ずる団体ではないですから、これは自衛権の問題じゃない。まさに警察権行使を相手国の承認があれば他国においてもできるけれどもと、そういう話であるし、いずれにしても、私自身は、この間の会見を、会議録をざっと見させていただきましたが、集団的自衛権の行使を認めなければならない論理的説明は全くなされていない。あの大事な会見で論理的な説明が全くなされていないというのは、やはり我々が直感的に思うように、そこを論理的説明できるケースはないんだろうなと今のところ強く思っています。

○福島みずほ君 今回の国民投票改正法案は、宿題を解決するといいながら宿題を言っている法案だと思うんですね。つまり未完成交響楽団、未完成ではないか。というのは、この附則のところで、例えば公務員の政治活動に関して、規制の在り方について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずると。先ほどもありますが、十八歳、それから他の年齢についても今後四年以内に何とかしようということで、全部実はこれから検討しましょうねという改正法案にしかすぎません。
 三つの宿題と言われると、参議院は違うだろうと思うんですよ。参議院は、衆議院は強行採決だったから附帯決議なかった、でも、参議院は十八個附帯決議があって、これも重大な宿題です。それに全く触れないで、今回こういうことを第一で検討しますよというのは未完成交響楽団、つまり、この法律が仮にもし成立したとしても、これで国民投票をやれるような状況ではないと思いますが、船田発議者、いかがですか。

○衆議院議員(船田元君) お答えいたします。
 前回の法律の審議の際、参議院において十八の附帯決議が付きました。それにつきまして私たちも精査を今やっているところでございます。
 そういう中で、事務的に対応できる問題、それから、今後の課題としてこの衆参の審査会でやるべき問題、あるいは、八党で合意をいたしましたその中でプロジェクトチームができるとすればそこで議論する問題、あるいは、なかなかこれは対応できないような問題、四つほどの範疇に分かれると思いますけれども、それらにつきましては一つ一つ、これまでも議論してきたものもございますが、多くはこれから更に議論を深めていくべき問題であると思っております。
 三つの宿題というのは衆議院段階で生じたものではありますけれども、参議院のこの十八の附帯決議につきましても、この三つの宿題と同様にこれからやはり真剣に議論すべきものと理解しております。

○福島みずほ君 これから真剣に議論すべき、あるいはプロジェクトチームをつくって議論する、これから法律を作るというのであれば、これ、幾ら改正法案、仮に成立しても未完成であって、国民投票をやれるような状況ではないという理解で、船田発議者、よろしいですね。

○衆議院議員(船田元君) 十八の附帯決議の中では既に解決したものもあります。それから、実際に運用の問題としてこの国民投票制度を動かしていく中で議論していく、あるいは整えていくという問題もあります。総体とすれば、この十八の附帯決議が結論が出ない、あるいは残っているということによって未完成であるというのは、これは私は理解しにくいことでございます。これは、言葉はちょっと悪いですけれども、やりながら考えるというものも相当入っておりますので、そういう点で是非御理解いただきたいと思います。

○福島みずほ君 やりながら考えるけれども、国民投票をやる時点で問題が解決していなければ駄目じゃないですか。十八個のうち何が一体解決しているんでしょうか。
 それから、今回の改正法案は、附則で、例えば、四、公務員の政治活動ですが、規制の在り方について検討を加え、必要な法制度上の措置を講ずるものとする。で、年齢のところも、その他の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする。つまり、必要な措置ではなくて必要な法制度上の措置ですから、法律改正が絶対に必要ですよね。
 私は、ですから、今回の国民投票改正法案で国民投票がやれる状況ではない、別の法律改正が将来別途必要である、この理解でよろしいでしょうか。

○衆議院議員(船田元君) これまでも議論してまいりました。そしてこれからもこの十八項目それぞれにおいて議論も必要であり、また、運用上どうすべきかということについてもそれぞれの部署で検討していく必要があると思います。そういう中で、法律改正が必要なものが生じた場合においては、これにきちんと対応していくという点は変わりはないと思います。

○福島みずほ君 年齢は法律改正しなければ駄目じゃないですか。どうですか。

○衆議院議員(船田元君) 年齢というのはどういう意味でございますか。

○福島みずほ君 船田発議者は、前回この法律が成立したときに、十八歳にすると。つまり、「やはり公職選挙法における二十歳というこの年齢についても、これはできる限りこの三年間の間にしっかりと議論をした上で十八にすると。」、平成十九年四月十九日、参議院の委員会で発言されていますね。
 つまり、船田さんは、発議者として、この憲法改正のための国民投票法が成立される参議院において、ここにおいて、十八歳にすると言っているんですよ。でも、国民投票は十八だけど、公職選挙法はそう全くなっていない。だとすれば、八年前のこの参議院でのきっぱりとした発言、十八歳にする、これ、法律改正しなければできないじゃないですか。

