キャノンの宇都宮工場の偽装請負の視察を行なってー正社員化の道をー
2007 / 02 / 28 ( Wed ) 2月28日(水)
キャノンの宇都宮工場、正確には、キャノン宇都宮光学機器事業所に行き、また、栃木の労働局にも話を聞きました。 大企業のなかで、製造業が請負としてなされている実態のおかしさをつくづく思った。 雇用と請負は当たり前だが違う。 請負の場合は、法律上は、現場で指示命令を受けることはできない。しかし、実際は、正社員と混じって仕事をし、話をし、指示命令を受けている。これは請負ではできないことである。 偽装請負である。 ここ宇都宮では、請負で働かせながら、偽装請負で問題だということもあり、派遣にし、その後、すぐまた、請負にしている。同じ人がコロコロ変わっている。 派遣だとすると、会社は直接雇用義務を負っていく。そのことをやりたくないという会社も実に多い。 経団連の御手洗会長は、「派遣は法律と現実がずれている。」「派遣の直接雇用義務はなくすべきである。」という旨の発言をしている。その発言を、ここ宇都宮の工場の現場で考えると非常に重い言葉、意識して発言した言葉、意図された言葉であることを痛感する。 キャノンの現場から発せられている言葉ではないか。抽象的な思いつきの言葉ではない。 しかし、当たり前だが、労働者派遣法を御手洗会長が言うように、改悪したらとんでもないことになる。 経団連は、何を考えているのだろうか。 むしろ請負、もっと言うと偽装請負をさせられている人たちを正社員化することが必要である。 若者の雇用をこれ以上劣化してはいけない。 社民党は、労働者派遣事業法を改正していくことを提案していく。なかみについておおいに議論をしていきたい。 意見をお寄せ下さい。 キヤノン視察 ![]() ![]() |
モンゴル大統領との会談ー北東アジアにおける非核化をめざしてー
2007 / 02 / 27 ( Tue ) 2月27日(火)
モンゴルのエンフバヤル大統領が来日し、国会の本会議場で、演説を行った。 そして、社民党として、エンフバヤル大統領と会談をする機会を持つことができた。 モンゴルの政権党は、社会主義インターナショナルに加盟をしている。もちろんモンゴルは、今社会主義ではないけれも、今社会主義インターは、社会民主主義の政党が加盟をしているので、わたしたち社民党もモンゴル政権党も加盟をしている。 2005年に、モンゴルで、この社会主義インターのアジア・太平洋委員会が開かれた。 そこで、わたしもモンゴルに行き、エンフバヤル大統領を含めたみなさんと親しく話をした。 今日、大統領は、本会議で、「モンゴル国は自国の領土を非核地帯とすることを宣言しており、これを国連安全保障理事会が承認しています。核兵器を保有しない国としてのモンゴル国の経験がここでなにかしら貢献できるかもしれません。」と述べてくれたのである。 社民党は、長年、北東アジアにおいて、非核構想、そして、安全保障構想を作ることを提言をしてきて、そのために、モンゴルを訪れており、その意味で、大統領との懇談も有意義だった。 |
「善き人のためのソナタ」ー人は変わり得るー
2007 / 02 / 26 ( Mon ) 2月26日(月)
フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督 アカデミー賞外国語映画賞をとる。 1984年、ベルリンの壁が崩壊する前の東ドイツの話。 場面は、取り調べから始まる。 友人を西ドイツに逃したという罪名で捕まった市民が48時間一睡もさせられず、取り調べを受ける。 泣きだす取り調べを受ける人間。 取り調べの極意を教室で伝達するウ”ィスラー。彼は、人々が恐れる国家保安省(シュタージ)の局員である。 睡眠をとらせないことがポイントなのだと冷徹に言う 彼は、党に忠誠を誓い、出世主義の友人とは、全く違っている。 彼は、劇作家のドライマンと恋人である舞台女優のクリスタが反体制的であるかどうか監視せよと命じられる ドライマンは、体制内の作家と言われているが、彼の家への徹底的な監視体制がかけられる。 家のなかに多くの盗聴器をしかけ、しかも屋根裏部屋に盗聴部屋を作り、交替で陣どって、電話も部屋のなかの会話もヘッドフォンをつけて、しっかり盗聴をしていく。すべての音を聞き、逐次報告書を作っていく。ウ”ィースラーは、部下と交替で、音を聞き、監視していく。 聞こえてくるのは、ドライマンの友人で、国家から活動することを禁じられている演出家イェルスカに対する心配や自由や愛について、人への思いと社会に対する思いの会話である。 ドライマンとクリスタは、心を通わせて生きている。 友人たちとの会話、自由を求める心、根底にある愛と信頼関係、そんな会話を聞きながら、ウ”ィ―スラーの心は、変化していく。 イェルスカが自殺をする。ドライマンは、彼から贈られていた「善き人のためのソナタ」の楽譜をプレゼントされていた。心を込めて、「善き人 ためのソナタ」をピアノをひくドライマン。 「この曲を聞いたものは、悪い人になりえない。」と言う言葉をクリスタとかわしながら。 音楽に心を揺さぶられるウ”ィ―スーラ―。 ドライマンは、イェルスカの自殺に心を動かされ、東ドイツで、自殺者が多いという発表されていないデータや事実を西ドイツの雑誌に匿名で発表をしようとする。 このことがばれたら、銃殺刑ものである。 慎重にことを運ぶドライマンたち。 まさか盗聴されているとは思わないので、ドライマンのアパートでみんな話す。 ウ”ィ―スラーは、みんな知り尽くしている。 彼は、どうするか。 違法な薬を飲まないと自分に自信が持てない女優のクリスタ。彼女の弱い部分も含めて愛しているドライマン。 かつてクリスタは、ドライマンに対して、「あなたは、体制と寝ている。」と批判をしたことがある。 シャープな表現者として、また生き生きとしているクリスタ。それに対して、ドライマンは、ゆっくりとしかし着実に、社会と自由と自分のことを考え、ゆっくりとしかも着実に行動を起こす。 クリスタとドライマンの間の愛情と信頼と不信と国家権力によって脅されて変わっていくクリスタ。 人の不思議さや気持ち、不安や恐れ、絶望と希望を精緻に豊かに描いている。 わたしは、この映画を見るのが、途中とても辛かった。国会のまわりは、特に監視カメラがずらりと並び、盗聴法も成立し、社会全体も監視社会が作られつつある。 そんななかで、生きているので、監視社会の問題や権力と自由という問題はとてつもなく切実だ。 法律相談などをしていると、「わたしは盗聴されている。」という相談を受けることがあった。被害妄想であることもあると思うけれど、人々がそういう不安感を持ってしまう社会でもあるということだ。みんなが不安に思う社会であることは間違いない。そして、運動家や活動家、政治家、ジャーナリスト、芸術家、文化人は、特に、ターゲットになっているかもしれない。この映画のように。 人と人が触れあうことで、人は変わるのだ。そのことを信じてやっていきたい。 うーん。いろんなところで、「善き人のためのソナタ」を流そうかななんて思いました。 |
民法772条のホットラインを行なってー法律で困っているー
2007 / 02 / 25 ( Sun ) 2月25日(日)
