土・日と沖縄に行ってきます
2008 / 08 / 30 ( Sat ) 8月30(土)〜
沖縄に土・日と行ってきます。今日はJAやタクシー業界、漁業組合の人たちと意見交流しました。 |
日弁連から消費者庁の件で要請を受けました
2008 / 08 / 28 ( Thu ) |
農業ジャーナリストの大野和興さんと対談
2008 / 08 / 28 ( Thu ) |
伊藤さん殺害について
2008 / 08 / 27 ( Wed ) 8月27日(水)
ペシャワール会の伊藤和也さんが、殺害をされた。 ペシャワール会の中村哲さんには、何度も話を聞いてきたが、地域の人たちのために、医療や灌漑や井戸掘りなどをやってきたペシャワール会の人が、殺されてショックである。 別のNG0の人たちからもアフガニスタンはどんどん悪い状況になってきていると聞いていた。 テロとの戦争が、むしろテロを増やし、泥沼化している。 この間、アフガニスタンの部族の武装解除をした伊勢崎さんの話を聞いたばっかりだったのに。 テロ特別措置法は、延長をすべきではないし、これからあらためて、NGOの人たちとこれから何ができるか話しあいをし、提言にまとめていく。 |
南アフリカ大使館主催「女性デー」企画でスピーチ
2008 / 08 / 27 ( Wed ) 日本国内の女性の問題としては、意思決定の場における少数者であること、貧困の問題が大きいと話しました。
また、南アフリカから日本が学ぶこととして、核兵器を廃絶したこと、死刑制度を廃止したこと、アパルトヘイト(人種隔離政策)時代のことを「真実と和解委員会」で究明し、その後の社会での共生に向けて政府が率先していることなどを話しました。 ![]() |
スカイ・クロラと崖の上のポニョ
2008 / 08 / 27 ( Wed ) 8月27日(水)
最近、DVDで、チェンバー、わたしは告発をするなどの映画を見ている。 ある映画の審査員をしていることもあり、実は、映画を見ることが大好きである。 これは、議員になる前から、やっているので、引き続きやっている。 圧倒的に、日本映画を見るようになった。 「スカイ・クロラ」と「崖の上のポニョ」のことを考えている。 キネマ旬報8月号は、この両者の特集、別冊宝島は、スカイ・クロラと押井監督の特集である。 わたしが、宮崎駿監督の作品が好きなのは、のびのびしたむ気持ちや前向きな気持ちになれるからである。 彼の作品は、やはり、人が生きることを肯定し、励ましてくれる。 アニメージュに、連載をされた風の谷のナウシカは、すごく深いけれど、映画もそうだだが、絶望的な状況で、身を乗り出していくナウシカにやはりとてつもなく励まされる。 「もののけ姫」のコピーは、「生きろ」だったし、「千と千尋の神隠し」だって、わたしも、橋を渡ってこっちに来たんだし、働かないと豚になるから、こっちに来た以上、がんばらなっちゃと思ったものだ。 「耳をすませば」のテーマソングは、ユーミンだった。 女の子への肯定感、のびのびした気持ちになるというのは、楽しい。 「足長おじさん」ではないけれど、ある種の女の子の成長物語。 「アルプスの少女ハイジ」「未来少年コナン」も子どもたちの躍動感、自由さ、輝きに満ちている。 ポニョを見て、「アルプスの少女ハイジ」を思い出した。 ポニョが、駆けていくシーンは、まさに、ハイジが、「ペーター」と言って駆けだして行くのに似ている。 無邪気に、そうしたいから、そうするという肯定感。 今の社会や、不信や不安や遠慮や恐怖があるから、ばっーと駆けていくことを、何かを信頼したり、何も考えずに愛したりすることが、一見難しくなっている。 居場所がない感じ。 そんな時代だからこそ、子どもたちを励ましたくて、こんな映画を作ったのではないか。 わたしは、単純な人なので、映画を見て元気になった。 波の上をとびっきりの笑顔で、走るポニョのように、わたしも駆けていこうと思ったものだ。 そして、「スカイ・クロラ」である。 この映画のことをずっーと考えている。 生きている実感が持てないことや、深刻なことも毎日ものすごいスピードで過ぎていって、いちいち打ちのめされては生きていけないことや、ある種の閉塞感は、とてつもなくわかる。 戦争も、どこかで、誰かがやっているのだけれど、それをどうとめたらいいのか。 戦争の実感さえ薄くなっていく。 日本は、今、現に、イラク戦争に加担しているのだけれど、そんな意識は、まだまだ薄いかもしれない。 この映画のように、人々は、公共事業としての戦争をささえながら、キルドレが死ぬと、「かわいそう」などと言う。 讀賣新聞に、この映画のなかで、使われている新聞が実物大で載っていて、面白かった。 戦争請負人的な存在、国家のあり方、大学3年生の2割が、「戦争会社」で働きたいと言っていることなどが採り上げられていて、おどろおどろしい感じが良く出ている。 広告も、戦争のことや戦争会社のこと。 今の社会を戯画化している。 絶望のなかでの希望。 しかし、そのことが、描かれている。 そして、超一級の恋愛映画だ。 優一は、水素に対して、糾弾も究明もしない。 ひたすら優しい。 別冊宝島に、押井監督のインタビューが載っていた。 人の人生にかかわり、思い、背負い、生きていく。 「僕が言っているのは、死ぬのが人生だということなんです。 誰かとかかわることが生きるということなんです。」 生きていく実感をとてつもなくもちにくい今の社会。 生きることも死ぬこともものすごい実感ありとも言えるけれど、ものすごくないとも言える。 ある種の時間をもらい、その時間を生きていく。 生きている間、かかわりを持てることは、無限にあり、また、ごく限られてもいる。 2人の監督も作品も、180度違うけれど、「生きろ。大丈夫だ。」と言ってくれている気がする。 |
今こそ政策転換を!
