中国の胡錦濤国家主席とお会いしました
2008 / 05 / 08 ( Thu ) 昨日、中国の胡錦濤国家主席とお会いしました。私は、チベット問題について、ダライ・ラマ14世との対話が始まっていることを歓迎し、チベット問題が平和的対話による解決が行なわれることを望むと発言しました。
北東アジアにおける安全保障構想、朝鮮半島における非核化、六カ国協議について意見交換をしました。 ![]() ![]() |
新宿御苑にPAC3?
2008 / 01 / 21 ( Mon ) 大学で授業。
本会議で代表質問が始まる。 今日は衆議院、22日は参・衆。23日は参議院。 私は23日に社民党を代表して、代表質問をする予定。 防衛省にPAC3(発達型ペトリオット防空システム=飛んでくる弾道ミサイルを着弾前に迎撃するシステム)について、交渉に行く。 各地の自衛隊基地への設置が始まっている。 今月14日に新宿御苑でPAC3の実地調査がされたことにショックを受ける。 あの新宿御苑で! 「環境省が許可をしたのでいい」という答え。 「新宿御苑にPAC3が設置される可能性があるのか?」という質問に「1%から99%ある」という防衛省側の答え。 つまり可能性があるということ。各地にPAC3が設置されることに反対だがみんなが集まるのどかな新宿御苑、公園で調査をしかつ設置の可能性があるなんて、あまり報道されないうちにどんどん事態が進んでいく。 また最近、お医者さんたちから懸念のメールが来ている。 今通常国会に議員立法で「医療安全調査委員会設置法案」という法案が出される予定である。 これがおかしい。 病院内での死亡ケースを報告させる第三者機関というと聞こえがいいけれども、厚生労働省のなかに機関を作れば厚生労働省の法制度上の責任は問題とされず、現場の医療従事者に責任が押し付けられるのは必至である。 そして、死亡ケースを報告すれば刑事事件が発生する可能性があり、むしろ報告はしない、あるいはこんな仕事いやだということになるのではないでしょうか。 仕組みに問題があります。 |
PAC3の武山駐屯地(神奈川)への配備反対抗議で防衛省に申し入れ
2008 / 01 / 21 ( Mon ) |
61年前と今日
2007 / 11 / 03 ( Sat ) 1946年11月3日。
今から61年前。 日本国憲法が発布された。 そして2007年11月3日の午前中に私は、護憲大会の分科会「男女共同参画社会に向けて」に出席。 午後には、日比谷野音に5000人が集まった「武力で平和はつくれない!11.3市民集会」に出席し、あいさつをする。 多くの人たちの声援に励まされる。 ![]() そしてパレードにも参加。 ![]() |
「ビルマ軍政と日本」緊急集会に出席
2007 / 10 / 28 ( Sun ) 「ビルマ(ミャンマー)軍政と日本ー日本外交を動かそう!」の緊急集会に出席する。
日本政府は、国際社会のなかで、軍政は問題であるというメッセージをきちんと出していない。これからODAを精査するという立場である。 日本はどこよりも早くビルマの軍事政権を承認し、先進諸国のなかでは、一番のODAの援助を軍事政権に対してやってきた。この19年間全く軍事政権は変わってきていない。 この集会では、かつて軍事政権の拷問を受けた人の証言や弾圧を受けている少数民族のひとつカレン族の女性の発言などが続いた。 それにしても、デモ弾圧のビデオには、ショックを受ける。 軍隊とは何かと改めて思う。 フィリピンでも、フィりピンの軍隊は、戦闘行為で、外国の人を殺した数より、自国民を殺した数のほうが多いというのを読んだことがある。 何の武器も持っていないお坊さんや市民に対して、発砲し、殴る軍隊のビルマの映像が続く。殺されて放置されているお坊さんの死体や重傷を負って横たわる市民の人の姿。 日本の政治が、この軍政に加担することは、もうはっきりやめるべきである。 