榊原富士子さんの法律事務所で、父親の推定規定離婚後300日を巡るホットラインをやりました。7人の女性弁護士と事務局で、2本の電話を使って、電話相談。2時から5時までの3時間というなかで、18本の電話がかかってきました。 わたしは、3人の方の電話相談を受けました。 報告のレポートが出ますが、感想を述べます。 民法772条は、離婚後300日以内に産まれた子どもは、前夫の子どもと推定するとしています。 離婚後300日に目に子どもが産まれて、その子どもは離婚した夫の子どもなので、この規定によってぎりぎり助かったケースがあるという話を知りあいの弁護士に聞いたことがあります。 ところが、わたしもケースを担当したことがあるし、いろんな人に困っているという話を聞いてきました。 離婚をする前に、喧嘩をしたり、多くの場合は、別居をしていることが多いと思います。離婚は、すぐには、成立しないので、きのうまで、とっても仲良くしていたのに、今日離婚ということは、ほとんど考えられません。どうしても離婚が成立をするのは、遅れます。 女性が、妊娠して、子どもを持った場合、後の夫の子どもであることがほとんどです。しかし、離婚後300日以内に子どもが産まれたら、後の夫と結婚した後に子どもが、産まれても、出生後に出生届けをだせば、自動的に前の夫の子どもとして、前の夫の戸籍の構成員となります。 考えてみれば、前の夫にとっても迷惑な話です。絶対に自分の子どもでない子が、自分の戸籍の構成員となり、親子関係不存在確認の審判などで、自分の子どもではないことが、確定をしても、自分の戸籍の構成員にバッテンがついて、記録としては、残ります。 離婚した後、元の妻から、家庭裁判所に呼ばれて、場合によっては、DNA鑑定に協力しなければなりません。 元の夫、女性、現在の夫の3人ともが、産まれる子どもは、現在の夫の子どもであるということが、客観的にわかっていても、親子関係不存在の訴えをしなければなりません。多大の苦痛であり、子どもも含めて大変です。 女性にとつても、連絡したくない、あるいは、連絡のとれなくなっている前の夫の協力を得なければなりません。これは、大変です。DVで、離婚して、「連絡したくない。何を言われるか、されるかわからない。」と泣きだした女性もいました。 妊娠、出産という大変なときに、大変です。 また、出生届けをださずに、まず、親子関係不存在確認の調停を起こして、結論をもらってから,出生届を出せば、前の夫の戸籍に、いったん子どもとして、登録されるということは、ありません。しかし、家庭裁判所で,結論が出るまで、戸籍や住民票が作れないという問題があります。 今度の相談でも、この772条があるために、どうしていいかわからず、前の夫の子どもになるのは嫌で、ずっと子どもに戸籍がないというのがありました。 戸籍の無い子どもが、法律があまりに変で、面倒なので、生じてしまうというのは、おかしな話です。 今度の相談で、民法772条の存在を今回のニュースで知ったという人が大半でした。 みんなは、女性だけにある6ヶ月の再婚禁止期間を過ぎて、結婚届を出せば、当然後の夫の子どもになると勘違いをしていました。 再婚禁止期間後、結婚して、その人の子どもが産まれれば、確かにそう思うでしょう。そして、何も知らないまま出生届を役所に出しに行って、前の夫の子どもになると聞いて、驚いて大変になるわけです。 今回の相談は、妊娠中の人が多くで、みんな困惑していました。前の夫が、外国人で、日本にいなくなるという相談もありました。 離婚した後、今度結婚する人と知りあって、妊娠中で、再婚禁止期間後に結婚をするけれどもという人が、比較的多かったです。 この規定があるために、前の夫、女性、今の夫、子ども、役所も大変な思いをします。 772条の1項と2項はそのままにして、3項で、簡単にくつがえす手段を設ければ、一挙に問題は解決します。大幅な、大改正をしなくても、今の法律少しだけ付加すれば、解決をします。 みんな困っていて、なんとか法律改正して欲しいと言っていました。 法律は、さかのぼれないので、できるだけ法律を早く改正をして、簡易に救済できるようにしたいと考えています。 ご意見や困った、困っていると言う声をどうかお寄せ下さい。 これこそ立法の不作為、怠慢です。 |
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2月24日(土)
社民党の東京都連合の定期大会。 これからの統一自治体選挙と東京都から夏の参議院選挙に立候補予定の女性弁護士杉浦ひとみさん必勝に向けてがんばろうと挨拶をする。 |
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2月23日(金)
今日は、夜、朝まで生テレビに出る。テーマは、少子化、柳沢厚生労働大臣の発言について、男女不平等や格差について。 初めて、女性ばかり12人。怒鳴る男性がいないと発言ははるかにしやすい。対立をしてもどこか共通項があったり。いつもはさえぎられたりするから。これからは、男女混合でも負けないように?がんばろうっと。 |
本をたくさん読んでいます
2007 / 02 / 22 ( Thu ) 2月22日(木)
最近、読んだ本は、なぜか偶然女性が書いたものが多い。 「物語のはじまりー短歌でつづる日常」(松村由利子著、中央公論新社刊) 知りあいの記者で、今は記者をやめて、ライターと歌人として生きている松村由利子さんの新しい本。 毎日新聞時代に知りあったので、友達の心境やいかにという感じもある。 彼女の「鳥女」の歌集もあらためてまた読む。 「物語のはじまり」には、テーマごとにいろんな短歌が紹介されていて、味わって読む。 岡本かの子の「年々にわが悲しみは深くしていよよ華やぐいのちなりけり」なんていいなあ。 柳沢厚生労働大臣の「産む機械発言」の後なので、「死んだ子を産まねばならぬ私は陣痛促進のため廊下を歩く」の短歌は心に突き刺さってくる。 満田さんなどわたしの友人たちは、短歌を趣味にしている人が多い。道浦母都子さんの全歌集も素晴らしかった。わたしもいつか詠めるようになるといいなあ。 「夢を与える」(綿矢りさ著、河出書房新社刊) チャイルドモデルから芸能界で働くようになった夕子。 素直な彼女は、一生懸命スケジュールをこなしていくが、どこかで自分を見失っていく。 自分のイメージと自分自身との間に乖離が生じたり、売り出していく自分のイメージのために自分の人生を組み立てたり。自分のイメージや仕事に自分が縛られていく過程と個人の幸せって何ということも描いていると思う。 芸能界は、「人々に夢を与える」ことが仕事であるならば、政治の世界は、ある意味「人々に希望を与える」のが仕事である。 必死で仕事をひたすらこなしていきながら、自分というものがどこかわからなくなっていく、少なくとも自分と折り合いをつけて、幸せであるわけではないという主人公の夕子ちゃんの人生は、どこかすごく胸に迫ってきた。 「きっこの日記2」(白夜書房刊) わたしは、「きっこのブログ」の愛読者。 「きっこの日記」も読んだ。 ヘアメイクと言われる彼女が、本当にヘアメイクなのかどうか知らないし、面識もない。 でも彼女の母親に対する思いや政治についての怒りのまっとうさは、本当に大好きである。 わたしも同じように怒りながら、働いているので。 いっぱい仕事を掛け持ちしながら、働いているきっこさん。世田谷に住んで、魚を飼って、一人暮らしをしているきっこさん。 この東京の空で、怒りながら生きているきっこさんが、がんばっている限り、わたしもがんばるぞと思うのである。 「たまには、時事ネタ」(斎藤美奈子著、中央公論新社刊)。 香山リカさんと斎藤美奈子さんは、わたしが思いもつかない切り口で、わかりやすい練れた文章で、みごとに切ってくれて痛快。 「ひとり日和」(青山七恵著、河出書房新社刊)と「名もなき毒」(宮部みゆき著、幻冬社刊)と「変えてゆく勇気」(上川あや著、岩波新書)を読み始める。 |