2008 / 08 / 27 ( Wed ) 8月26日(火)
連合の「今こそ政策と政治の転換を!」の日比谷野音で開かれた集会に参加する。 昼間、議員会館で開かれた集会にも参加をしたが、各地の実情の話は、今の生活や地方の実情を伝える悲痛なものだった。 次の衆議院選挙は、政策転換選挙。 政策の転換のために、社民党は、がんばると挨拶。 ![]() ![]() |
自衛隊員の自殺について勝訴判決
2008 / 08 / 26 ( Tue ) 8月25日(月)
今日、福岡高等裁判所は、護衛艦「さわぎり」の海上自衛隊員の自殺について、直属の上官が3曹を侮辱するような言動を自殺前の約2ヶ月にわたって繰り返し事実を認定をした。そして、上官たちの言動は違法で、自殺との因果関係があると述べた。 自衛官の自殺について争った裁判で、国の責任を初めて認めた判決で、その意味で画期的である。 わたしはとても嬉しい。この自殺の後、国会で、質問をし、質問趣意書を何度も提出してきた(2000年5月30日、2000年7月5日など)。 このご両親とは、すっかり仲良くなり、裁判も支援してきた。 電話で母親と話をしたが、この判決が、今,自衛隊にいる人たちに役立つようにと本当に思う。 自衛隊のなかのいじめをはじめとした人権侵害をなくし、自殺をする人が亡くなることを心から願う。 多くの自衛官の人たちを救う判決となるだろう。 この自殺をした自衛官は、宮崎県出身の人である。 遺族側は、控訴審で、上司からいじめを受け、希少な焼酎などを催促されていたと主張したが、この希少な焼酎とは、百年の孤独のことである。 この自衛官が亡くなった後、母親が知り合いであった宮崎の社民党の代表の鳥飼さんに相談をし、わたしのところに相談がきたのである。 話を聞いて本当に驚いた。 このさわぎりのなかで、明らかに問題があり、人格を否定するような言動が、上司からなされていて、あまりにひどいと思ったからである。 早速、2000年3月10日に参議院の予算委員会で質問をした。 「自衛隊佐世保管内にあります自衛隊の『さわぎり』という船、護衛艦があります。そこでこの2年間の間に、行方不明者が一人、自殺者が一人、自殺未遂が一人、そしてまた最近、船から飛びおりてずっと泳いで別の護衛艦に保護されたというそんな事件が起きております。・・・・・・」 また、2000年5月29日には、参議院の本会議で、このさわぎりのことを聞いている。 かなり長く聞いて、調査自体に問題があったのではないか、調査のやり直しが明らかに必要ではないか、また、自衛隊内の人権意識確立のためにも、人権啓発教育の制度化と部外者による自衛隊オンブドのようなチェックシステムの設置が必要だと考えますが、いかがかということなどを聞いている。 今回の判決を受けて改めて再発防止などについて取り組んでいく。 社民党がこんな活動を積極的にやっていることをぜひ知って欲しい。 今日、自殺の問題に取り組むライフリンクの清水さんと社民党の週刊紙社会新報で対談。 自殺の原因と国、自治体で何をやるべきかという話を聞く。 今日の福岡高裁の判決とも関係をしている。 毎年、3万人以上の人が自殺をしていることをとにかく止めるべくネットワークを組み、がんばっていく。 |
自殺対策支援センター・ライフリンクの清水康之代表と対談
2008 / 08 / 25 ( Mon ) 8月25日(月)
自殺対策支援センター・ライフリンクの清水康之代表と、社会新報の企画で対談しま した。清水さんは、「自殺対策基本法」の制定に向けて、国会の内外で活躍されまし た。自殺は、過重労働や老人や病人の介護疲れ、多重債務、差別やいじめなど、本人 だけの問題ではなく、社会が広く抱える問題に追いつめられている場合がある、とい うお話しを伺いました。 ![]() |
「死刑を考える院内集会」に参加
2008 / 08 / 25 ( Mon ) 8月25日(月)
市民団体が主催する「死刑を考える院内集会」に参加しました。世界の三分の二の国 が死刑のない国になっていること、死刑には犯罪抑止効果が大きくないこと、などの 報告を聞きました。犯罪被害者の感情をどうするか、来年から裁判員制度が導入され た時、一般市民が死刑判決を書くことになるなど、解決していくべき問題に市民の皆 さんと一緒に取り組んで行こうと改めて思いました。 ![]() |
賠償金総額122億円 第2の思いやり予算?
