どちらが現実的か ー武力行使に組みしないことはきれいごとかー
2007 / 01 / 03 ( Wed )
1月3日(水)
 討論をしていて、平和主義=理想主義、きれいごと、武力行使=現実的といったとらえかたに出会うことがあります。
 しかし、そうでしょうか。
 
 イラクに対してアメリカが武力行使をするかどうかということが問題になっていたときに、国会の議員会館の会議室で、元大量破壊兵器査察官であったスコット・リッターさんの話を聞いたことがあります。彼の話ははっきりしていました。「イラクに大量破壊兵器がある可能性はほとんどない。継続して査察をし続けることで十分だと思う。」という中身でした。
 彼は、こう言いました。「わたしは共和党員で、湾岸戦争に従軍をした。わたしは、愛国者である。アメリカが誤った根拠に基づいて戦争を始めるべきではない。そして、日本がもしアメリカの真の友人だとしたら、アメリカが間違えるときは、はっきり助言をして、糾すべきである。」というものです。
 屈強な黒人のボディーガードが周囲に眼を光らせるという緊張したなかでの勉強会でした。
 わたしは、時々彼の話を思い出します。
 彼の真実を伝えなければならない、なぜならわたしは、愛国者であるからだという主張は、ストレートに伝わってきました。
 彼は、戦争反対論者ではありません。しかし、身を賭して真実を伝えようとした話すら日本政府には全く伝わっていませんでした。
 日本政府は、はじめから、アメリカの言うことに全く無批判に追従するという姿勢でした。何かきちんと検証をしたのでしようか。
 女性の国会議員で、アメリカの武力行使に日本は賛成するべきではないと署名を集め、官邸に行きました。自民党の女性議員の署名もありました。そのときの官房長官の説明は、「北朝鮮の脅威もあり、日本は日米同盟により、賛成するしかないのだ。」というものでした。
 わたしは、この説明を聞いて本当に驚きました。
 結局、日本はアメリカの行う戦争に全くの白紙委任ではないですか。
 日本の意思も検討もありません。
 アメリカが間違ったらどうするのでしょうか。
 その後、大量破壊兵器がなかったことが、明らかになり、このことについては、英米両政府は国民に間違いを認めました。
 しかし、日本政府は、国会の場などでも、「当時の判断としては仕方なかった。フセインが立証しなかったことが悪かったのだ。」という主張を繰り返しています。
 判断の誤りを認めていないのです。

 今イラクは、混迷の度を深めています。テロはますます拡大をしています。停戦合意など、テロリスト相手ではできません。アメリカは、ぐちゃぐちゃにして、放り出すのではないか、いや、むしろ増員をするといった様々な予測が流れています。
 はっきりしていることは悪くなったということです。
 
 わたしは、イラクへの武力行使に反対をしました。
 わたしたちは、と言いたくもなります。多くの人たちと反対をしました。武力行使が憎悪と報復の連鎖を繰り広げていくからこそ反対だったのです。
 結果はその通りになりました。
 
 戦争反対が理想で、きれいごとで、武力行使が現実的なことではありません。
 武力行使が無茶苦茶で無責任であり、武力行使の道をとらないことこそ現実的だったのです。
 殺されたイラクや多国籍軍の人たちはいったいどうなるのか。
 武力行使のつけはあまりに大きいです。
 


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