民法772条の問題点について 〜法律改正をしよう〜
2007 / 02 / 16 ( Fri ) 2月16日(金)
2月15日に、議員会館で行われた超党派の議員の集まりに参加をしました。 テーマは、民法772条の問題点、改正の必要があるのではないかということです。 どういうことかというと、民法772条は、1項で、「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。」とし、2項で、「婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。」としています。 誰を父親とするかはどの国も頭をひねっていることです。 離婚後、ちょうど300日後に離婚した夫の子どもが生まれて、この規定があって助かったということを聞いたことがあります。確かに、もし一日遅れて子どもが生まれていたら、父親の推定規定はなく、母親は、父親に対して、こどもは別れた夫の子どもであると立証をしなければなりません。これは大変です。 ところで、民法772条の問題は、ずいぶん以前から指摘をされてきました。多く人の困ったという声を聞いてきました。 実際わたしも弁護士として担当をしたことがあります。 現実は、たいてい夫婦は仲が悪くなり、たとえば別居したとしてもなかなかすぐ離婚となるわけではありません。昨日まで、とっても仲良くしていて、今日は、晴天のへきれきで、突然離婚となるわけではありません。通常長い長い2人の歴史があります。 関係が壊れた後、ずっと後に離婚が成立するために、そして、女性には、6ヶ月という再婚禁止の規定が民法にあることもあって、生まれてきた子どもは、前の夫の子どもではなく、新しい男性や今の夫の子どもであることがほとんどです。 離婚の調停と新しく生まれてきた子どもの親子関係不存在確認の裁判と夫が新しいパートナーに不貞行為に基づく慰謝料請求をするということが3つ起きて、大人3人で、様々な問題を解決しなければならないということも起きます。 この集会に来ていた女性は、離婚をして、再婚禁止期間を待ち、再婚をしたんだけれど、子どもが早産になってしまって、何と再婚後に子どもが生まれたけれども離婚後300日以内に生まれてしまったために前の夫の子と推定されるということを話をしてくれました。 確かに、早産というケースもあり、そうだとすると前の夫の子どもと推定されます。 前の夫の発言もありました。 別れた妻が離婚後300日以内に子どもを産み、主性届を出すと、戸籍上は前の夫の子どもとして載せられます。 前の夫にしてみれば、不愉快な話で、妻と別れて、連絡先もたとえば消去していても、家庭裁判所から、連絡が来て、親子関係不存在を確認しなければならないのです。その夫は、自分の子どもではありえないと証言し、もちろん元の妻もそう証言をしたけれど、証言だけではだめで、DNA鑑定をするように言われたそうです。もちろん専門家にDNAを頼めば、多額のお金がかかります。 前の夫にしても、突然過去に引き戻らされるのですから、大変です。 子どもの母親にしても大変です。自動的に前の夫の子どもになってしまうわけですから。誰が見ても、たとえば「たぬきはなこ」なのに、戸籍上は、前の夫の子どもとして「くまはなこ」となってしまいます。母親は、出産後前の夫を探して、協力を求めなければなりません。親子関係不存在の申し立てをまず家庭裁判所にして、前の夫がそこで協力してくれないと、裁判に訴えなければなりません。家庭裁判所に行くのだけでも大変です。 いくら市役所などの窓口で、この子どもの父親は、今の夫なのですと言ってもだめです。この300日以内に生まれた場合は、出生届を出せば、自動的に前の夫の子どもとして、戸籍に登録されます。 どう考えても法律を変えるべきときではないでしょうか。当事者にとってあまりの負担です。 ところで、今日びっくりするニュースがとびこんできました。 2月16日の毎日新聞に次のように報道をされています。 「民法772条の規定通り、離婚5ヶ月後に生まれた男児を『前夫の子』として出生を届け出た中国籍の女性(28)が、虚偽の届けをしたとして大阪地検から公正証書原本不実記載・同行使罪で起訴されていたことが分かった。同地検は16日、『認識不足から誤って起訴した』と発表、大阪地裁への起訴を取り消し女性に謝罪した。」 これには本当に驚きました。 全く間違った起訴だからです。検察官は、民法772条の規定を全く知らなかったのでしょうか。 記事によると、「女性は取り調べ当初から前夫との子供ではないとする一方で、『前夫の子供として届け出るよう(区役所で)指導された』と供述。昨年12月1日の初公判でも無罪を主張していた。」とあります。 彼女は、嘘をつき、嘘を記載させたわけではなく、彼女はこのことしかできないのです。 彼女は、こどもを「現在の夫の子ども」として登録できないのです。 それがなぜ犯罪になるのでしょうか。 びっくりです。 本当のことを戸籍に登録させない現行民法772条は、人々に公正証書原本不実記載罪を強制しているのではないでしょうか。 民法の規定を知らずに、起訴し、しかも第一回公判が去年なのに、今まで放置してきたことにもびっくりです。 嘘の記載を強制する民法を改正していきます。 どうか今までで困ったという人、大変だったという人、法律が良くわからなくて振り回されたという人、また、法律で助かったという人、自分はこう思うというという人・・・・ぜひご意見をお寄せ下さい。 今度、女性弁護士たちなどで電話ホットラインをする予定です。 みんなの声や困っていることをお寄せ下さい。法律相談に応じます。 |
映画「墨攻」
2007 / 02 / 15 ( Thu ) 2月15日(木)
2006年、中国・日本・香港・韓国製作、監督ジェイコブ・チャン、主演は、アンディー・ラウ、アン・ソンギ、ワン・チーウェン、ファン・ビンビン、ウー・チーロン。 中国の紀元前300年、400年の戦国時代。諸子百家と呼ばれる人たちが活躍していた。特に、儒家と墨家の2大潮流があった。墨家が、非攻と兼愛を説いたことは広く知られている。非攻とは、侵略と併合は人類への犯罪ということであり、兼愛とは、自分を愛するように他人を愛せということである。 墨家は、墨子が紀元前450年頃、魯に学団を創設をしたものから始まる。 墨子は、大国が小国を攻める計画を聞くと、まず、その大国に乗り込んで、攻めることをやめるよう説得し、もしそれがうまくいかない場合は、今度は、小国に行き、徹底して、応戦し、城を守ることをする。これから墨守と言う言葉が生まれたと言われている。 まあ、専守防衛ということであろうか。自分からは攻めないということである。 戦国時代、趙の大軍10万人に攻められることになった梁の城に招かれた墨家の一人革離(アンディ・ラウ)は、知恵を使って、城を守り切る。 敵兵は、多くの死傷者を出す。革離は、敵兵を撃退した後も勝利におぼれることはできない。 「武器を捨てろ。そしたら命は助ける。」と革離が敵兵に言ったにもかかわらず、味方の兵たちは、敵兵を殺すことをやめなかったからだ。また、非攻と言っても戦国時代、一切人を殺さないわけではない。 