忙しい、有意義な一週間でした
2008 / 06 / 29 ( Sun )
6月29日(日)
 ここ一週間忙しい。というかずっと忙しいけれど、特に忙しい。
 
 岩手・宮城の地震の現場に行き、秋田に行った。
 22日は、愛知県と三重県に行き、三重では、三重ユニオン50周年のシンポに、全国ユニオンの鴨桃代さんと参加をした。

 6月23日は、沖縄県の慰霊式へ。
 ひめゆのの記念館へ行き、様々な慰霊式や平和の礎に行ったが、人々の心の傷や思いが、こんなに深く、しかも現在進行形で進んでいる今の問題であることを痛感した。沖縄の社民党選出の照屋寛徳さん、山内徳信さんなと゜と一緒にまわった。

 ひめゆりの慰霊式に参加をした。
 県会議員になった社民党の30代、仲村未央さんと一緒だった。
 彼女のおじいちゃんの妹が、1945年夏に亡くなっている。写真も記念館にあった。
 8月15日ではなく、6月23日が沖縄の終戦と言われている。
 ところで、6月23日にひめゆりの人たちも含め、解散命令が出たけれど、それからみんなは、ずっと逃げまどってなく亡くなっているのである。
 米軍に見つかったら殺されると思っているから、逃げることしか考えられない。糸満の海岸は、絶壁もあるので、落ちたり、逆に飛び降りて、亡くなったり、餓死したり。
 子どもで、1ヶ月以上も逃げまどって、と゜んな思いだっただろう。
 
 ひめゆりの慰霊式に参加したときのこと。
 わたしの隣に座っている男性が、時間を気にし、お坊さんに、自分が早目にお焼香できないか頼んでいた。順番だと遅くなるので。聞くと、帰りの飛行機の都合とのこと。
 彼は、お焼香をして、手を合わせていた。
 妹さんが、亡くなったとのことである。
 悲しそうに、思い詰めたようにしている。
 毎年、来ているようであった。
 自分の妹が、戦争で死んで、毎年、慰霊にきている。

 様々な慰霊の場所に、お酒や飲み物や果物や食べ物、花が手向けらている。
 みんなの傷は、ちっとも癒えていない。

 沖縄で、戦争と平和のとを深く考えた。
 
 
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岩手・宮城内陸地震の現場へ
2008 / 06 / 20 ( Fri )
6月19日(木)
 今日は、東北へ。
 岩手県と宮城県の内陸地震の現場、市役所、避難所などへ行く。

岩手・宮城内陸地震の現場へ

 
 宮城県栗原市の荒砥沢ダムの上流の大規模な地滑りでくずれている現場、山がまさにくずれて道が全くなくなっている現場を見に行く。

 避難所にいる人たちは、人里離れた集落にいて、道が遮断をされ、へりで、救出された人も多い。
 いちご栽培の出荷を控えて、着のみ、着のままで、へりで、救出された人にもあった。莫大な損失である。

 激甚災害の指定をはじめやらなければならないことはたくさんある。
 おりしも雨が降ってきた。
 岩手県の奥州市市長がおっしゃつていたが、雨がふると、決壊などで、水害がおきる可能性があるし、他方、雨がふらないと、これから農業用水が必要なときに困るし、どっちも大変だと。

 地盤がやわらかくなっているので、2次災害が起きないようにするということも極めて重要である。

 東京都の消防レスキュー隊は、ここでも大活躍である。

 亡くなった方には、心からのお悔やみを、行方不明の方たちの救出と被災者のみなさんのお見舞いを心から申し上げる。

 それにしても自然の破壊力にぎょつとする。山が動くというか、山が崩れて道路がなくなっていたりする。地面が大きく動いている。そのあまりの破壊力。

 活断層などが新たに発見をされたりしている。
 原子力発電所など本当に大丈夫か。
 そんな思いを新たにした。
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