2008 / 08 / 25 ( Mon ) 9月6・7日、神奈川の大和市で、「全国基地爆音訴訟原告交流集会 違法爆音を許さず 基地のない日本をめざして!」が開かれます。
それに先立ち、防衛省から資料を入手したところ、「第2の思いやり予算」ともいうべきお金があることが判明しました。 基地の近くの住民から、ガマンの限度を超える騒音について裁判が提起され、これまで沖縄・嘉手納基地、神奈川・厚木基地、東京・横田基地でそれぞれ結審し、住民の損害を認める判決が出ています。 賠償金総額は122億300万円。 これは本来、日本とアメリカの負担割合が「日米地位協定」で決まっています。 けれども、日本はアメリカに対して請求していません。 <嘉手納基地> ●嘉手納基地騒音差止等請求訴訟(1〜3次) 15億4100万円 ●嘉手納基地訴訟遅延損害金請求事件 2億5700万円 <厚木基地> ●厚木基地航空機発着差止等請求差戻控訴事件(1次) 1億6900万円 ●厚木基地航空機離着陸差止等請求控訴事件(2次) 1億8800万円 ●厚木基地航空機離着陸損害賠償請求控訴事件(3次) 51億7800万円 <横田基地> ●横田基地夜間飛行差止等請求上告事件(1・2次) 1億6200万円 ●横田基地夜間飛行差止等請求控訴事件(3次) 7億2400万円 ●横田基地夜間飛行差止等請求上告受理申立事件(5〜7次) 39億8400万円 |
社民党の政策セミナー
2008 / 08 / 23 ( Sat ) ![]() 8月23日(土) 今日と明日は、社民党の政策セミナー。 国会議員と秘書が集まって、5つのテーマで、勉強会。 今日は、東京外大の伊勢崎賢治さんに、平和構築の話を、連合の龍井葉二さんに、非正規労働者の話を、そして、慶応大学の権丈善さんに、医療を中心にした社会保障制度の考え方、財政についての話をしていただいた。 それぞれ示唆に富む役立つ面白い話であった。 明日は、立命館大学の三木義一さんに、税金問題について、ジャーナリストの大江正章さんに、地域再生に食・農・環境の力を活かすを話してもらう予定。 社民党の政策、地方・医療・雇用・農業・環境・税などについて、深く考えることができる。 一日中勉強。 終わった後、みんなでごはんを食べる。 職員や秘書の人たちとも話をする。 国会会期中は、2日間、かんづめで勉強なんてなかなかできない。 少しずつ涼しくなっている。 藤沢市の高橋市会議員は、地元の山田恵理さんが、女子ソフトの主将で、活躍したので、興奮をしているだろう。 おめでとう! |
8月24日は薬害根絶デー
2008 / 08 / 22 ( Fri ) 8月22日(金)
8月24日は薬害根絶デー。1996年に薬害エイズ事件の和解を契機に「薬害根絶 誓いの碑」が厚労省に建立された日だそうです。今年は日曜日なので、今日、厚生労 働省前や日比谷公園でキャンペーンが行われ、その中のパレードに皆さんと一緒に参 加し、薬害根絶を訴えました。 ![]() |
日赤労働組合の村山委員長と対談
2008 / 08 / 22 ( Fri ) 8月22日(金)
日赤労働組合の委員長である村山さんと「月刊社会民主」の企画で対談しました。各 地の医療現場の大変な状況を聞かせてもらいました。社民党が2008年に医療崩壊 をくい止めた、と言われるように頑張っていきます。 ![]() |
オリンピック
2008 / 08 / 22 ( Fri ) 8月22日(金)
女子ソフトボールが、きのう金。藤沢市の高橋市議会議員に、20日に会ったら、地元の選手の応援で、必死になっていたっけ。おめでとう! みんながんばっているけれど、特に、女性ががんばっている。 ソフトボールやサッカーのがんばり、いろんな種目で、健闘をしている。 オリンピックを見ていると、本当、根性ということを考える。 うーん、政治も根性でか゜んばります。 |
原子力空母・潜水艦の火災事故・放射能漏れに関し外務省に申し入れ
2008 / 08 / 21 ( Thu ) 8月21日(木)
平和フォーラム、神奈川平和運動センター、衆議院議員保坂展人さんらと一緒に、外 務省の北米局長に申し入れをしてきました。米国の原子力空母「ジョージ・ワシント ン」の火災事故、原子力潜水艦「ヒューストン」の放射能漏れについて、外務省は米 国に対して詳細な報告を求めているのか、原子力船の管理監視をどのような基準で 行っているのかなどを質問、今後厳しく姿勢で米国政府に対応していくよう申し入れ ました。 ![]() ![]() |