人望が革離に集まり、革離が王の地位をねらっているのではないかという疑心暗疑から、王たちは革離を城外に追放してしまう。 撤退したと思えた超軍は実は撤退をしていなかった・・・・・・。さて、梁城はどうなるというところから、またドラマが始まる・・・・・・・・・。 非攻兼愛とはどこまで有効なのかということを考えながら映画を見ていた。 もともとこの話は、日本の連載マンガを映画化したもの。革離自身は、架空の人物である。監督が、翻訳された日本のマンガを見て、墨子の考え方は、今の世界で非常に意味があり、示唆的ではないかという考え方から、映画化を思い立ったという。 墨家は、もちろん積極的に攻撃はせず、汝の敵を愛せという考え方。攻められる側に立ち、必死で働きながら、報酬も見返りも贈り物ももらわない。質素ななりをし、人々のためにひたすら働く。墨子が日本のマンガになり、中国、香港、韓国、日本と言うアジアの共同の力で、実現していることも面白い。 わたしにとっては、「ロード・オブ・ザ・リング」の戦闘場面と一緒で、戦闘場面は心が痛い。整然と行進し、闘い、傷付き撤退していく兵隊たちは、本当に痛ましい。 戦国時代に、攻めていかない、汝の敵を愛せと説いた墨子の考え方は、秦の時代に完全に滅ぼされてしまう。しかし、ある意味脈々と続き、今の時代に、また不思議な形で蘇っている。 この映画は、マンガとは随分違っているところもあり、なんといっても アンディー・ラウ演ずる革離は、かっこいい。しかし、最後の場面で、革離は、戦災孤児となった子どもたちと各国を放浪するという形で終わる。いつまでも闘うわけではなく、また、家族や親のいなくなった子どもたちと生きていくわけだ。 この墨子の考え方と憲法9条の関係を考えてみたい。 |
バレンタイン ディ
2007 / 02 / 14 ( Wed ) 2月14日(水)
文化放送で、6ヶ国協議での合意についてと刑事裁判において被害者が被告人に尋問したり、検察官とは別に論告・求刑ができるように検討されていることの2つをテーマに話をする。 今日はバレンタインデー。 今年は、特に、他の3野党党首に対して、フェアトレード(公正貿易というべきか。途上国の現地の経済をできるだけ搾取しないような形で行う貿易)のチョコレートにメッセージカードをつけて。 メッセージは、「憲法改悪反対!共謀罪、国民投票法案を成立させないためにともに頑張りましょう!」というもの。 メッセージが届きますように! いろんな思いを込めて、今日は、いろんなチョコが全国を駆け回るだろうけれど、わたしの思いは、「憲法改悪反対!共謀罪、国民投票法案を成立させないためにともに頑張りましょう!」というものである。 国民新党綿貫代表へチョコレートを渡す ![]() ![]() |
ODAをチェックするために ー誰のための、何のためのODAかー
2007 / 02 / 13 ( Tue ) 2月13日(火)
参議院のODA特別委員会の第1回目に、当時の外務副大臣は、ODAの根拠を聞かれて、日本国憲法の平和主義と国際協調主義だと答えています。なるほど、なるほど。 今日は、OECD開発委員会議長のリチャード・マニング氏と一緒にシンポジウムのパネラーに出る。 わたしは、食糧増産援助として、農薬が大量にODAとして、アフリカやいろんな国に出され、それをチェックしに、モザンピークなどに出かけたこと、フィリピィンなど日本の出したODAのプロジェクトに反対する運動家たちが殺されていっており、その国の人権侵害をやめさせることができていないことなどを話をした。 世界では、ODAは、その国の国益のためではなく、人々のために使われるべきとなっているが、日本の国会などでは、国益のためと言われ始めているところがある。 また、過去のODAの検証も十分されていない。 参議院のODA特別委員会は、視察をやり、分厚い報告書を出しているが、その報告書は、ODAの深い闇や問題点をえぐったり、検証をしているわけではない。 ODAを変えよう、そのために国会でもNGOともっと連携してがんばります。 |
100人のお母さんたちとー教育行政は現場の声にこたえているかー
2007 / 02 / 12 ( Mon ) 2月12日(月)
テレビの収録で、『今、日本がおかしい!!子供を守れ!お母さんが学校に「教育再生」直談判スペシャル」に出る。スタジオには、100人のお母さんと10人のママさん(?)タレント、そして、8人学校の先生などなど。 子どもがいじめにあって、学校に申し入れをしたり、闘ってきた話や具体的な話をそれぞれの母親がしていて、とにかく当事者の人たちの話なので、熱心に聞いた。収録が終わってからも、「夫が亡くなって、4人子どもがいて、生活が苦しいのです。」とか「高校、大学とお金がかかる。」とか「子どものいじめのことではがんばります。」など話かけてくれる女性たちがいて、わたしは感激をした。 100人のおとうさんにしたらどうなっていただろうか。 お母さんたちの話は、切実で、わたしにとっては、「本物タウンミーティング」という感じだった。 特に、100人のおかあさんと10人の女性タレントのみなさんに感謝! 日本は、教育予算が少ないことなども話せて良かった。 |
映画「不都合な真実」
2007 / 02 / 11 ( Sun ) 2月11日(日)
以前アル・ゴア氏の作った「不都合な真実」の映画を見ました。「ホワイトプランネット」という南極(北極だったかな?)を描いた素晴らしい映像の予告編を見たこともあります。 いずれも衝撃的なのは、ゴーゴーゴーと崩れ落ちる氷山です。 カナダに行ったときもノルウェーに行ったときも痛感しました。氷山がどんどん後退していっているのです。これは「えっ!」という感じでした。 モンゴルの草地がどんどん砂漠化して、羊や牛などが数多く死亡したことが数年前にありました。それは、地球温暖化のための異常気象のためという説明を聞いたことがあります。 アメリカのカトリーナ台風の猛威も地球温暖化のためと言われています。 南太平洋の島々が沈んでいくという話だけではなく、地球規模の問題で、しかもWWFの鮎川さんの言葉を借りれば、「地球が何個あっても足りない。今すぐやらなくてはならない問題。」です。 ところで、この「不都合な真実」は、啓発用の映画であり、誰が見ても何が問題で、生活や政治を変えなくてはと思わせる映画です。グラフや地図やCGを駆使して、また、様々な映像とゴア氏自身が語ることによって、何が問題かよくわかりますし、経済も大事だけれど、命に関する地球温暖化をなんとかしなくっちゃと思います。 その意味では、ものすごく良くできた映画です。 白熊が、氷河が薄くなっていて、あるいは氷河が少なくなっていて、泳ぎ疲れて死んでしまうなどということは驚きですし、世界中の動物が、植物が、そして、人間が苦しんで、異常な事態を迎えつつあることが胸に迫ってきます。その意味で、本当に一人でも多くの人に見てもらいたい映画です。 確か、国会議員の映画議員連盟でとり上げられ、憲政記念館で、映画の上映会が開かれました。 ある人とこの映画の感想を話しあっていたら、「この映画を見終わっていろんな人と話をしたら、ゴアがあのとき勝って、大統領になっていたら世界は変わっていただろう。」ということでした。 その通り。 この映画は、地球温暖化防止についてのすぐれた映画であると同時に実はすぐれた政治映画だと思いました。 冒頭ゴア氏が、講演会に登場し、「一瞬アメリカ大統領になったゴアです。」と自己紹介し、みんなが、どっと笑う場面があります。 