○衆議院議員(船田元君) これは、十八歳にするという点は改正をしなければできないと思っております。ただ、その過程において、我々はやはり、当時の自公民の枠組みが崩れてしまったことなど、それによって三年間の間に法整備ができなかったということに大変大きな反省を今持っております。
 その反省に立った上で、今回の制度設計におきましては、四年間という若干の期間を置くということ、そしてその四年間の間に、できるだけ早く、国民投票のみならず、選挙権年齢を十八に引き下げる努力をするためのプロジェクトチームを八党でつくろうと、こういうことで決めさせていただきました。その我々の努力というものに対して是非御理解いただければと思っております。

○福島みずほ君 議論に答えていただいてなくて、私が言いたいのは、今回の改正法案が仮に成立しても、これで国民投票やれる状況ではないということではよろしいんですよね。
 そして、みんなの党にお聞きします。超党派のこの議論の中で、みんなの党は、全部やはり十八歳にそろえるべきだと、とりわけ松沢成文さんなどは、国民投票のときは十八で、でもその人は、二十歳の、例えば衆議院選挙では投票できないので、不一致でおかしいということをとてもおっしゃっていたんですね。だとすると、実際、国民投票をやる時点で、公職選挙法の改正や他の具体的な立法の改正がない限り国民投票できないという理解でよろしいでしょうか。

○衆議院議員(三谷英弘君) 質問にお答えいたします。
 松沢成文参議院議員を始めといたしまして、みんなの党といたしましては、同じ参政権グループに属するこの選挙権年齢、そして投票権年齢というものは、直ちに十八に引き下げるべきだということは訴えさせていただいておりました。
 しかしながら、この今回の法案を通すということになった段階で、少なくともそういった議論がこの国民投票法案の成立というものを妨げてはならない、時代に応じて憲法改正というものは進めていかなければならないというふうに考えておりますので、その議論はその議論として別途やっていくということを前提に、今回の法案には八会派のうちの一つとして乗らせていただいているということでございますから、当然ながら要請があれば憲法改正というものは議論して進めていくということになろうかと思います。

○会長(小坂憲次君) 時間が来ております。よろしいですか。

○福島みずほ君 はい。時間ですので終わります。
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「大切なあの人が、戦地に行くことに?集団的自衛権」

 4月30日(水)
 集団的自衛権容認する報告書を政府が認めることは容認できないと多くの女性たちが集まりました。
 青井未帆さん(学習院大学法科大学院教授)、谷口真由美さん(大阪国際大学現代社会学部准教授)、池田恵理子さん(アクティブ・ミュージアム 女たちの戦争と平和資料館館長、雨宮処凛さん(作家・活動家)、内田聖子さん(アジア太平洋資料センター事務局長)、小林五十鈴さん(日本婦人有権者同盟共同代表)北原みのりさん(作家・LOVE PIECE CLUB主宰)坂本洋子さん(民法改正情報ネットワーク理事長)、黒澤いつきさん(明日の自由を守る若手弁護士の会呼びかけ人代表)三浦まりさん(上智大学教授)、田村智子さん(日本共産党参議院議員)が発言して下さいました。

集団的自衛権容認させない!集会にて
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リーガルクーデターを許さない

 4月13日付けの東京新聞に、私も参加した憲法の「解釈改憲」に関する公開討論
会の様子が掲載されました。

 とてもうまくまとめて下さったので、ぜひ読んで下さい。

 東京新聞4月13日記事(PDFファイル)
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集団的自衛権の行使について

 安倍総理が、集団的自衛権の行使について解釈改憲で認めようとしています。集団的自衛権の行使は、政府自らが戦後一貫して違憲としてきました。そのことを、総理が閣議決定だけで、解釈改憲によって、合憲にしようとしていることが大問題です。
 憲法9条からは、他国防衛のために武力行使をすることは認められません。 過去そして現在において違憲のことは、どんなことをしても合憲にはなりません。
 憲法99条によって、国務大臣、国会議員などには憲法尊重擁護義務があります。総理は憲法の上にあるのではなく、憲法の下にあります。憲法を守れというのは総理大臣、国務大臣、国会議員に課せられているのです。解釈改憲によって集団的自衛権の行使を可能とすることはできません。