だんだん、どんどん社民主義
2008 / 08 / 20 ( Wed ) 社会民主主義の可能性を確認するために7月上旬、ギリシャを訪れた。社会主義イ
ンターナショナルの世界大会が5年ぶりに開かれたのである。社会主義というよりも 社会民主主義。世界中から120カ国、150の政党、約700人以上が大集合し た。 ヨーロッパには政権党も、かつて政権を担った政党も多い。ドイツ社民党、イギリ ス労働党、フランス社会党、スペイン社会労働党、スウェーデン社民労働党、ノル ウェー労働党…。そして今や中南米の多くの国では政権を社民党が取っている。 アフリカの国々も多い。南アフリカのANCをはじめ多くの政党が参加をしてい た。私は、長年あこがれていたスウェーデン社民労働党のモナ・サリーン党首らに会 えて、元気をいっぱいもらった。 大会の主なテーマは・気候変動・格差、貧困、食糧の危機・平和―である。私は、 平和のところで壇上でスピーチをした。憲法9条の意義と9条を生かす動き、社民党 は2001年「北東アジア非核地帯の設置」および「北東アジア総合安全保障機構の 創設構想」を提案し、それが6カ国協議の決議に採用されたこと、イラク派兵や自衛 隊派兵恒久法案を作る動き、憲法改悪の動きなどについて話をし、社民党は日本が軍 事大国になることを阻止する要の政党になると、決意を表明した。 また、パレスチナのアッバス議長とイスラエルのバラク労働党党首が壇上で一緒に 並び、スピーチをした。座っている距離は近いけれど問題解決まではまだまだ遠い。 私は大会の主な3つのテーマが非常につながっていることをあらためて痛感した。 平和を議論したときには、もう紛争や戦争をしている場合ではないと繰り返し語ら れた。また、資源や水の奪い合いが紛争や戦争を生んでいるという指摘があった。中 南米ハイチの社民党員がこう演説をした。「気候変動で自然災害が起き、収穫高がゼ ロになった。もう種も全部食べてしまった。種を買うお金もない。栄養状態が悪く なっている。もう待ったなしだ」と。 気候変動は誰が起こし、誰に被害が発生しているのか。気候変動は特に、貧しい地 域や貧しい人々を直撃している。そして、格差を拡大し、貧困の問題、食糧の危機を 生んでいる。気候変動と貧困問題はつながっている。 日本で開かれた主要国(G8)首脳会議(北海道洞爺湖サミット)の宣言は、地球 温暖化について「二酸化炭素(CO2)を2050年までに半減することを世界に提 案をする」という恐ろしく気の長いもの。気候変動が待ったなしの課題であるという 危機感がまったくない。ひどすぎる。 社会主義インターナショナルの大会では、新自由主義の経済が何を生んだのか、公 平公正な経済の在り方、投資を規制するトービン税導入の必要性などが議論された。 世界にはふたつの大きな流れがあり、ひとつはアメリカを中心とした新自由主義の 流れであり、もうひとつは、この大会でも集まった社会民主主義の流れである。時代 はだんだん社民党、時代はどんどん社民党だと思った。日本の中でも、国会の中でも ふたつの潮流が闘っている。日本の社民党も、もっと頑張らなきゃ。 【共同通信社会員制情報誌「Kyodo Weekly」08月18日号より】 |
井上ひさし作「闇に咲く花」を見ました
2008 / 08 / 20 ( Wed ) 「闇に咲く花」
こまつ座86回公演 井上ひさし作、栗山民也演出 石母田史朗、石田圭祐、浅野雅博、北川響、増子倭文江、井上薫、辻萬長、水村直也、山本道子、高島玲、小林隆、藤本喜久子、眞中幸子出演 「井上ひさし全芝居全5巻」は、読み物としてとっても面白い。シェークスピアはもちろんのこと、永井愛さんなどの戯曲は、読み物としてたくさん読んできた。 でもやっぱり芝居は、演じられているのを見るのが一番。音楽や間合い、そして、客席の笑い声も楽しい。始まる前のワクワク感や最後のカーテンコールの素晴らしいというエール。 時間を作って、最高の芝居をせっせっと見に行こう。 この「闇に咲く花」の初演は、21年前の1987年である。 1985年8月15日に、当時の中曽根首相が靖国神社に公式参拝をした。 その後、小泉総理の参拝もあり、議論が沸騰し、裁判も提訴され、政教分離に反するとの判決も出される。 「闇に咲く花」が提起したものは、時代のなかで、その意味が極めて大きくなった。 それが今、上演をされた。 井上ひさしさんの戯曲に通ずるけれど、こんな深刻な重大な問題を庶民の眼で、ときに、ユーモラスに構成をすることができるなんて。 