中国が天安門の事件を起こしたときは、日本政府は、ODAを中止し、半年ほどストップしていた。アパルトヘイトを行っていた南アフリカへは、援助をしていない。 今回、日本政府は、明確なメッセージを出すべきである。 きちんと政治の場面でがんばりたい。 身近なアジアで、人がこんなに弾圧されていいわけがない。アジアの国々は、本当に問題をかかえている。日本の政治こそが問われている。 亡命してきている多くのビルマの人たちに会う。 もうすっかり顔見知りになってきている。 ビルマの民主化を願う多くのビルマの人たちと日本人の人たちの思いに励まされ、国会でがんばらなくっちゃと改めて思う。 「東京タワーオカンとボクと、時々、オトン」の映画を見る。 |
日米軍事再編・基地強化と闘う全国連絡会
2007 / 10 / 18 ( Thu ) 秘書の池田幸代です。10月6・7日に山口県・岩国市で行われた「日米軍事再編・基地強化と闘う全国連絡会」(以下、全国連絡会)の第2回総会に参加してきました。
というのも、私の暮らす神奈川県は沖縄に次ぐ第2の基地県。とりわけ、厚木基地にエンジン出力の高いFA18スーパーホーネットが来てから、音の暴力は更にすさまじく、そして深夜にまで及ぶ飛行訓練、落下物事故が市民の生活から安全や安心を奪っています。 昨年1月に爆音の激化による防音工事の対象区域(「騒音コンター線」)が再設定され、私の暮らす地域の多くの世帯がその対象になりました。 その後、5月の在日米軍再編協議で厚木の空母艦載機の59機が、2014年までに岩国市に移駐されることがアメリカ政府と日本政府の間で合意されたものの、岩国市民は住民投票などで艦載機の移駐受け入れに「ノー」の意思を示した、という経緯があります。 私は、今年4月に厚木基地の爆音防止に50年近く取り組んできた「厚木基地爆音防止期成同盟」の執行委員になり、また、具体的な運動としては、「騒音コンター線」の中に自宅があるため、第4次厚木基地爆音訴訟の原告になりました。 この全国連絡会は、米軍再編に対応すべく昨年第1回総会を横浜で開きましたが、今年は艦載機受け入れを拒否したために、再編交付金を止められた岩国市に集結しようということになった次第です。 沖縄からは、普天間・嘉手納・辺野古、鹿児島からは鹿屋、宮崎からは新田原、長崎からは佐世保、地元山口からは岩国、広島からは呉、神奈川からは横須賀・厚木・座間・相模原、東京からは横田、それぞれの基地の周辺地域で、基地強化に反対する活動をしている方々が参加しました。 1日目は、岩国市民会館小ホールで「爆音に怒りを!今できることは何?市民シンポジウム」が開かれました。それぞれの地域の活動者から状況が報告されましたが、私が注目したのは「基地周辺の健康被害」です。 爆音などの被害で、「耳鳴りがする」「基地の近くでは流産や早産が多い」「基地の近所では低体重児やよく風邪をひく子どもが多い」「自死(自殺)があったと聞く」「胃腸や心臓にも負担がかかる」など、子どもや高齢者に被害が及んでいる状況があると多くの発言がありました。 このことは実に重要なことだと思います。基地受け入れに賛成していようとも、反対していようとも、基地被害は及ぶという冷厳な事実を突きつけるからです。これについては、国内では先行研究がないようですが、アメリカなどでないかどうか少し調べてみようと思います。 2日目は第2回総会。全国から15団体が参加、10団体がオブザーバー参加しましたが、「米軍が日本を守ってくれているから、基地負担は致し方ない」とするのは、基地から遠くに暮らす人の考え方であると感じました。 基地周辺で、連日、爆音被害、基地建設のための政府の圧力などに直面する人たちは、やはり「基地は出ていってほしい」「基地は増えて欲しくない」「軍隊は市民を守らない」と思っているのです。 午後からは、岩国市庁舎、米軍住宅が建設されると言われている愛宕山開発地域、岩国基地と新滑走路付近のフィールドワークに参加しました。 