雪の降りしきる夕張ー絶望の象徴ではなく希望の象徴へー
2007 / 01 / 23 ( Tue ) 1月23日(火)
1月22日、23日の2日間、雪の降りしきる北海道の夕張市に行ってきました。 観光の現場、病院、老人クラブ、バス会社、小学校、学童クラブ、市役所、市長との意見交換会、地域の人に集まってもらって意見を聞く会などに行ったり、出席をしました。 また、北海道庁で副知事への要請を行いました。 今まで出てきている再建案はひどいものです。 公衆トイレは、ひとつに付き年間110万円かかるので廃止、老人パスの見直し、学校の統廃合と市立病院の民営化、高齢者の集会場の廃止、市長の年収は、300万円台で、市の幹部はリストラ、そして若い市の職員も多く退職していっています。 7つある小学校を1つにするという統廃合案は、今2つにする、否何とか3つにできないかという議論になっていました。学校が遠くなるとスクールバスで通学しなければならず、時間もお金もかかります。 学童クラブは、2つの小学校のなかにに1つずつありました。 学童クラブを訪ねると多くの子どもたちが活発に遊んでいました。わたしの子どもも小学校1年生から3年生まで学童クラブにお世話になったので、切実だし、必要性が良くわかります。 学校が統廃合されるとこの学童クラブがどうなるのか指導員の方は心配をしていました。母子家庭の子どももいるし、学童クラブが遠くなるかなくなると子どもは家のなかで一人でいなければなりません。共働きの家庭にとっても大変です。 高齢者の集会場では高齢者のみなさんが新年会をしていました。みんなにアンケートをとつた結果が張り出されていました。利用料をいくらにするかというアンケートです。500円以上に賛成をしている人はほとんどいません。職員の人と話すと、集会場が無くなったら、ひきこもりの高齢者が増えるのではないかと心配をしていました。 市立総合病院はもっともっと切実です。累積赤字があるために民営委託を考えているけれどもまだめどが経っていません。今でも常勤の医師は2人しかいません。医師の確保も大変です。看護師さんたちはどんどんやめていっています。 規模を小さくして、民営委託で、診療所として再スタートできないかとある医師は語っていました。 透析の患者さんはこれから何十分もかかるところに通院をせざるを得なくなりそうです。時間も通院のための交通費もかかります。雪の降るなかを一週間に何回も時間をかけて通うことの苦労を思うと胸が詰まってきます。 わたしが、夕張で見たものは、地域の切り捨てであり、人の生活の切り捨てであり、人の命の切り捨てです。 東京と地方の格差、そして、地方においても県庁所在地とそれ以外の地域との格差があります。 北海道で、かつて北海道拓殖銀行を切り捨てたように、夕張を切り捨てようとしているのではないでしょうか。 わたしは、国は、地方の小さな自治体はつぶれてもかまわないと思っているのではないでしょうか。 行って思ったことは、確かに市の放漫経営と言う問題があります。しかし、かつて夕張は22あった炭鉱の閉山処理として、住宅、病院、水道、道路などの社会基盤投資に588億円(うち起債332億円)を要しました。 また、国は夕張市に対し異常に多額の起債を許可し、異常に多額の特別交付税を交付しており、夕張市の財政破綻は国にも責任があるのではないでしょうか。 市長を選んだ市民の責任、「自己責任」ということが言われることがあります。しかし、情報を持っている国や北海道庁は赤字隠しを知り得る立場にあるのに対し、市民は情報を持っておらず、なかなか知り得る立場にはありません。 問題が起きたときに、市民にのみしわ寄せをして切り捨てをする態度はおかしいと思います。 また、国は少なくともナショナルミニマムを保障する責務はあります。 国や北海道庁の言いなりの「全国の最低」を夕張に集中させるやり方では人々が暮らしていけない夕張になってしまいます。借金が増えればこうなるのだという全国の自治体への「見せしめ」にすら感じられます。借金をどう返済するかという再建案のみで語られ、市民の暮らしへの配慮がなされていません。これだけ切り詰めろ、切り詰められるだろでは、人々は暮らしていけません。 30年、50年経って、市の借金は返済できたが、住んでいる人がいなくなったでは市の再生にはなりません。暮らしていけない夕張を作れば、そして、公共サービスが削りに削られれば、人口は減少し、再建そのものも実はなされないでしょう。 成人式で、「この地域でがんばりたい」という若い人たちの声に答えることにはなりません。 住民の暮らしを土台とした再建計画になるよう「財政再建特区」はとれないだろうか。 寄付条例を作って全国から寄付を集めることはできないだろうか。 吉永小百合さんが、「やれることがあったら教えて下さい。」と北海道庁へ申し入れをしたということを新聞で読んだ。夕張は、夕張映画祭でも夕張メロンでも有名です。 応援したいという人は多いのではないだろうか。 また何らかの形での国や道の支援は必要です。 夕張が、「絶望の象徴」「悲惨の象徴」ではなく、「希望の象徴」になれるように、わたしも多くの人と知恵を絞っていきます。実は、夕張は夕張だけの問題ではなく、疲弊しているすべての地域の問題であり、「地域再生」の必要性と可能性の象徴的な存在でもあると考えています。わたしは、自分の故郷である九州、そして、宮崎県のこともいつも心配です。 |
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