「父と暮せば」は、ヒロシマの原爆の被害にあった女性の話だった。 わたしは、原爆の被害については、いろんな人の話を聞き、何度も記念館を訪れ、だいぶわかっているつもりだった。 しかし、わかっていなかったことを痛感をしたのだ。 そして、こんなにユーモラスにも、テンポ良く、展開できることに、驚愕をした。 深刻なことを深刻に伝えることは、多くの人がすることでは。わたしも多分。 しかし、こんなふうに、表現できるなんて! この「闇に咲く花」もそうである。 社会党・社民党は、戦後ずっーと毎年、8月15日は、国立の墓苑である千鳥が淵墓苑で、追悼式を行なっている。 そんなときに、この「闇に咲く花」を見ることができた。 舞台は、昭和22年、夏の東京神田。 焼跡の荒れ果てた愛敬神社が舞台。 神主牛木公麿は、ステテコをはいているし、近所に住む5人の女性たちと闇米などを調達をしようと必死である。この5人の女性は、境内のなかで、お面を作っている。 5人の女性たちは、それぞれ未亡人だったり、いろんな事情を抱え、肉親を戦争で失っているのだ。 牛木の息子健太郎は、神田商業野球部の名投手だったが、戦死をしていた。 みんな彼が亡くなったと思っていたところへ、健太郎がひょっこり帰還をした。変わらない初々しい健太郎。 喜ぶみんな。記憶喪失になっていたのが、ふとしたことから、記憶が戻ったのだ。 しかし、そんな健太郎が、グアムで、野球をしたときに、現地の人たち相手にピッチングをしたことが、「虐待」だと言われ、GHQから、C級戦犯に問われていることがわかる。 ショックで、また、健忘症にかかる健太郎。 記憶が戻ったほうがいいのか、それとも戻らないほうがいいのか・・・・・。 記憶を巡る話になる。 記憶が戻らなければ、裁判には、かけられない。 野球部の仲間であり、精神科医でもある友人の稲垣などのおかげで、記憶を戻した健太郎が、父親である神主の牛木に対して言う(本当は、健太郎は、神社の境内の大きな杉の木の根っこに捨てられていたのを、やさしい牛木が拾って、実の子として育てたのである)。 「父さん、境内が焼死体置き場になったとき、ほんとうの神道は滅んでしまったんだね。」 「境内は、普通の人たちが心の垢を捨てに来て、さっぱりした心になって帰る、そういところだった。でも、いつの頃からか神社は死の世界への入口になってしまった.父さん、出征兵士がいったい何人ここから旅立って行ったんです?・・・・」 父親は、「わ、わからん。」と答える。 健太郎は、「その記憶を取り戻してください。」と言う。 「みんな健忘症だ。」「ついこのあいだおこったことを忘れちゃだめだ、忘れたふりをしてはいけない。」と。 神道が本当の神道ではなくなったていたのではないかということがテーマのひとつ。 そして、もうひとつのテーマは、記憶についてである。 健太郎は、健忘症にかかり、その健忘症がなおれば、裁判にかけられる。 みんなは、健太郎の健忘症がなおったほうがいいのか、なおらないほうがいいのかわからない。少なくともみんなは、記憶が戻ったとして、健太郎をGHQに渡したくはないのだ。 健太郎の健忘症が問題なのではなく、実は、みんなの、国民の健忘症が問題なのだ。つい最近起きたこともみんな忘れるか、忘れるふりをしているのではないか。そのほうが、現世を生きていくのに、都合がいいから・・・・・。 そんなことを語りかけてくる。 そして、もちろんC級戦犯とは何かということも。 8月15日に平和太鼓が、神社で、たたかれていたこと、闇米などを買いだしに行く庶民の姿、亡くなった夫のこと、経済の問題、捨て子の存在、庶民で、励ましあり、助け合って生きていっていることなど、生き生きと描かれている。 こんな重い、大きなテーマを、庶民の、人々の目線で、描くことができるなんて。 当時の野球事情や食べものの事情など、生き生きと描かれている。 |
「美味しんぼ」
2008 / 08 / 19 ( Tue ) 8月19日(火)
秘書が、「美味しんぼ」のマンガを貸してくれた。彼は、この本のファンみたいである。 101巻目は、テーマが、食の安全。 改めてひぇ!となった。 目先のことでだまされる消費者も悪いと言うことも書かれている。 あまりに多くの添加物や農薬が作られていることにも驚く。 また、そんな食べ物や農業のあり方、畜産のあり方を変えようと努力をしている人たちの各地の取り組みも書かれている。 わたしのまわりは、生協の関係者や有機農業に取り組んでいる人も実に多い。 各地で、農業の現場や畜産の現場に行く。 先日も秋田で、豚を飼っている現場に行き、実においしい豚肉を食べさせていただいた。 農業と食の安全にもっともっと取り組もうと改めて思う。 それにしてもあまりの添加物の多さ。夢に出てきそうなくらいである。 早速、わたしは、食材を買いにスーパーに行った。 今夜は、しっかり、料理を作ろう。 |
