教育の現場が死んでいくのではないかー教員の免許更新制について考えるー
2007 / 03 / 10 ( Sat )
3月10日(土)
 働く場合、期間の定めがある場合と定めがない場合のどちらが得か。
 答えは、言わずとしれた期間の定めがない場合である。ほとんどの会社の正社員は、期間の定めがない。この場合、本人が退職届を出さなければ、会社が解雇しない限り、やめさせられることはない。これに対して、期間の定めがある場合は、当たり前だが、契約の期間がくれば、それで終わりである。どんなに一生懸命働いたかに関係がなく、期間が終了すればそれで終わりであり、雇う側は更新をする義務もない。もちろん期間の定めがある契約も反復更新することで、期間の定めのない契約となるという判例はあるが、これは例外的に救済をしているだけで、期間の定めがある場合は、原則として、期間がくればそれで終わりである。

 だから、わたしは、教師の免許更新制度は、今まで期間の定めがなかったものが、突然、期間の定めとなるものであり、働く条件が、ドラスティクに変わるもので、大変な問題であると思う。

 考えてもらいたい。
 すべての企業で、「これから従業員はすべて10年間の期間の定めのあるものとみなす。」としたらどうだろう。待遇が変わってしまうのである。10年経って、更新してもらえるかどうかわからない。極めて不安定になってしまう。すべての従業員が、10年の命かもしれない、10年後は契約を更新してもらえないかもしれないという不安を持つだろう。
 就業規則の一方的な不利益変更だし、重要な労働条件の変更である。
 正社員の人の多くは、期間の定めがなく、非正規雇用の人の多くは、期間の定めがある。
 大袈裟に言えば、正社員を一気に10年間の契約社員に切りかえるようなものである。

 このようなことが一方的に許されるのか?
 教師の免許更新制については、アメリカのいくつかの州で行われているが、国全体でやっている国については、わたしは知らない。
 世界でも稀である。

 それをなぜ日本で突然やるのか。

 先日、社民党で、教育再生会議の事務局の話を聞いた。「免許更新について、一体誰が判断をするのか?」と言うわたしの質問に対して、「さあ?」といった回答だったので、本当に驚いた。
 「文部科学省なのか、都道府県なのか、都道府県の教育委員会なのか」と聞くと、「大学で、30時間の研修を受けるので、その大学になるかもしれない。」という答え。えっ、大学の研修で、大学側が、更新するかしないかを決められるのだろうか。それはおかしい。

 100万人ほどの教員を10年ごとに免許更新をすることにすると、単純計算で、1年間で10万人の免許更新をすることになると再生会議の事務局は言う。
 「それでは、その費用はどれくらいなると積算しているか?」と聞くと、「それは計算していない。」と言う答え。莫大になるのではないか。

 「大学の研修の費用は誰が負担するのか?」と聞くと、「本人か都道府県かどちらかになるのだはないか。」という答え。どっちにしろ、時間にしても費用にしても大きな負担となる。
 
 きちんと考えないまま見切り発車ではないのか。
 
 また、今、分限処分や「不適格教員」として、先生をやめさせることはできる。なぜこれ以外にわざわざ世界的にも稀な教員の免許更新制を設けるのか?
 実は、ほとんどの教師は更新されるのかもしれない。
 しかし、ほとんどの教員は、「もしかしたら自分は万が一更新されないかもしれない。」という不安を抱いて教壇に立つことになるだろう。
 更新制の判断をするのが、都道府県だとしても具体的には、校長が判断をして、それを上に上げていくという方法をとるだろう。上という言い方も変だけれど。
 そうなったら、更新の時期が近づいたら、子どもたちのことを考えるというよりも、校長や教育委員会にごまをするというか、そちらの方向を見るようになるだろう。
 校長と対立をしたり、嫌われたりしている教師は、報復や意地悪をされるかもしれない。
 日の丸・君が代の問題で、多くの教師が処分をされている。それらの教師こそ真っ先に更新を拒絶されることにならないか。
 そして、仮にそうならなくても多くの教師は、生活がかかっているから、おとなしく、突出しないように、変わっていると思われないように、「保護色」を身にまとっていくのではないか。
 生きるということを先生が身を持って教えなければ、生徒にはわからない。表現の自由や基本的人権も先生が、そのことを自分の血となり、肉となりにして、生き生きと生きていない限り、やはり伝わらないのではないか。
 目立たないように、嫌われないように、浮いてしまわにいようにと先生たちが思い始めて、萎縮する職場であれば、子どもたちに、いろんな人がいていいのだ、仮に間違ってもいいのだ、自分の意見を言うことが大事なのだということがメッセージとして伝わるだろうか。
 
 また、そんな職場で、不安定ななかで、教師を選択する人が増えていくだろうか。わたしは、長い間に教育の場を殺していくと思う。
 フィンランドやデンマークどの教育について、勉強をしたことがある。フィンランドは、世界共通テストで、世界一となり、注目をされている。フィンランドの教師の給料は特に高いわけではない。しかし、人々から尊敬されていると聞いた。そのことは大事なことではないか。人々は、バッシングをされ、叩かれる職業につきたいと思うだろうか。
 わたしは、教師の免許更新制は、教師の質を高めるどころか、低めていく恐れがあると考える。
     
 教員の免許更新制には問題がある。導入に反対である。
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