政治は人々のためにある
2007 / 11 / 15 ( Thu ) 厚生労働委員会に出席をした後、沖縄へ。
沖縄で、社民党の九州ブロックの話しあいがあるのである。また、九州ブロックと労働組合との協議もあった。 沖縄に着いて、タクシーに乗り、守屋前事務次官の参議院の外交防衛委員会での証人喚問をラジオで聞く。ちょうど、社民党の山内徳信さんが質問をしていた。 沖縄で聞く委員会質疑は、またちょっと違う感慨がある。沖縄の米軍基地の利権に切り込んでくれという思いである。沖縄出身の山内徳信、ガンバレ!と声援を送る。 今回の証人喚問の収穫は、何と言っても、政治家の名前が出てきたことである。 額賀さんと久間さんである。 一体何を話したのか。きちんと説明責任を果たすべきである。社民党は、幹事長が、証人喚問を要求すると記者会見を行った。 守屋さんの個人的な事件、ゴルフ接待ということではなく、政治家への利権まで切り込んでいかなければならない。今までさんざん名前が挙がってきているけれども、多額のお金が動く防衛省利権に関して、政治家へのメスが入れられたことは少ない。 今回のことで、日本の政治家、アメリカと日本の軍需産業、そして、アメリカの政治との癒着や関係が少しずつ見えてきている。日本の政治家については、自民党の政治家が多いけれども、与野党問わない面もある。 「愛国心だ」「国益だ」という人たちが、税金や沖縄や米軍基地関係を食い物にしてきたことは許せない。 防衛利権にメスを入れるべくがんばっていく。 ところで、ときどきこの間の連立騒ぎを考える。 小泉首相も当時連立の話をしていたことがあった。 衆議院選挙後にも、場合によっては、自民党と民主党の連立の話が出るのではないか。 「政治は誰のものか」ということを本当に考える。 「Vフォーバンデッタ」というマンガを映画化したものがある。「レオン」で女の子を演じたナタリー・ポートマンが好演をしている。近未来の社会。戒厳令が敷かれ、すさまじい監視社会であり、イスラーム関係の文献を持っていただけで、犯罪が成立をする。研究用にコーランを持っていても犯罪者である。 この映画は、人々が、民衆が、国会を取り囲んで、今までの戒厳令体制、政治の体制が崩壊し、変わるというところで終わる。ルーマニアのチャウチェスク政権を終わらしたときなどを思い出す。ビルマであれ、こんなことが起きることを願っているのだが。 そして、実は、日本でも。日本は、国会中を民衆が取り囲む(60年安保のときのように)ということは、最近はないかもしれないけれども、しかし、有事立法成立のときであれ、イラク派兵反対のときであれ、教育基本法改悪のときであれ、国会の周辺に人々が来てくれでそれがどれだけ励ましになっていることか。 ところで、政治とは誰のためにあるかということになると、当たり前だが人々のためにあると思う。 今回の「大連立」で、実はわたしが一番違和感を持つのは、福田総理と小沢代表と中曽根大勲位など4人で決めようとしたことである。この社会を4人で決められると思うなんて。やっぱり変だ。国民は、操作の対象と思っているのではないか。 「大連立」は、城にこもって敵に備えてがんばるぞというときに、こちらの大将が、深夜、城を抜け出して、敵の大将と会って城明渡しの話をしているようなものである。 中国やヨーロッパの城を訪れると、こもって戦った記録がある。「墨攻」という映画は、和平をすすめ、他国の侵略はせず、攻められたらとことん戦う墨子の活躍を描いた映画である。 とことん対決し、政治を変えよう、自民党政治を終わらせようということと自民党と手を組んで自民党政治を延命させようということは全く別のことである。 「政治は人々のためにある」という当たり前のことが、日本の政治に欠けている。 そのことをこそ変えていきたい。 |
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