夏休みをとった
2008 / 08 / 19 ( Tue ) 8月19日(火)
夏休みをとって、読書三昧の生活を送る。 正直、疲れていたなあというところ。 たまには、休もう。 金子勝さんの「閉塞経済ー金融資本主義のゆくえ」(ちくま新書)と「経済大転換ー反デフレ・反バブルの政策学」(ちくま新書)を読了。 構造改革批判にうなづき、公平・公正な社会の実現のために、経済学はどうあるべきか、あるいは、わたしは、経済をどう考え、どう変えようとしているのか、読みながら、ひたすら考える。 金子さんの「地域の切り捨て」も労作であり、名著であった。 全国の現場をかけまわり、ルポのようなものもこなし、かつ根本的な経済の本も書くエネルギーには、ひたすら脱帽。 ご本人は、ラテン系の明るい方だが、誠実に社会に問題提起をし、まっとうなものにしたいという情熱には、頭が下がる。 |
千鳥が淵戦没者墓苑で、平和の実現を誓いました
2008 / 08 / 15 ( Fri ) ![]() 誓いの言葉 わたしは社民党を代表して、戦争で亡くなったすべてのみなさんを心から追悼し、平和を実現をするという誓いと決意を、述べさせていただきます。 ここ千鳥が淵戦没者墓苑は、第二次世界大戦の犠牲者のみなさんの遺骨が、安置されている場所です。 アジアで亡くなった二〇〇〇万人以上のみなさん、日本人で亡くなった三〇〇万人以上のみなさんに対して、心から哀悼の意を表させていただきます。 そして、負傷し、心の傷を負い、家族や友人を戦争で亡くしたみなさんに対して、お見舞いを申し上げるとともに、二度と戦争の犠牲者を作らないようにしようと力強くよびかけます。 わたしは、ヒロシマ、ナガサキの平和祈念式典や沖縄の六・二三慰霊式に出席し、また、全国の空襲の被害を聞き、平和の資料館にいくたびに、そして、アジアの戦争の犠牲者の話を聞くにつれ、戦後六三年経った今も、戦争の傷は、全く癒えていないと痛感をします。 わたしは、戦後補償の裁判を弁護士としてやってきました。 「戦争はやっちゃなんでんだ。」それは、在日韓国人で、かつていわゆる慰安婦とされた宋神道さんが、集会のたびに、繰り返し、繰り返し、言うことです。 多くのことを教えてもらいましたが、わたしが,彼女たちから、学んだ最大のことは、戦争を決してやってはいけないということです。 国家による不条理な大量殺人をわたしたちは、決して許してはいけません。 この四年半の間、国会のなかでは、ひどい政治が進行をしました。 イラクに自衛隊が派兵をされ、防衛庁は、防衛省に昇格し、教育基本法と教育三法は、改悪され、国民投票法と在日米軍基地特別措置法が成立をしました。 横須賀港を原子力空母の母港にすることや沖縄の辺野古の沖に海上基地を作ることなどが、強行されようとしています。原子力潜水艦の放射能漏れなど、言後道断の事件も起きています。 ところで、いわゆる従軍慰安婦に対して、強制はなかったとする主張や、沖縄戦をめぐる高校日本史の教科書検定では、軍の関与を否定するなど、歴史の事実をねじまげようとすることに対して、大きな抗議の声が上がりました。 また、四月一八日には、名古屋高等裁判所で、自衛隊のイラク派兵を違憲とする判決が出されました。これは、日本政府が、憲法を踏みにじって、アメリカの戦争に加担し、イラクの人々を殺していることについて、裁判所が、「戦争に加担をするな」と言ったものです。 この判決のボールは、国会と国民に投げられています。 「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定をする。」と日本国憲法前文は、うたっています。 主権者である国民は、政府の行為によって、戦争が起きることがないよう全力を尽くさなければなりません。 それが、戦争で亡くなった人たちに対する生きているわたしたちの責任です。 今、北京オリンピックが開かれている折も折、グルジアで、戦争が起きました。 アフガニスタンやイラクへの空爆も続き、中東和平も実現をしていません。 20世紀は「戦争の世紀」と言われ、21世紀はそれを変えるはずだったのに、この8年間戦争が続いているではありませんか。 