サラエボの花
2007 / 12 / 30 ( Sun ) サラエボの花
ヤスミラ・ジュバ二ッチ監督、主演ミリャナ・カラノヴィッチ、ルナ・ミヨヴィッチ2006年 シングルマザーのエスマは、12歳の娘サラと2人暮らしである。洋裁の仕事などをしながら、必死に暮らしている。 生活のために、独り者だといって、夜、バーで働き始める。といっても給仕をしたりする仕事なのだが、ホステス(?)がお客と乱痴気騒ぎをしたりすると、控え室にこもって、泣いてしまう。 活発で、ボーイッシュで、サーカーで男の子と張り合うサラ(なんといっても舞台になっているのは、オシム監督の故郷である)は、今、今度みんなと一緒に行く修学旅行を楽しみにしている。 戦死したシャヒ−ド(殉教者)の子どもは、修学旅行の費用が免除される。 暮らしが楽ではなく、おかあさんが、昼も夜も仕事をかけもちしながら必死で働いているのを見ているサラ。エスマは、お金がはいって、魚を買うにしても一匹しか買わず、というか買えず、娘に食べさせるのだもの。自分は、ポテトだけ。 母親が必死で働いているのを知っているために、サラは、修学旅行の免除のための書類を母に出してくれと何度も言う。しかし、母は、「裁判所で書類をもらうのが大変なのよ。」と言って手続きをしようとしない。 父親のことを母に聞くサラ。 「わたしは似てる?」と聞くが、母は、「髪の毛かな。」というくらいである。 父親を亡くしている同級生の男の子は、サラに、「父親はざんごうから出ていくのを拒否して、敵に殺された殉教者だ。」と言う。「君のおとうさんの最期は?」 サラは、「知らない。」と答える。 サラは、何も聞かされていないのだ。 おかしいなあと思い始めるサラ。 あるとき、サラは、母につめよる。 母は、どうしてあなたを妊娠したかを初めて娘に語る。すざまじい形相で。 「子どもは欲しくなかった。しかし、あなたが生まれてきて、どんなに赤ん坊が美しいものかと思ったの。」と。 戦争と暴力、戦争と女性への暴力、人々の人生を壊してしまうこと。 しかし、命は生まれ、命ははぐくまれ、人は傷ついた心をかかえながらも生きていく。 誕生した命をかかえて、偏見のなかで、ひとりで子どもを育ててきたのだ。 トラウマをかかえ、薬をのみながら、必死で生きていくしかない。男性が近づいたくると恐怖を感ずる 疲れた表情で、疲れた足どりで歩くエルマ。 修学旅行に行くためのお金が足りない。 靴の工場で働く女ともだちが、エルマのために、働く女たちの間を回って、カンパを集めまわる、必死で。 くしゃくしゃになったお金が、集まる。それを見て無き笑いになってしまうエルマ。 シスターフードや女の連帯が描かれている。 この映画は、また、母と娘の映画でもある。 喧嘩をしたり、いさかいをしたり、じゃれあったり、ふざけたり・・・・。 意外と娘は、母親の人生を知らない。 目の前にいる母親としか見ていない面もある。 また、母親も語れないこともあるだろう。 戦争シーンも何もない映画。 しかし、戦争の持つ意味が、戦後に出てきたいることをきちんと丁寧に描いている。 いわゆる従軍慰安婦とされた宋神道さんは、中国で子どもを生んで、手放している。 外国人の子どもや婚外子を生んだいろんな女性に子どもを生んだときの話を聞いたっけ。 わたしが、子どもを生んだときのことも思い出した。 すべての子どもが、祝福されるようにと本当に思った。 |
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