 ところで、今まで集団的自衛権の行使とされた事例にはどのようなものがあるでしょうか。
  ①ハンガリー動乱におけるソ連による武力行使(1956年)
  ②レバノン内戦における米国による武力行使(1958年)
  ③ヨルダン内戦における英国による武力行使(1958年)
  ④南アラビア連邦問題における英国による武力行使(1965年)
  ⑤ベトナム戦争における米国による武力行使(1965年)
  ⑥チェコ動乱におけるソ連による武力行使(1968年)
  ⑦ソ連によるアフガニスタン侵攻(1979年)
  ⑧リビアによるチャドへの武力行使(1980年)
  ⑨ニカラグア内戦における米国による武力行使(1980年代前半)
  ⑩フランスによるチャドへ武力行使(1983年、1986年)
  ⑪米国によるホンジュラスへの武力行使(1988年)
  ⑫イラク・クウェート危機における米国、英国、アラブ連盟諸国等による対イラク武力行使(1990年)
  ⑬ロシアを始めとする独立国家共同体(CIS)諸国によるタジキスタンへの武力行使(1993年)
  ⑭米国同時多発テロにおける英国を始めとするNATO諸国によるアフガニスタン武力行使
                    (国立国会図書館まとめ「レファレンス」平成21年1月号などによる)

 この「レファレンス」では、「これまでの集団的自衛権の行使事例を概観すると、しばしばその濫用が疑われてきたことが窺える」と指摘されています。
 たしかに、これらの事例のほとんどが大国による軍事介入であり、戦争の泥沼化や長期化によって多くの命が失われました。また、介入された側の国の要請がないにもかかわらず、介入国が一方的に軍事侵攻した例も多く、国家主権に対する侵害であるという国際的批判も湧き上がりました。
 また、ベトナム戦争のきっかけとなったトンキン湾事件は、米国による自作自演であったことが国務省の報告書によって後に明らかになりました。憲法9条の規定に基づいて集団的自衛権の行使を否定し続けた日本は、これらの戦争に自衛隊が参加することはありませんでした。戦後、自衛隊が他国の人々を殺したり殺されたりすることが一度もなかったのは、憲法9条が集団的自衛権の行使を固く禁じてきたからです。
 もしも安倍政権が集団的自衛権行使を容認すれば、日本は確実に、米国など他国が行う戦争に当事国として参加し、武力行使をし、際限なき泥沼の戦争から抜け出せなくなってしまうでしょう。
 解釈改憲によって集団的自衛権の行使を容認することは、立憲主義の破壊です。日本を、戦争のできる国に変えてはいけません。安倍内閣の暴走に対して、みんなの力を合わせて、ストップをかけていきましょう。
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集団的自衛権を考える超党派の議員と市民の勉強会(第3回)

集団的自衛権を考える超党派の議員と市民の勉強会(第3回)は、3月7日(金)13時から参議院議員会館B109会議室で開催します。東京新聞の半田滋さんが「集団的自衛権のトリック」というテーマで講演します。みなさん、是非来てください!

           記

日時: 3月7日(金) 13:00~14:00
場所: 参議院議員会館 B109会議室   [資料代500円]
基調講演:
「集団的自衛権のトリック」
半田滋さん(東京新聞論説委員兼編集委員)
発言:国会議員、市民団体ほか
                                               
 安倍内閣が集団的自衛権行使容認へ踏み出そうとしています。戦後、自民党政権を含めて全ての内閣が明確に「違憲である」としてきた大原則を、解釈変更だけで180度変えようとしています。
 戦後日本社会の大きな曲がり角に立たされつつある私たちは、この重大な問題に関して、様々な視点から、多くの人々と共にしっかり学び、議論を深めていきたいと思います。
 そこで、政党・党派の枠を超えて共に学び合う目的で、超党派の議員と市民とが同じテーブルに集うための勉強会を立ち上げました。今後さらに多くの政党、議員、市民に拡げていこうと思います。
 第1回勉強会で私たちは、元内閣法制局長官の阪田雅裕さんを講師に「政府の憲法9条解釈」について学びました。また第2回目は、元内閣官房副長官補の柳澤協二さんから「安倍内閣の安全保障戦略(集団的自衛権を中心に)」をテーマに講演していただき、議論を深めました。
 第3回目は、ジャーナリストの半田滋さんをお招きし、「集団的自衛権のトリック」という観点から講演していただきます。
 たくさんの議員、秘書、市民、メディアのみなさんの参加をお待ちしています。ぜひお集まりください。