あのときのブッシュ氏を大統領にした選挙結果は、もめたけれども本当にブッシュ氏は、勝っていたの?という気にやはりなります。 ゴア氏は、大統領の選挙のキャンペーンのとき、サイボーグみたいだし、東部エリートという感じで、親しみが持てないと言われました。 今回この映画では、子ども時代に自然に親しんでいたこと、子どもの頃、実家のタバコ栽培の農業の仕事の手伝いをしていたこと、大好きな姉は、すごいヘビースモーカーで、その結果肺がんで死んで、そのため実家は、タバコ栽培をやめたことなどが、かわいらしい子ども時代の写真とともに語られます。 なぜ環境や自然にこだわるのかという人となりを明らかにしたものであり、冷たいエリートのゴアというイメージとは、全く違うゴアという感じです。 随分敗因を研究したなあとわたしは思いました。 国会議員として、環境問題に長いこと取り組んできたこと、産業界が産業の隆盛にとって、マイナスと考え、地球温暖化に取り組まないできたこと、メディアの報道の仕方、みんなの誤解・・・・・・いろんなことを誠実に丹念に解いていきます。 それにしてもと思います。 アメリカのハリウッドで作られる映画を見ていて面白いと思うことがあります。 大統領を描いた映画は、数多くあります。 少し前、「ザ・センチネルー陰謀の星条旗」という映画を見ました。マイケル・ダグラスが、大統領のボディガード、大統領夫人がキム・ベイジンガ−です。映画のなかで、トロントで開かれたサミットで、大統領が演説をします。大統領は、「京都議定書を批准し、地球温暖化に取り組む」という趣旨のことを言います。Kyoto 議定書という言葉を聞いて、わたしはすっかり嬉しくなりました。きっと民主党の大統領でしょう。それとも監督は、次は、京都議定書を批准する大統領を!という茶目っけか願望でしょうか。 昨年末、チリで開かれた社会主義インターナショナル(社会民主主義インターナショナルと言っていいと思いますが)の幹事会のテーマは、グローバリゼーションのなかでの公平をどう実現するかということと地球温暖化にどう対応していくかでした。 地球温暖化防止ということは、政党支持とは全く関係ない環境の問題でもあると同時に経済界も含めて政策の転換をしていかなければならない極めて政治的な問題です。 ゴア氏の「不都合な真実」の映画は、すぐれた環境映画であると同時にすぐれて政治的な映画でした。 この映画を見ると、正直民主党やゴア氏を応援したくなるし、次の大統領は、絶対共和党ではなく民主党と思うでしょう。 その素晴らしさに感嘆すると同時にちょっと待てよ、共和党側のキャンペーンもうまいし、苛烈を極めるのだなあとも思いました。 何はともあれ、関心が高まることはいいし、社民党もグリーンパーティーとしてがんばります。 政策の提言をしていきます。 |
過労死をなくすためにー龍基金発足会に参加してー
2007 / 02 / 10 ( Sat ) 2月10日(土)
ある外食産業の店長(一人の店長で何店かをみなくてはならない)を勤める中島さんが、40代で脳梗塞で亡くなった後、妻は夫のパジャマを抱きしめて泣いていた。 その後、亡くなる直前に夫が「このままでは会社に殺される」とつぶやいていたことから、そして、夫の働き方から、労災認定をとった。中島さんは、何と亡くなる前の月など月180時間残業で働いていて、月平均でも130時間残業をしていた。月に180時間の残業なんて月16時間労働くらいになるだろうか。一日は24時間なのに、一日のほとんどの時間を会社のためにささげていることになる。好きで働いているのではない。それくらい働かないとまわらないようになっていて、個人のレベルでものすごい無理をするのである。わたしは、びっくりした。 妻の中島晴香さんが、わたしの事務所に来られて、補償金のお金で、龍基金を作って、労災に取り組む人たちを表彰し、応援をしたいということでした。 佐高信さんをはじめ多くの人たちが審査員となっている。わたしは、喜んで一も二もなく引き受けました。 何千万円も人々と過労死をなくすために使おうなんて簡単にできることではない。 166通常国会は労働国会になるけれども、国会で雇用の面でがんばろうということを強く思った。そして、この龍基金が大きく広がって、過労死を無くしていく大きく力に広がっていきますように。 みなさんの知恵や情報も下さい。 |
映画「麦の穂をゆらす風」
2007 / 02 / 09 ( Fri ) 2月9日(金)
U2のコンサートに行き、アイルランドの音楽も聞き、少しは知っているつもりだったけれど、アイルランドの歴史や弾圧された苦しみ、全くの無法地帯だったアイルランドなんて本当にわかっていなかったということを痛感させられた。 1920年代のイギリスの統治下にあるアイルランドの苦しみ。 主人公は医者の卵であり、ロンドンに行こうとする。しかし、駅で、アイルランドの車掌さんが、イギリス兵士たちを乗せないとしてがんばり(わたしは、日本の有事法制などを思った)、ひどく殴られていることで心を揺り動かされ、故郷にとどまることを決意し、パルチザンに参加をしていく。 命を大事にする医者であり、やさしい性格の彼が、なぜパルチザンにならなくてはならなかったのか。 一人の若者の仲間が、脅迫されて、仲間を裏切り、仲間の居場所をイギリスの支配者に教えてしまったため、構成員は、捕まり、リーダー(主人公の兄)は、すざまじい拷問を受ける。爪をはがされるときの悲鳴が、監獄に響きわたる。 そのとき、みんなで歌を歌って、拷問を受けているリーダーを励ます。 また、闘争の結果、一定の成果を勝ち取るが、完全な勝利ではない。1921年に、イギリス・アイルランド条約は締結されるが、北部6州にアイルランド自由国へ加入するか、イギリスに帰属するかの自由を与えることが条件であり、また、議会はイギリス国王への忠誠を誓わなければならず、総督という形でイギリス国王の権限が及ぶという完全な独立では全くなかった。 そこで、これを一定の成果として容認するか、否これではだめだと考えるかすざまじい対立が起きてしまう。 今まで力を合わせて弾圧と闘ってきたものたちが、まっぷたつに分かれてしまうのである。 映画を見ているわたしですら、どちらがいいのか考えてしまった。問題はあるが、現実政治のなかで受け入れて、将来の課題とし、ひとまず混乱を収拾すると考えるのか、事態は全く変わらず、ひどい状況で、権利は与えられていないのだから、こんなものを受け入れてはいけないと考えるのか・・・・・・。 多くの現実のなかで、選択をすることで、対立をしていくということは、ちっちゃなNGOから、政党のレベル、国家のレベルも含めて、経験していることである。 そして、それでもこの場合の選択は、どちらがいいのかと迷ってしまった。とことん闘い抜くことは、大事だが。 結局、仲の良かったものたちが、対立をしていってしまう。 政治の場面に身を投じ、私利私欲なく献身的に闘ってきた仲間のなかでも熾烈な対立や内戦が起きてしまうということに、ものすごいやるせなさを感じた。 敵は、外にだけいるのでもない。 でも仲間は敵だったのかって。 この映画は、わたしのなかで、十分消化しきれておらず、いろんな政治の場面で思い出すだろう。 この映画は、映画好きの人たちで、話をしていたときに、映画評論家の品田雄吉さんから、「社民党だったら、見なくてはいけない映画だよ。」と言われて見た映画である。 これからいろんな機会に反芻して、考えていきたい。 |
映画「赤い鯨と白い蛇」
2007 / 02 / 08 ( Thu ) 2月8日(木)
