裁判員制度の開始延期を
2008 / 07 / 10 ( Thu )
 国会議員になってこの7月でちょうど10年。政治の責任をますます重く感じるよう
になった。どういう法制度をつくるかによって、ひとりの人の一生が決まっていく。
政府が戦争に参加すると決定すれば、多くの人命が失われていく。後期高齢者医
療制度などもガラリと変わる。秋葉原の事件だって、2003年に製造業へも派遣が
できるとし、派遣先を大きく拡大したことと無縁ではないだろう。「政治は人が涙を流
さないためにある」とも思うようになった。

 来年5月にスタートする裁判員制度のことで「一体、どう考えたらいいのですか」
「選ばれてもやれるかどうか不安です」との質問や意見をもらう。政府が想定してい
る裁判員制度が決していいわけではない。よく言われるが、99・9%の有罪率で本
当にいいのだろうか。長い目で見れば、「司法の民主化」は国民が司法を身近に感
じ、責任も担っていくのだから、それこそ長い目で見ればやはりいいことだろう。

 しかし、状況が整っていないとして、実施を延期すべきではないか。見切り発車は
良くない。裁判は命と人権に関することであり、1件でも間違えれば、信頼関係が壊
れていく。

 第1に裁判員6人は陪審制と違って、量刑についても責任を持つ。極めて重い責任
である。しかも全員一致ではない。自分は、この人は冤罪(えんざい)で無罪だと
思ったとする。しかし、合計9人のうち5人の多数決で死刑になったとする。自分は
その判決に責任を持つのである。どうやってその後生きていけるだろうか。一生悔や
みきれない思いを抱えて生きていくことになるだろう。死刑にするには、せめて全員
一致でなければならないということが必要だろう。

 第2に、冤罪を生まないために、代用監獄の廃止や、取り調べの様子を記録するな
ど捜査の可視化、証拠開示などが必要である。今まで多くの冤罪事件を生んできた。
制度改革の前提条件がなければ、一般の人は冤罪に知らず知らずのうちに加担する
ことになりかねない。改革が実現しないうちに裁判員制度に踏み切ることには反対で
ある。

 第3に、裁判が拙速になるのではないか。アンケートによれば、職業別に見ると、
経営管理者・社員・職員および自営・自由業の多くは「裁判に参加することで仕事に
支障を生じる」と回答する傾向が見られる。

 現在、だいたい裁判への参加日数は3日間ぐらいといわれているが、3日も仕事を
空けることは自営業の人などは大変だろう。そして、もし被告人が公判廷で「実は私
は無罪です」と言い出したら、どうなるだろうか。3日では済まなくなる。職業上の
裁判官はきちんと聞く日数を持ち得るが、裁判員の多くは「今日で終わると思ってい
たのに、1日でも延びたら大変だ」となるのではないか。裁判は、公判前整理手続き
にのっとって、短期間に処理するものになってしまわないか。なぜそのような事件が
起きたか、十分検討する前にあっという間の有罪判決になりかねない。

 一般の人にしてみれば、準備不足でよく分からず、制度も整っていないのに、死刑
も含めて全部責任を負えと言われるようなものではないか。裁判員制度をとにかく拙
速に始めることには反対である。


【共同通信社会員情報誌「Kyodo Weekly」07月07日号より】

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金子勝さんと対談しました
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