日本も戦争に加担し、より加担しようとしています。 今、世界も日本も、平和な世界を実現をするのか、それとも、戦争という手段を続けるのか、まさに、二つの潮流が激しく争っています。 どちらが、勝つべきか明らかではありませんか。 命以上に大事なものはありません。 今年六月、国連人権理事会で、平和への権利についての決議が採択をされました。 また、七月ギリシャで開かれた社会主義インターの世界大会で、「憲法九条を堅持しようとする日本を評価する。」との事務局長報告がなされました。 わたしは、これらは、憲法九条の意義が、世界に広がっていることを示すものだと思います。 日本国憲法を根拠に、わたしたちの先輩たちみんなが作り上げてきた「自衛隊の海外派兵は許さない」「非核三原則」「武器輸出三原則」を変えさせてはなりません。 だからこそ、憲法九条を変えさせてはなりません。 社民党は、憲法審査会の作動を許さず、また、自衛隊派兵恒久法案など、日本国憲法を踏みにじる法案を作らせず、在日米軍の強化をさせないために、全力を尽くします。そのために、ひとりでも多くの人に働きかけます。 どうか、亡くなられたみなさん、そんなわたしたちに、力を与えて下さい。 平和憲法を生かしていくことを誓い、わたしの追悼の言葉といたします。 二〇〇八年八月一五日 社会民主党党首 福島みずほ |
クライマーズ・ハイ
2008 / 08 / 12 ( Tue ) 8月12日(火)
「クライマーズ・ハイ」 監督 原田真人 主演 堤真一、堺雅人、尾野真千子、高橋政宏、山崎努 1885年8月12日、日航機が、御巣鷹山に墜落をした。 そのときのことを本当に良く覚えている。 その後、遺族の人たちと知り合う機会があった。 8・12連絡会の美谷島さんは、9歳のけんちゃんが、ひとりで,乗っていて、亡くなってしまった。 河口さんのおとうさんが、飛行機のなかで、書いた家族にあてた手紙は、心に迫るものだ。 妻と娘と息子に、呼びかけている。今まで幸せな人生だったと書き、残される家族の事を心配をする河口さんは、素晴らしい人だ。息子さんも娘さんにも会ったことがある。また、西井さんという夫を亡くした人にも会った。 河口さんの遺書のメモが大きな役割を果たしていると思うが、遺族の人たちは、事故の原因究明と再発防止を一生懸命やってきた。 全く私利私欲なく、ひたすらもう遺族は作りたくないとみんなで、力を合わせてやってきたと思う。 補償の交渉が終わっても、力を合わせて運動をすることが続いてきたのは、子どもへの愛情にあふれた美谷島さんをはじめみなさんのお人柄ではないだろうか。 わたしは、議員になってから、国土交通省と、事故だけでなく、再発防止のためには、インシデント、たとえば、事故には至らなくても接近しすぎてしまったなど、飛行機の運航についてのインシデントを集積し、発表をするべきだと、交渉をしたりした。 それらは、少しずつ実現をした。 事故の悲惨さを伝え、2度と事故が起きないようにするために、飛行機の機体の残骸を残して欲しいと8・12連絡会は取り組んだ。 事故原因の究明のための刑事訴追をはじめ、長期に取り組んできたがんばりは、本当に尊敬をしている。 この「クライマーズ・ハイ」は、美谷島さんが、家族にチケットを送ってくれた。 だったら、何としても8月12日までに見に行かなきゃと見に行った。 映画は、横山秀夫 さんの原作の面白さ、新聞社内の抗争、他社との競争、記者の家族たち、山登りなどが、あいまって、ダイナミックな、そして、誠実なものとなっていた。 事故の悲惨さも家族の思いも伝わってくる。 そして、わたしが、本当に面白いと思ったのは、新聞の作り方である。 会社や組織、人間関係のややこしさ、嫌になっちゃうことが、これでもか、これでもかと描かれる。 わたしたち弁護士も論争をするが、そんなものがおとなしく見えるほどの怒鳴りあい。確かに、弁護士は、あまり怒鳴りあいはしない。気が弱かったら、新聞社内で、埋もれて、おしやられてしまうという感じ。「2人組でやれ。」と言われた女性記者が、「これはわたしのネタです。」と悠木に食ってかかるシーンがある。上司に言われて、「ハイ、そうですか。」とはならないのだ。 悠木は、40歳を超えた中堅の記者。やんちゃで、反抗心旺盛で、社長に坊やと言われてきた。 北関東新聞の社長は、山崎努演ずる癖のある社長である。 編集のなかの足の引っ張り合い。 悠木は、この日航機事故の責任者になるが、そのことを面白くなく思っている者もいる。 