「赤い鯨と白い蛇」 せんぼんよしこ監督、製作総指揮 奥山和由 脚本 冨川元文 千葉県の館山を舞台に繰り広げられる4世代にわたる決意と思いを描いた映画と言うべきか。 孫娘(宮地真緒)は、祖母(香川京子)をおじのうちに送っていこうとするなかで、祖母が、第2次世界大戦中に疎開して住んでいた古い大きな家に立ち寄る。 その家は、来月取り壊されようとしていた。 その家の現在の住人である女性(浅田美代子)は、小学生の娘(坂野真理)と2人暮らし。数年前に家を出ていった夫のことが忘れられないようなふっ切って区切りをつけたいような微妙な精神状態である。「どうか泊まっていって下さい。」と気前良く、立ち寄った祖母と孫娘のコンビに言う。 そこへかつてその家に住んでいたことのあるもう一人の女性(樹木希林)がやってくる。インチキ健康食品を売りつけて、売った人間たちの苦情から逃れようとしている。彼女の演技が、映画「かもめ食堂」のもたいまさこの登場のように、急におかしさとユーモアとコミカルさをかもし出し、画面が生き生きしてくる。 そろった女性たち5人。 問わず語りに語られるそれぞれの思い。 なんか「かもめ食堂」と「紙屋悦子の青春」の2つの映画を思い出した。 香川京子は、ほんの少し痴呆が始まりそうになっている。そして、思い出そうとしていることがある。 そして、その家にいることで思い出す。 海軍の特攻隊の人が恋人にいて、その人は、脱走兵そのまま逃がしたために射殺をされるのである。 もう敗戦色濃い終戦日の数日前のことである。 そして、香川京子は、彼の日記などを巨大な洞窟のなかの地中に埋めたことを思い出す。 彼女は、「自分が彼のことを記憶していなければ」と思っている。 自分が記憶している限り、彼は、彼の思いは生きていると。その人は、また、若い彼女に、「正直に生きて」と言ったのである。 ここには、戦争とその記憶というテーマが語られている。 確かに、悲惨な戦争の記憶をどうわたしたちは、記憶し、伝えていくかという時代にわたしたちはさしかかっている。 女たちの思いやりと逆に遠慮のなさとが交差する会話。古い家のなかで、みんなは、不思議と自分の人生と向き合うことになる。「正直に生きる」ということは一体どういうことなのか、それぞれの女が問われることになる。 「わたしが覚えているのだ。」という香川京子の決意。この思いをきちんと持って戦後の60年以上を生きてきたのだ。こんな思いを抱えて、戦後を生きてきた人たちは、無数にいて、無数の記憶があるのだ。 ところで、わたしは、館山にいったときに、丁寧に作られた洞窟のなかに入ったことがある。 館山は、海軍航空隊の特攻隊の訓練をするところであり、また、海の湾岸の形から、米軍の上陸がまずあると考えられたところである。 洞窟は、巨大であり、天井は高く、また、竜などの掘りものが丁寧に天井にされていて、指揮をする場所として作られたものである。 現在はいっても、60年前に引き戻されるようだった。 この洞窟を掘った人などの思いを暗い洞窟のなかで考えた。 こんな素敵な反戦映画もあるよと言いたい。 戦争を経験した人の数だけ、思いと経験と記憶と辛さがある。 |
労働国会で果敢に闘う -労働法制について-
2007 / 02 / 07 ( Wed ) 2月7日(水)
昼間は、パートの女性たちの実態を聞く会合に出席し、夜は、連合の「2007春季生活闘争 パート・契約労働者の集い」に出席をしました。 今国会は間違いなく労働国会です。 日本版エクゼンプションは、今国会に上程されないことになりました。 審議会にさし戻してもう一度議論すると言われています。こんな労働破壊法案が2度と出てこないようにしなければなりません。 今国会には、パート法案が出てくると言われています。この法案には、大きな欠陥があります。 差別禁止をするパートの範囲が、「期間の定めがなく」しかも「正社員的パート」であると言うことです。 パートの人たちの多くは、期間の定めがあります。 また、この法律要綱は、「事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの間において当該通常の労働者と同様の態様及び頻度での職務の変更が見込まれる者については、短時間労働者であることを理由として、その待遇について差別的取り扱いをしてはならないものとする」としています。 はて? このようなパートの人がいるでしょうか。 日経新聞の記事では、イオンのパートでこのような人はいないとなっていました。 1パーセント以下になると試算をする人もいます。 結局これでは、ほとんどのパートの人には、差別禁止規定が及ばず、「パート差別拡大法案」となってしまいます。 労働契約法案についても使用者が一法的に作る就業規則の不利益変更がなされても容認されていく危険性があります。 割増賃金を5割増にするという法案はどうでしょうか。 通常2割5分ですから、アップで労働者にとってはいいと思うかもしれません。正直わたしは、はじめはそう思いました。しかし、なかみを見てビックリ。 残業時間が月に80時間以上の場合に5割増ということです。しかし、月80時間以上の残業というのは、過労死のデッドラインとも言われています。月80時間以上の残業なら、5割増と言うのは過酷な話であり、月80時間以上もの残業をもろ手をあげて賛成することはできません。 パート法案をはじめこれで「再チャレンジ支援」と言うことはできません。 パート法案については、きちんとした法案を作り、対案としてぶつけていきたいと考えています。 経済財政諮問会議の「労働ビッグバン」構想で、これ以上雇用を破壊することはできません。 労働法制の規制をしていくべきだという立場から、法案を作り、また果敢に論戦していきます。 |
野党党首会談を開きました-何が問題なのかー
2007 / 02 / 06 ( Tue ) 2月6日(火)
柳沢大臣が、午前中の記者会見で若者が「結婚し、子どもは2人以上持ちたいという健全な状況にある」と語りました。 どうしてこんな発言が出てくるのかわかりません。 「女性は産む機械」という発言に対して謝罪をしたけれど、一体何に対して謝罪をしたのかと思います。 柳沢大臣のこの発言に対して、ある男性から「子どもが一人産まれた。2人目を妊娠中に病気で、中絶をせざるを得なかった。だから、『子どもは2人以上持ちたいという健全な状況にある。』と言う発言は許せない。」と言われました。 結婚をする人も結婚をしない人も結婚をしたい人も結婚をしたくない人も、子どもを持つ人も子どもを持たない人も子どもを持ちたい人も子どもを持ちたくない人もいます。子どもが1人の人も2人の人も3人の人もいます。何を持って健全と言えるのでしょうか。 結局、少子化対策で、国の立場から見れば、2人以上産んで欲しいというのを健全と言っているのではないでしょうか。 一人ひとりの選択と人生があるのに、結婚をして、2人以上子どもを持つという健全な状態にあるとなぜわざわざ言わなければなせないのだしょうか。 子どもが産まれなくて、「子無きは去れ。」と離婚をされてしまった女性がいます。子どもを2人以上欲しかったけれど、状況がそれを許さなかったと言う人もいます。また、わたしのまわりには、結婚をしていない人、子どもを持とうとは思わなかった人、流産した人、死産をした人、不妊治療を苦しんで行って結局子どもに恵まれなかった人、人工受精などについての考え方の違いから離婚してしまった人などいろんな人がいます。 わたしは、子どもが一人いますが、しょっちゅういろんな人に「子どもを2人以上持つべきだ。」と言われて閉口した記憶があります。 講演などに行って、全く初対面の首長さんから、「子どもは2人以上産むべきだ。女性が子どもを持たなくて困る。」とずっーと説教されて、全く初対面でしかもわたしの人生や産まれてくる子どもに直接関係がない人に、なぜここまで言われるのかと思ったことがあります。 わたしは、たまたま子どもがいるけれど、子どものいない女性や男性は、どれだけ周りから、また初対面の人から「子どもを持て。」「なぜ持たないのか。」と言われるのかと思います。随分辛い思いをするとさんざん聞かされます。 人には、いろんな生き方があり、いろんな選択肢があります。健全な生き方とそうでない生き方があるのではなく、政治は、いろんな生き方を応援をすべきです。 いろんな生き方や考え方やいろんな家族があるということに配慮しないと思われる厚生労働大臣の発言は、やはり問題です。 |
