武器を持たない市民に対して、発砲する軍事政権に対して、援助をすべきではない
2007 / 09 / 30 ( Sun )
 宮崎から、神奈川へ。

 神奈川の部落解放同盟の大会へ。
 その後、社民党神奈川県連合で、選挙の総括のための代表者会議。3時間議論をする。

 午前中の会議でも、午後の会議でも、ミャンマーの弾圧と集団自決を巡る教科書検定のことが議論や話題となる。

 ミャンマーで、拘束されたお坊さんたちは、今拷問をされているのではないだろうか。
 連行された人たちは、どうなっているだろうか。
 行方不明の人たちはどうなっているのか。
 日本は、ミャンマーに対するODAをストップするべきである。
 丸腰で、武器を持たない市民に対して、発砲する軍事政権に対して、援助をすべきではない。
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映画評:「ゲト戦記」
2007 / 09 / 30 ( Sun )
 日本で作られたアニメではなく、実写で作られた映画の方。
 アニメでは、ゲドもティナもおじさんとおばさんに描かれていたけれど、初々しい青年と若い女性のゲドとティナである。
 
 魔法使いの修行中のゲドは、ゲべスを呼びだしてしまい、ゲべスという化け物に追いかけられ、殺されてしまうという恐怖と現実に追われるようになってしまった。骸骨のような化け物である。

 ゲドの恩師は、ゲドに言う。
 「ひたすら逃げまわっていたら、疲れ果ててしまうぞ。
いつ追っ手に襲われるかわからなくて、逃げることで、疲れ果ててしまう。向き合って、自分のものとするのだ。」

 ゲべスの本当の名がわかれば、倒すことができる。

 これは、ゲドのある意味成長物語であり、また、壊れた腕輪を完成させることで、世界の平和が実現するというファンタジーでもある。

 ゲドは、ゲべスと対決をすることになる。
 ゲドをとことん挑発し、殺そうとするゲべス。
 「お前を苦しめただれだれが憎いだろう。」「理解の無かった父親を恨んでいるだろう。」などなど。
 怒りや憎しみをあおることで、ゲべスは、パワーを持とうとするのである。
 「憎んでいない。なぜならば・・・・」「恨んでいない。」と淡々と語るゲド。

 ゲドは、そのとき悟る。
 ゲべスは、自分の影の部分なのだと。
 自分の醜い部分や悪い部分が、ゲべスであり,自分の影なのだと。
 ゲべスの本名がわかる。「ハイタカ」という自分の本当の名だ。

 ゲべスにくい殺されるのではなく、ゲべスを自分のなかに取りこむゲド。自分から、逃げないで、自分の駄目な、愚かな、悪い部分も自分だとして、ゲべスを飲み込み、取りこむゲド。

 この部分が圧巻である。
 2人の真剣勝負である。

 影の自分を取りこむことで、強くなるゲド。 
 魔法の力も強くなる。

 そして、世界に平和は、訪れるか。

 最新作の「スパイダ−マン」もこのいい自分と悪い自分の対決である。
 そして、多分対決ではなく、ゲドのように、自分のゲべスも自分の影だと認識して、統合し、アウフへ−ベンをしていくことが必要なのだ。

 ゲべスそのものになっている政治家もいるような気がするけれど、自分のゲべスと向き合うことのできず、転んでしまう政治家もいるのではないか。
 自分の弱い部分や駄目な部分に眼をふさいで、逆に弱くなってしまって、「仮想」の自分を演じ、破綻するまで、突っ走っていくといったような。

 自分の影を自分のものとすることで、自分は強くなるということをわたしもかみしめたい。

 わたしももっと強くなりたい。
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映画評:「めがね」
2007 / 09 / 30 ( Sun )
小林聡美、もたいまさこ出演、2007年
 フィンランドのゆったりした時間が流れて、とてつもなく癒された「かもめ食堂」の監督が作った作品。小林聡美さん、もたいまさこさんと主演女優が一緒なので,姉妹編に思える。

 南の島にある浜田荘にやってくる小林聡美。そこには、主の男性と春の間だけかき氷屋をやって、浜田荘にいるさくらさん(もたいまさこ)と地元の学校で地理を教えている教師(朝日新聞のいしいひさうちさんのマンガに出てくるけだるい女性教師みたいな人)などがいる。

 ゆったりとした時間が流れ、主は、釣りをして、その魚を夕食に出したりする。
 「たそがれる」という雰囲気のみんな。
 朝ごはんを家族のように(?)、一緒にテーブルでとり、また、地元の子どもたちと海で、ゆったりとしたメルシー体操をする。

 小林聡美は、そんなのがかったるくて、別のホテルに行こうとするが、そこは、みんなで農業をする新興宗教みたいなホテル。
 トランクをずるずる引きずって、仕方がないから、来た道を帰る聡美。
 そこに、自転車で迎えにくるさくらさん。
 2人乗りをするが、トランクは、そのまま道の真中に置き去りにしてしまう聡美。ぽつんと道の真中に残るトランク。
 このトランクは、今までの「荷物」を象徴しているようだ。そう言えば、「かもめ食堂」でも届かないトランクといい、とったきのこをトランクにいれることといいトランクが、何かの象徴に使われていたっけ。

 聡美さんは、この奇妙な「たそがれる」雰囲気のなかで、日常のこりみたいなものを少しずつときほぐしていく。

 「かもめ食堂」は、トンカツとおにぎりが実においしかったけれど、「めがね」は、かき氷とバーベキューが実においしそうだった。この原稿を書いているときも生つばが出てくる。

 野菜をさくさくと切る音、ゆがいた大きな海老を殻をむいて豪快に食べるシーン、魚にバンと包丁を入れるところ、バーベキューで、じゅと焼ける音・・・・・・・。
 生活のなかで、ゆったりと。
 そして、「なぜあなたはここにいるのか。」「ここにいないとき、あなたは、どんな仕事をしているのか。」など、映画で描かれたりしない。
 人は、生きていて、がつがつしないで、こんなふうに暮らしていける。南の島(与論島でロケが行われている)でなくても、暮らしていけるよと言っているようにも思えた。
 「荷物」をおろしてどこまでたそがれるか。

 先日、女友達に連絡をしたら、「かもめ食堂」の話になった。彼女は、「かもめ食堂」は、生き方の転機になったといっていた。彼女の娘は、電気も全くない村で暮らし、今は、太陽光パネルがあるので、冷蔵庫と電子レンジはあるそうだ。
 彼女が、知りあいの男性に「かもめ食堂」が良かったと話をしたら、「女のメルヘンではないか。」と言われたそうだ。
 「女のメルヘン」でいいじゃない。
 「ちょっとごはん食べていかない?」なんてことで、結構救われたりするのだ。別に何も聞かないで。

 鎌仲ひとみさんが作った「六ヶ所村ラプソディー」も食べ物のシーンが、印象的だった。
 食べ物と命と。

 この映画は、みんなが、めがねをかけているから、めがねなのだろうか。
 ゆったりとしたなかで、わたしも癒される。

「めがね」公式HP
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社民党神奈川県連合参院選総括会議
2007 / 09 / 30 ( Sun )
参院選総括会議

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部落解放同盟神奈川県連合会定期大会にて
2007 / 09 / 30 ( Sun )
部落解放同盟神奈川県連合会定期大会

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