1959年に建設した現在の岩国市庁舎の壁は崩れ落ち、耐震構造も基準に合致しないようです。 隣の建設中の新庁舎は、総事業費93億円(本体建設89億円)で、KC−130機の岩国移駐受け入れを条件にしたSACО合意の補助事業として、5年前からその一部が補助されています。 しかし、防衛省によればSACО合意よりも最新かつ上位の米軍再編が日米両政府により合意されたことから、厚木の米空母艦載機の岩国への移駐が浮上し、これを受諾しない限り、再編交付金を交付しないことになりました。 ご存知のように、2006年3月12日、岩国では、空母艦載機の受け入れの民意を問う住民投票が行われました。そこでこれ以上の艦載機受け入れはごめんだ、という結果が出たことを多くの方が記憶していらっしゃるでしょう。 そのため、新庁舎建設のために予算計上されていたSACО受け入れと引き換えの国からの補助金が、昨年の米軍再編により再編交付金に変質し、厚木からの艦載機59機を受け入れない限り、支給されません。 従来、基地を受け入れてきた地域は、自治体の財政も基地の存在に影響を受けてきました。しかし、市民は「艦載機受け入れ拒否」を掲げた井原市長を選びました。ですからもちろん、その影響、つまり再編交付金の不交付という事態も「想定内」のことだったかもしれません。だとしてもやはりお金と引き換えに「基地の受け入れ」を迫るやり方は、私はフェアと思えないのです。 そもそも、米軍再編の目的を思い起こしてみれば、それは「日本の安全を守る」という日本人向けのアピールの裏側に、日本の米軍基地機能を強化し、米軍と自衛隊の一体化を進めることで、金も、土地も、人も、日本に差し出させ、同時に、アメリカにとってはリスク分散の意味もあります。 3日目にオプションで、広島・呉市で活動している「ピースリンク広島・呉・岩国」の平和船団の行動に参加しました。 呉港からは自衛隊の補給艦「とわだ」が、6回アラビア海に派遣されています。呉港には、護衛艦、輸送艦、掃海母艦など多くの艦艇が停泊し、抗議をする私たちの乗る海上のゴムボートは小さく、本当に「力の差」を感じました。艦艇が動けば波に揺れる木の葉のようです。 けれども、日本の自衛隊に被害者にも、加害者にもなって欲しくないという願いは変わりません。 各地域で米軍再編に抗して活動する方々と出会え、フィールドワークで現場を見られたことはとても刺激になりました。 夏に行った辺野古に続き、あちこちの基地を抱える自治体に実際に行き、多くの人と出会うとがんばろうというパワーが湧いてきます。今後もあちこちの自治体に伺いたいと思っています。 ![]() 建設中の岩国市庁舎 ![]() 耐震強度に不安、市庁舎の壁は既に崩れ落ち始めている ![]() ピースリンク広島・呉・岩国の平和船団 |
沖縄教科書検定問題の要請を受ける
2007 / 10 / 16 ( Tue ) 1.沖縄の人たちが、沖縄の集団自決の問題で、社民党本部に来てくださる。要請を受ける。
教科書検定の問題だけではなく、事実の問題だという意見も聞かせていただく。軍の強制・命令による集団自決の問題は、沖縄戦の実相の一部であるという意見は本当にその通りだと思う。 2.全自交の大会に出る。 3.参議院の予算委員会で、社民党は、近藤正道さんが質問。原子力発電所については、社民党しか質問をしないので、がんばれと声援をおくる。 明日は、社民党は、沖縄出身の山内徳信さんが質問に立つ。 4.森林の現状と林野改革についての勉強会。 5.「それでもボクはやっていない」の映画を見る。 無罪を立証をすることがいかに困難か。 これから、裁判員制度が導入されたら、もっとひどくなるのではないかと危惧する。みんなじっくり被告人の無罪の主張に付き合うだろうか。 また、捜査の可視化や代用監獄の問題、証拠開示の問題などきっちりやらなければ。 |
千鳥が淵戦争犠牲者追悼式へ出席
2007 / 08 / 15 ( Wed ) |