柳沢発言の何が問題かー国会が問われているー
2007 / 02 / 04 ( Sun ) 2月4日(日)
柳沢大臣の発言を聞いて、本当に驚きました。 戦後一体何をやってきたのだろう!という根本的な怒りです。最低の絶対言ってはいけない発言。厚生労働大臣の発言であり、こんな人に厚生労働大臣をまかせることはできないと思います。 まず、第1に、「女性は子どもを産む機械」「子どもを産む装置」と言う言葉が、女性の人格を無視する言葉であることは間違いありません。 「えっ、産む機械?」と本当に驚きました。 わたしのまわりには、子どもを産んだ人、産まなかった人、産もうとしたがうまく子どもを持つことのできなかった人、不妊治療に苦しんだ人、仕事との両立で産むかどうか迷っている人、これから産む人、流産した人・・・・・・いろんな人がいます。 一人ひとりの女性には、一人ひとり選択があり、思いがあり、人生があります。 もっと言えば、その女性のまわりの男性にもそれぞれ思いがある。今回、妻の出産に立ちあった男性、あるいは子どもに恵まれなくて、夫婦で苦しんだという男性・・ ・・いろんな男性から、「ひどい発言で許せない。」と声をかけられました。 女性たちは、ずっと「わたしたちは産む機械ではない。」と世界中で、そして、日本で声を上げ、闘ってきました。 それを全く無にする発言です。 第2に、いかに国の子育て支援、少子化政策が当事者不在で行われているかをはっきり露呈しました。 女性たちは、謝罪なんていらないのです。 政治にあまり関心がなかった女性たちのなかから、「えっ、こんな人が厚生労働大臣だったの!こんな考えでやっていたの!」と当事者不在の政策に怒りが出てきています。 「女性は産む機械」という言葉があまりに有名になったけれど、この後に続く部分も大問題です。 「15から50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、機械と言うのは何だけれど、あとは一人頭で頑張ってもらうしかないと思う。」と言ったのです。 女性に対して、一人頭頑張ってもらうと言ったのです。 少子化は女性ががんばらないから起きたのでしょうか。 少子化の原因を女性ががんばらないからということに求めるのは、明確に間違っています。 厚生労働大臣、国の仕事は、女性たちが、男性たちが、子どもを産み、育てることがもっとできる環境を作ることです。国の責任を放棄して、一人頭産めというのはひどい話です。 わたしは、子どもがいたらハッピーだと思い、子どもを産みました。多くの女性たちが、子どもを持つことをハッピーだと思えれば、子どもを持つでしょう。今は、女性のがんばりにだけ求められているので、ハッピーに思えないのです。 第3に、柳沢発言は、実は、安倍内閣の人間観、政治観を示しています。だからこそ問題点をきちんと指摘したいと考えます。 1月29日(月)に、柳沢大臣に辞職を求める文書を手渡し、辞職を求めました。そのとき、大臣は、「統計学上のことを言ったのだ。」ということを言いました。わたしは、わかっていないなあと思いました。 一人ひとりの人生と思いがあるのに、上から見下されて、統計学上の処理として言われているので、みんな怒ったのです。 日本は、戦前は兵隊さんを作るために「産めよ、ふやせよ」政策がとられました。60年前、女性たちは、「もうわたしたちは子どもを産む機械ではない。」と決意をしました。そして、60年前、女性たちは、日本国憲法によって、ようやく選挙権、被選挙権を取得し、憲法24条も獲得しました。 国会に女性議員が登場をしたのは、60年前です。 柳沢発言を容認することは、わたしは、「日本の女性国会議員は何をやっているのだ。日本の国会議員は何をやっているのだ。」と言われることだと思います。 そんな思いで今がんばっています。 柳沢大臣の発言は、上から見下している発言だと言いました。一人ひとりが統計学上にしか見えず、「一人頭がんばって欲しい。」と言うのだから、見下ろしているとしかいいようがありません。 そして、女性たちが「子どもを産む機械」でないように、労働者も「24時間働ける機械」でも「商品」でもありません。厚生労働省が、日本版エクゼンプション導入のために、労働基準法改悪法案を今国会提出をするか、参議院選挙後、提出すると言われています。 この日本版エクゼンプションは、一日の労働時間の規制をなくしたしまうもので、労働者を残業代なくして際限なく働かせることができるものです。 ここには、一人ひとりの人生や生活や健康や家族に対する配慮は一切ありません。 健康を害すれば、それは本人の自己責任となっていくでしょう。子どもを産むことが、女性の頑張りに帰せられているように。 「産む機械」から産まれた子どもは、「工業製品」というのでしょうか。 しかし、考えてみれば、教育再生会議で提案されている習熟度別クラスや外部監査制度は、子どもたちの「品質管理」のようにも思えます。 また、確かに他の子どもたちをいじめたり、暴力を振るう子どもは、問題です。しかし、「出席停止」は、みんなの邪魔になる子どもは、ベルトコンベア−から排除してしまうぞと言う意味にも思えてきます。 教師の免許更新制は、先生の「品質管理」であり、国のために不都合な教師は、排除するぞと言う意思とも考えられます。 わたしが、柳沢発言で一番違和感を持つのは、女性たちを完全に「客体」に考えていることです。 そして、安倍政権のもとで、働く人たちも子どもたちも「客体」と考えられているのではないでしようか。 子どもたちは、施政方針演説のもとで、そして、教育基本法改悪法のもとで、規律や愛国心を教え込まれる対象です。国の「客体」です。 先日、アメリカの歌手ニール・ヤングが作ったインターネット上のビデオを見ました。CNNをもじった「戦争とともにいきる」という番組の構成をとり、番組の下のほうには、株価の動きではなく、米軍の死者の数が示されていきます。 一人ひとり人生があったはずが、死体となって帰国し、埋葬されていきます。若者一ひとりの命がどう取り扱われているのか、命は数字ではないぞということがひしひしと伝わってきます。愛国的反戦というビデオでした。 人の命が国家によって大きく失われるのは、戦争です。 「国の客体」と言ったけれど、いろんなものが、人が、国にとって有用がどうかという観点から見られているのではないでしようか。 政治の場面で、法律がどんどん作られ、制度が改悪され、高齢者や障害者、リハビリを必要とする人たちなどがどんどん切り捨てられていいてます。 