呼びかけ人[3/4現在、順不同]:
近藤昭一(衆)、江崎孝(参)、有田芳生(参)、藤末健三(参)、小野次郎(参)、真山勇一(参)、赤嶺政賢(衆)、仁比聡平(参)、玉城デニー(衆)、主濱了(参)、小宮山泰子(衆)、
照屋寛徳(衆)、福島みずほ(参)、糸数慶子(参)、山本太郎(参)
                                                 

連絡・問い合わせ:江崎孝事務所(03-6550-0511)、真山勇一事務所(03-6550-0320)、
仁比聡平事務所(03-6550-0815)、主濱了事務所(03-6550-0817)、
福島みずほ事務所(03-6550-1111)
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集団的自衛権を考える超党派の議員と市民の勉強会(第2回)

明日28日14時半から参議院議員会館講堂で集団的自衛権を考える超党派の議員と市民の第2回勉強会を開きます。
元内閣官房副長官補の柳澤協二さんの講演と、前回に引き続き、各界からのリレートークを行います。
みなさん、是非おこしください!


         記

日時:2月28日(金)14:30~16:30

場所:参議院議員会館講堂

資料代:500円

Ⅰ.基調講演:「安倍政権の安全保障戦略(集団的自衛権を中心に)」

   柳澤協二さん(元内閣官房副長官補[安全保障担当])

Ⅱ.各界からのリレートーク(予定):

   小森陽一さん(東京大学教授・九条の会)
   篠田博之さん(日本ペンクラブ)
   谷山博史さん(JVC[日本国際ボランティアセンター])
   糸井玲子さん(平和を実現するキリスト者ネット)
   藤田高景さん(村山談話を継承し発展させる会)
    ほか

Ⅲ.発言:国会議員、市民団体など

呼びかけ人[2/27現在、順不同]:
近藤昭一(衆)、江崎孝(参)、有田芳生(参)、藤末健三(参)、小野次郎(参)、
真山勇一(参)、赤嶺政賢(衆)、仁比聡平(参)、玉城デニー(衆)、主濱了(参)、
小宮山泰子(衆)、照屋寛徳(衆)、福島みずほ(参)、糸数慶子(参)、山本太郎(参)
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安倍総理、憲法を守れ!

2月15日(土)

憲法は、権力者を縛るものです。
1215年、ジョン王に対して、貴族たちが、勝手に課税するなと迫ったマグナカルタが憲法の起源だと言われています。
その通りで、憲法とは、為政者を縛るものです。
例えば、表現の自由を侵すな、出版の自由を侵すな、政教分離の原則を守れなど。
だからこそ、日本国憲法99条は、国務大臣、国会議員、裁判官、公務員などに憲法尊重擁護義務を課しています。

憲法を守れというのがとりわけ国務大臣や国会議員に課されているのです。

安倍総理は、日本国憲法のもとで、戦後違憲とされ、違憲としか解釈できな集団的自衛権の行使を認めようとしています。
違憲のことがなぜ総理大臣の一存で合憲にできるのでしょうか。
憲法違反のことをしてはならないと言うのは、総理大臣に最も課せられているものではないでしょうか。違憲のことを総理大臣はやってはいけません。
安倍総理は、憲法とは何かということがわかっていないのではないでしょうか。安倍総理に立憲主義を破壊させてはなりません。憲法の意味がなくなります。
ワイマール憲法の下において、国家授権法を作り、ナチスドイツが、ワイマール憲法を無力化していったように、日本国憲法を無力化させてばなりません。ナチスの手口に学べといった麻生副総理の発言がありますが、ナチスの手口をさせてはなりません。

自民党政権も、例えば、2005年、質問主意書に対して、憲法9条を解釈によって変えてはならない、そんなことをすれば、憲法秩序が壊れ、国民の憲法に対する信頼を失わせる旨答弁をしています。

最高権力者でも憲法違反の決定をすることはできません。

安倍総理、憲法を守れ、権力者よ、憲法を守れと声を大にして言わなければなりません。

主権者である国民が、総理大臣に対して、憲法を守らせる番です。

日本国憲法前文は、次のように言っています。
「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法確定する。」

政府が、再び戦争を起こそうとすることがないように、主権者である国民はしっかりしなさいよということが書かれているわけです。

主権者である国民が、政府に対して、総理大臣に対して、憲法9条を守れ、憲法を守れと強く言わなければなりません。まさにその時です。
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