沖縄へ
2007 / 07 / 25 ( Wed ) 今日は、沖縄へ。
沖縄で記者会見を行った。 歴史教科書の検定で、沖縄での集団自決について、軍の関与について断定的記述をしないよう検定意見がつけられたこと、原発問題についてなど、訴えた。 どちらも、国にとって都合の悪い事実を隠蔽しようとしている点で共通だ。 社民党は、歴史教科書の問題に取り組んできた。 戦争を繰り返さないためには、どのような事実が起こったのか、なぜ起こったのか、一人一人が考えていくことが大切だ。 特に、未来を生きる子とも達には、どんなに醜い事実であっても、き ちんと伝え、考え、決して繰り返すことなく、平和な社会をつくっていってほしい。 「新しい歴史教科書をつくる会」の八木元会長が別の団体をつくることが報じられている。 社民党は、真実を子ども達に伝えるべく、これからもしっかりと取り 組んでいく。 また、原発も問題だ。今日、東京で、保坂展人議員も原発について記者会見した。 これまで、社民党は、柏崎刈羽原発に、二回調査に入った。しかし、二回とも格納容器内の機器については、「黙視点検の限り、異常はない」と回答してきた。 ところが、24日に、炉心点検に不可欠な天井クレーンが動かせないことが明らかになった。社民党の調査団に、東京電力は虚偽を言ってきたことになる。 情報開示についても問題がある。 地震による割れやステンレスの枠がゆがんでいたり、地震の威力が伝わってくる。 これだけの地震の強さなら、原子炉格納容器内にも、機器の損傷があるのではないかと考え、内部を確認したいと申し出たが、東京電力から拒否された。 「安全だ、安全だ」と言うのではなく、きちんと第三者に、中を見せて、本当に問題がないということをきちんと示すべきだ。 住民の命にかかわる問題だ。 事実を素早く、市民に伝えることが重要だが、東京電力も、政府も、この重要なことができていない。 また、政府は、全国の原発を止め、点検をすべきだ。そして、その結果を市民にすばやく公開すべきだ。政府は、国連のIAEAの調査を受け入れると発表した。しかし、「いつ」受け入れるのかは明らかではない。何週間も経ってからでは遅すぎる。 早く、IAEAなどの第三者が原発に入って、点検を行うことが必要だ。 今日も、保坂議員が、東京電力や保安院と交渉してくれている。 唯一の脱原発政党として、社民党は、これからも事実を明らかにしていきます。 |
年金問題の本質・辺野古沖への自衛隊出動
2007 / 05 / 31 ( Thu ) 今日与党が年金についての5000万件の問題について、時効の援用を社会保険庁側がしないという法案を出す。
それで、大議論になって、与党側は夕方、強行採決。 こんなひどいやり方に抗議をする。 そもそも時効の援用をしないことなんか当たり前ではないか。 時効の援用は、権利濫用で許されるわけない。 また時効の援用は、信義則違反ともされるだろう。 裁判になって、時効の援用など許されるわけはない。 また、年金の保険料を納めているという立証を国民ができる訳がない。 すべての資料を持っている人など稀である。 総理は党首討論で、認定のための第三者機関を作ると言った。 しかし、立証責任はどっちが持つのか。 何の落ち度もない国民が、なぜわざわざ言いに言って、立証をしなければならないのか。 本当におかしい。 国民一人ひとりにとってとてつもない負担である。 党首討論で、安倍総理の政府の責任を自覚しない発言にわたしは激怒。 社民党も党首討論ができるように、参議院選挙では、7名の当選が悲願である。 わたしも元気良く党首討論がやりたいのである。 今日久間防衛大臣に社民党として、沖縄・辺野古への自衛隊の出動について抗議の申し入れをする。 久間大臣は、法律の根拠はないが、法律の根拠なくできると発言。 大問題である。 雪まつりや遺骨の収集と同じであるという発言だつたが、それは違うだろう。 実力行使ではないという久間大臣発言も問題。 これでは自衛隊は本当に何でも法律の根拠なくできることになる。 |