今ここで、ナチス・ドイツを引用することは荒唐無稽に思えるかもしれません。しかし、ナチス・ドイツのもとで、障害者の人たちが虐殺をされ、また優生学的な見地から子どもたちが扱われました。 女性たちは、まさに、「優秀な子どもを産む機械」とされたのです。 「産む機械」と言う発想は、ファシズムにつながるとわたしは思います。 「女性は産む機械」という考え方は、また自民党新憲法草案につながっています。愛国心を憲法前文で、国民に課し、また、海外で自衛隊が米軍とともに戦闘行為をすることを可能にしています。 まさに、国民は「客体」です。 自民党新憲法草案は、国が国民を上から見下すものではないでしょうか。 わたしは、安倍総理の「美しい国」にものすごく違和感を持ちました。 外国を訪れて思うのは、どの国もどの自然もとっても美しいということです。 「美しい国」ということが観光のキャチフレーズで使われるのならわかります。また、写真家や監督などが言うのならわかります。 しかし、政治家が言うので違和感があるのです。 「美しい国」というのは、上から、風景を見ているとしか言いようがありません。 しかし、人々の暮らしは、ごみごみしていたり、ドタバタしていたりして、一人ひとり悩みや苦労を抱えて、苦しんでいたりしています。 子育てをすれば、「美しい部屋」なんてありようがなく、おもちゃやいろんなもので散らかり放題。洗濯機をまわしながら、子どもに話しかけて、ごはんを作るような生活は、「美しく」はないけれど、楽しいものです。 安倍総理の「美しい国」とは、国民一人ひとりの生活に寄り添うことなく、生活を踏みにじって、全く恥じないゴーマン政治です。人々の暮らしや苦しみを見ようともしないし、理解しようとも、手をさしのべようともしていません。国民は、「風景」か、国に奉仕するものでしかありません。わたしは、人々が、物として扱われていることに怒っています。 柳沢大臣のもとで、わたしは、参議院の厚生労働委員会で、質疑をするのでしょうか。 どんな少子化政策を打ち出しても説得力がないとわたしは思います。信頼関係を築いていくことは、不可能です。 発言に怒っているだけではなく、その本質に怒っているのです。 ゴーマン政治をゴーマンのまま続けさせてはいけないと考えています。 2月2日 有楽町での街頭演説 ![]() ![]() |
社民党第一回全国代表者会議 福島みずほ党首あいさつ
2007 / 02 / 03 ( Sat ) 社民党の活動の中心的な役割を担って、全国各地でがんばっておられる皆さんに敬意を表し、心からの連帯のあいさつをいたします。
今年は、政治決戦の年です。本日は、選挙を闘う主体である全国の代表者が集まり、頑張りを共有し、不安やしんどさを克服し、励まし合う会議になることを心から願います。統一自治体選挙を頑張り、その支持を参議院選挙に結びつけることを各都道府県でしっかりとやって下さるよう、皆さんの奮起をお願いします。各都道府県連合から、労働組合や市民団体、そのほかの人々への働きかけを積極的にやっていきましょう。 社民党は、今国会を「ストップ・ザ・格差社会国会」「ストップ・ザ・憲法改悪国会」と名づけ、全力で格差社会と憲法改悪の流れを変えようとしています。「ストップ・ザ・格差社会国会」では、雇用の再生、生活の再生、地域の再生をしていきます。「ストップ・ザ・憲法改悪国会」では、憲法改悪手続きのための国民投票法案を成立させません。また、イラク特別措置法の延長を許しません。また、安倍総理は5年以内に憲法を改正すると言い、今度の参議院選挙の争点は憲法改正だと言っています。社民党は、これを受けて立ち、とことん対決していこうではありませんか。 今、社民党は、他の野党とともに柳沢大臣に対して、辞職せよ、安倍総理は柳沢大臣を罷免すべきであると主張し、がんばっています。「女性は子どもを産む機械である。」というのは、最低の絶対言ってはいけない発言です。女性の人格を否定し、ゆるされない発言です。そして、女性にもっとがんばって産んでいただく、ということも問題です。女性ががんばらないから少子化が進んだのでしょうか。国の少子化政策が、国の責任を放棄し、いかに当事者不在のまま考えられているかを示しています。社民党は率先して、この問題点を指摘してきました。 私は、この言葉は、安倍政権の人間観、政治の根本的な問題点を表していると考えます。安倍政権が、国民を自分たちの機械や部品とみなし、国民一人ひとりの生活を犠牲にして、国を優先させるゴーマン政権であることがよりはっきりしました。人間を見下し、女性を年金の財源を産む機械、お国のために子どもを産めとしているのです。女性は「子どもを産む機械」ではないように、日本版エクゼンプションに見られるように、労働者は、「24時間働ける機械」でも「商品」でもありません。ゴーマン安倍政権は、今日は節分ですが、退場してもらわなければなりません。 また子どもたちは、愛国心と規律を教え込まれ、習熟度別クラスで選別をされ、学校は外部監査の対象とされます。高齢者や障害者、リハビリを必要とする人たちなど、どんどん切り捨てられていっています。国家にとって、有用であるかどうかという判断をしているのではないでしょうか。自衛隊が海外で米軍とともに戦闘行為をすることを可能にする憲法改悪も若い人たちの命を軽視し、戦闘行為を可能にしようとするものです。 60年前に、それまでの兵隊さんを産むための「産めよ、殖やせよ」政策がなくなり、女性たちは、「もうわたしたちは、子どもを産む機械ではない。」と決意し、闘い、60年が過ぎました。それを全部否定する発言が柳沢大臣の発言ですから、わたしたちは、怒っています。「女性は子どもを産む機械」というのは、国民を国家の客体にし、人々の生活を犠牲にして、国を優先させる自民党新憲法草案につながるものです。社民党は、命と生活を踏みにじるこのような政治とまさに全面的に対決し、政治を変えようとしている政党です。現場に行き、行動し、新しい人々の中に入り、共に汗をかき、人々のために生きる。そのことをさらに全党員がして下さることをお願いします。 社民党が存在するからこそ、格差社会の問題点を指摘し、共謀罪や国民投票法案などを阻み、憲法改悪を阻んでいるのです。また社民党は、国会の中で、与党と対決するために民主党、共産党、国民新党に働きかけ、野党共闘の要としてがんばっています。社民党が存在しなければ、国会の中で野党共闘はできないでしょう。 社民党の旗をきちんと立て、一人でも多くの国民に働きかけ、政治を変えていこうではないですか。今度の選挙こそまさに、絶好の機会です。大変な状況ですが、知恵と力を出しあい、社民党が躍進する選挙をなんとしてもやりたいと思っています。各地での候補者擁立を心からお願いします。街頭で訴え、「人を見たら候補者と思え」という勢いで、候補者擁立に全力を尽くしてください。午後には、候補者から決意を披露していただく時間もとってあります。また出席された代表者の中にも、参議院選挙、統一自治体選挙を闘う方々がいらっしゃることでしょう。気持ちも新たに、それぞれの地域に帰って、選挙活動を進めてください。 今度の選挙は、まさに、日本国憲法の命運、社会の命運を決める選挙です。わたしは、みなさんの先頭に立ち、牽引し、明るく、元気に、しかも死にもの狂いでがんばります。みなさんの奮起を期待し、私の心からの挨拶を終わります。 |
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