宜野湾市伊波市長と。
2007 / 05 / 22 ( Tue ) パート法についての審議。
宜野湾市の伊波洋一市長が、2期目の選挙の当選のお礼に社民党に挨拶に来られる。 民主党・共産党・社会大衆党と社民党で応援。 本当によかった。 その後月刊社民党の対談で話をする。 伊波市長は、宜野湾市の普天間基地の撤去を求めて果敢にたたかっている。 一期目に基地問題の交渉で訪米する際、議会が訪米費を削減。 市民のカンパで訪米し、普天間基地の撤去を議会で報告書に出させるなど、活躍をしている。 「議会との対応、国やアメリカとの交渉など、ストレスを感じないか」と私が質問すると、伊波市長は「基地の問題に取り組みたいと思い、まさにそのことを実現できるポジションにいるのだから、やりがいを感じている」旨のこたえ。 なるほど。 傍から見ると「大変だろうなぁ」と思うけれど、本人はタフでむしろ喜んで仕事をしている。 私も憲法改正が議論になる時代に、社民党の党首でいることを幸せでラッキーだと思い、喜んでがんばろうと思う。 |
辺野古について
2007 / 05 / 18 ( Fri ) 辺野古の沖に自衛隊が出動することは、自衛隊法と憲法に明確に反している。
総理が、集団的自衛権を行使するために、有識者懇談会を開催し、初日から集団的自衛権を認める認める結論が出るという報道が出て、わたしは、激怒している。 このことについて、きっこのブログを書いているきっこさんからメールがくる。本人からだ。 これに返答をする。 自衛隊を出動させたのは、いろんなことに、これから自衛隊を出動させる土慣らしである。将来デモなどに自衛隊が出動することもあり得るのではないか |
モンゴル大統領との会談ー北東アジアにおける非核化をめざしてー
2007 / 02 / 27 ( Tue ) 2月27日(火)
モンゴルのエンフバヤル大統領が来日し、国会の本会議場で、演説を行った。 そして、社民党として、エンフバヤル大統領と会談をする機会を持つことができた。 モンゴルの政権党は、社会主義インターナショナルに加盟をしている。もちろんモンゴルは、今社会主義ではないけれも、今社会主義インターは、社会民主主義の政党が加盟をしているので、わたしたち社民党もモンゴル政権党も加盟をしている。 2005年に、モンゴルで、この社会主義インターのアジア・太平洋委員会が開かれた。 そこで、わたしもモンゴルに行き、エンフバヤル大統領を含めたみなさんと親しく話をした。 今日、大統領は、本会議で、「モンゴル国は自国の領土を非核地帯とすることを宣言しており、これを国連安全保障理事会が承認しています。核兵器を保有しない国としてのモンゴル国の経験がここでなにかしら貢献できるかもしれません。」と述べてくれたのである。 社民党は、長年、北東アジアにおいて、非核構想、そして、安全保障構想を作ることを提言をしてきて、そのために、モンゴルを訪れており、その意味で、大統領との懇談も有意義だった。 |
イラクへの増派ー憲法9条を変えることの意味ー
2007 / 01 / 15 ( Mon ) 1月15日(月)
アメリカがイラクへの米軍増派を決定しました。1月10日ブッシュ大統領は安部首相に電話し、イラクへの増派を説明し、安部総理は「今後も協力する」と答えたと報道をされています。 また、安部総理はNATOで「いまや日本人は国際的な平和と安定のためであれば、自衛隊が海外での活動を行うことをためらいません。」と演説をしました。 いまや日本人は自衛隊が海外で活動することをためらわないのでしょうか。 また、米軍の増派は正しい選択でしょうか。そして、それをただちに支持する総理の判断は正しいでしようか。 わたしは、明確に間違っていると考えます。 イラク戦争で亡くなったイラク人は6万人、米兵は3000人と言われています。否、イラク人で亡くなったのは、60万人だと言う意見もあります。 そもそも大量破壊兵器がなかったのですから、武力行使をすることは間違っていたのです。 テロとの戦いと言って、武力行使を始めてしまえば、一体どうやって停戦合意を組むのでしょうか。 国と国との関係であれば、停戦合意ができます。 わたしは、子どものときに、ベトナム戦争の和平交渉がフランスで行われていることが、テレビで良く報道をされ、和平交渉、停戦合意というのは、恐ろしいくらい時間がかかるのだと思っていました。 しかし、恐ろしく時間がかかっても停戦合意、和平合意はできます。 これに反して、テロとの戦いはどうやって、誰と停戦合意を結ぶのでしょうか。誰が代表権をもっていると言えるのでしようか。 そして、戦争をすることを決定をするのは、政治家ですが、誤った判断にひどい目にあうのは、「硫黄島からの手紙」ではないけれど、部下や人々です。 米軍の増派はますます泥沼化を生むでしょう。 アメリカでもイギリスでもブッシュ大統領とブレア首相に対する批判はどんどん強まっています。 イラク戦争の問題が、国会のそして政治の大きな問題となっています。 なぜ安部総理は、間髪を入れずに米軍の増派に直ちに支持を与えることができるのでしょうか。 ところで、日本の航空自衛隊は、今イラクで米軍の輸送などを行っています。 しかし、何をどれくらい輸送しているのか情報公開をしていません。情報公開は、ほとんど真っ黒にすみ塗りされて発表されているだけです。 あまりの真っ黒さに驚きました。 また、現在の航空自衛隊の活動だけではなく、かつて陸上自衛隊が行った安全確保活動についても全く明らかにされていません。これも情報公開に対して、すみ塗りで真っ黒です。 全く情報公開されていなくて、国民はチェックの仕様もありません。過去のものについてもなされないのですから。水くみなどについては、「こんな活動をしました。」とPRしているにも関わらず、前述したように、過去に行われた陸上自衛隊の安全確保活動については全く明らかにされていません。 シビリアンコントロールなどまったく存在をしていません。軍事とはそういうものだという意見があるかもしれません。しかし、国民に全く明らかにされないことは異常です。 安部総理の「いまや日本人は国際的な平和と安定のためであれば、自衛隊が海外での活動を行うことをためらいません。」という言葉は、自民党新憲法草案の自衛隊が海外で米軍とともに戦闘行為をすることを違憲としないという考え方に直結しています。 日本国憲法を変えるということは、自衛隊を単に位置付けるということではなく、自衛隊が海外で米軍とともに戦闘行為をすることを合憲とし、可能にするためです。 日本国憲法9条を変えるべきではないという人は、半分くらいいると言われています。 自民党新憲法草案の意味、そして、憲法を変えるということがどういうことかということがわかれば、憲法9条を変えるべきではないという人たちはもっともっと増えるのではないでしょうか。 |
硫黄島からの手紙 ー硫黄島から生還したパン屋さんは日本国憲法を歓迎しただろうー
2007 / 01 / 07 ( Sun ) 1月7日(日)
新聞の広告に載っていた映画「硫黄島からの手紙」についての糸井重里さんのコピーは、「わたしは、ただのパン屋です。」というものです。 この映画は、硫黄島で総指揮をとった栗林中将をはじめ、幕僚、そして、様々な兵士の立場から描かれています。パン屋というのは、二宮和也演ずる兵士西郷であり、もともと大宮でパン屋をやっていて、妊娠中の妻花子を残して出征をし、妻にたびたび手紙を書き、生きて帰りたいと思っている男です。 渡辺謙演ずる栗林中将というのは、実在の人物で、アメリカやカナダに駐在し、だからこそアメリカとの開戦に反対をした人物なのです。 兵士たちが、海岸で穴を掘っている場面があります。栗林中将は、これでは米軍の戦車がくれば、一日で負けてしまうと考え、島のいたるところに洞窟を掘り、持久戦に持ちこみ、少しでも本土決戦を遅らせようと考えます。 精神論ばかりで、反対をする幹部たち。「アメリカべったりだ。」と陰口をたたきます 栗林中将は、あっという間に玉砕をするのではなく、徹底抗戦し、かつ一日でも長く兵士が生きられるように考えます。 他の兵士は、撤退して本隊に合流せよという中将の命令を無視した上官の指示で自決したのに、パン屋さんたちは、すり鉢山から撤退し、本隊に合流したところ、上司である伊藤中尉(中村獅童)からは、「生きてすり鉢山を離れるなという指示だったはずだ。」として、日本刀で首を切られようとしていました。中将は、伊藤中尉を、「兵士の命を粗末に扱うな。」と叱りつけ、そして、「撤退を命じたのはわたしだ。」と言い、処刑を免れさせます。 戦場の場面での理不尽さ、おろかな判断、戦略としても合理性がなく、兵士の命を無駄にしかねないことが描かれます。 5日間で、陥落できると米軍は考えていましたが、日本軍は、張り巡らした地下壕を活用し、徹底抗戦し、36日間かかって陥落します。 硫黄のにおいがし、暑く、飲み水や食料が枯渇し、赤痢などの病気も広がっているなかで、死闘が続きます。 日本軍の兵力2万933人、米軍6万1000人、日本軍の戦死者は1万9900人で、米軍は6821人です。 日本軍は、ほとんどの人が戦死をしました。 感動的な場面があります。 負傷し横たわった米兵とバロン西(ロサンジェルス5輪で馬術で金メダリストをとった実在の人物)が英語で「どこから来たのか?」と話す場面。 その兵士が亡くなった後、その兵士の母親からの手紙を読み上げる場面です。「生きて帰ってきて。」という母親の手紙です。 「鬼畜米英」と言っていたけれど、そうではないのだということが、日本軍の若い兵士たちにもわかります。 監督・製作をしたクリント・イーストウッドは、この硫黄島で亡くなった日本とアメリカの両方の人たちすべてを追悼しようとして、この映画を作ったのではないでしょうか。自決をした人を含めてすべての人を追悼しようとたのではないでしょうか。 アメリカ側からの映画「父親たちの星条旗」もできるだけ早く見たいと思っています。 記憶に強く残っている場面があります。 パン屋さんに、召集令状を届けにくる人がいます。「おめでとうございます。」と言ってもってくるのです。 生きて帰ってこれない可能性が高いのに。 「愛国婦人会」のたすきをかけた女性たちは、悲しむ若い妻に対して、「こんなご時勢なのだから」とガンと言います。 また、憲兵が、街を歩いていて、「ここは非国民のうちだ。」と言います。何だろうと思ったら、「日章旗が掲げてない。」として掲げさせます。 戦争はつくづく嫌な愚かな残酷なものだと思います。 戦争に反対な人も死にたくない人もいろんな人をすべて巻き込んでものすごい勢いで連れていってしまいます。愚かな選択、愚かな作戦、理不尽な仕打ちに太刀打ちができなくなっていっています。 こんな愚かなことの巻き添えは断じてごめんだと強く思いました。でも戦争はすべての人を巻き添えにするのです。 国民の命など全く大事にされていません。 硫黄島には、本土から援軍は来ません。 パン屋は、栗林中将に3回助けられます。 パン屋は、米軍の捕虜になりますが、その後、恐らく生きて日本に帰り、日本国憲法の制定を歓迎したのではないでしょうか。 彼は、妻と娘のところに生きて帰りたいと念じていました。 生きて帰れなかった人たちも家族のことを死ぬまで思っていたでしょう。栗林中将も含めて家族のことはみんな心配だったはずです。そして、残された遺族は厳しい生活をしたはずです。 これから平和のことを考えるときに、この硫黄島のことに思いをめぐらせようと思いました。 ところで、安倍総理もこの映画を見ています。 国民をこのような境遇に追いやることが、総理の考える「美しい国」の結果ではないかと思います。 どんな気持ちでこの映画を見たのかぜひ論争をしたいものです。 |