この地方新聞社は、大久保・連赤事件の過去の遺産で食っている局長などが、幅をきかせ、なかなか若手の出番がまわってこない。 一面をどうするかで、怒鳴りあいをし、出し抜きが続く。 現地に飛んだ若手2人は、真っ黒になって、苦労のしすぎだが、なかなか報われない。 編集部は編集部のなかで、嫉妬と対立と見解の相違と足の引っ張り合いがあり、大変なのだが、これに、広告部と販売部との熾烈な対立がある。販売部と対立をするときは、今度は、編集部が一丸となって、まとまるところが面白い。 でも、こんな熱気で、作っているのかという感動がある。 夜中の1時過ぎまで、みんなヘロヘロになって、怒鳴り合う。 予期もしない大事件が起きたときに、どう行動をするか。 家族とうまくいかないことや職場のなかの失望や絶望。 他人から、批判をされることやスクープにするかどうか迷うところ。 横山秀夫さん(「半落ち」などの作家)は、上毛新聞の記者をされていた。 日航機事故のときには、記者で経験をしているので、リアルで本当に面白い。 「プラダを着た悪魔」の映画は、ファッション雑誌の業界をかいま見れて面白かったが、この映画は、日本のなかで、映画になりにくい「職場」を採り上げていて、その不条理さと人間関係と仕事の大変さが、ホント伝わってきた。 仕事に没頭し、家族との関係がうまくいかなくなることやだからこその思い、倒れた同僚やがんばる部下や変になってしまう部下への思いも描かれる。 クライマーズ・ハイとは、仕事への没頭を意味しているようにも思えるし、父親的なものや困難の克服のようにも思えるし、山登りに象徴される同僚と力を合わせて、無心に山登りをし、仕事をするということのようにも思える。 大事件をある意味風化させることなく、ドキュメンタリー仕立てで、骨太にドラマにしている。 堤真一とそれから宮崎出身の堺雅人、そして、山崎努がいい。 そして、役者さんが演じているのだけれど、ああ、こんな上司っているよねと思わせる演技力は、みんなそれぞれすごい。 なんかみんな実は楽しく演技をしているようにも思える。 今日は、一日、心のなかで追悼をしよう。 |
「歩いても 歩いても」
2008 / 08 / 12 ( Tue ) 8月12日(火)
「歩いても 歩いても」 監督 是枝裕和 主演 阿部寛、樹木希林、原田芳雄、夏川結衣、YOU、高橋和也 面白くて、恐い映画。 ふふふ、ヒヒヒ、はっはっはっと笑ってしまう。 実際、わたしが、映画館で見たときは、いろんな人、特に、男性の笑い声が、映画館に響いた。こちらもつられて、笑ってしまう。 夏の日の一日間を描いたもの。 老夫婦のうちに、娘の家族と息子の家族が遊びにくる。 夫は、町医者だったが、今は、引退をし、老夫婦で2人で住んでいる。 何でもない会話。 とりとめのない会話や思い出話。 そんな会話をする家族のほっとする面とどきっとする面と。 何と言っても、樹木希林がいい。うまい。 孤独と不満と夫に言えなかったこと(若いとき、実は、夫の浮気を知っていたことを、さらりと夫に言ったりする)とよその子どもを助けるために、海で、溺死した医者をつぐことになっていたもうひとりの息子への愛情とどこにぶつけていいかわからない感情と。 娘の家族が遊びに来てくれることは、嬉しいけれど、孫が騒ぐのは、嬉しさ半分、うるささ半分。 単調な二人の生活が、活気づくことは、歓迎だけれど、かきみだされたりすることは、少しうっとおしい。 だから、娘の家族と、2世帯同居の家に改築し、同居することをしぶっている。 家族についての愛情とうっとおしいところと昔話とこれからのことと。 そんなないまざったところを等身大で、ふふふと笑えて、恐いところも描いている。 多くの人が、自分の家族や愛しているめんどくさい関係?に思いをはせるのではないか。 樹木希林が、YOU演ずる娘に対して、帰省をする息子、阿部寛の結婚について言う。 40過ぎの息子は、子どもがいて、夫を亡くした女性と結婚をしたのである。 「おふるなんてもらわなくて良かったのに。」 「死に別れより、生き別れのほうがいい。生き別れの場合は、嫌いになって、別れているけれど、死に別れのほうはそうでないから。」と。 すごいせりふ。 しかし、わたしは、どうせ結婚をするのなら、生き別れより、死に別れのほう人のがいいというのをどこかで聞いた記憶がある。母親からだろうか。母は、実にいろんな話を人生訓?として、娘に話をしてきた。 死んだ人は、美化されてしまうから、大変だと。 それにしても「おふる」発言はすごい。 そのことを是枝監督に言ったら、監督は、自分もそう思っていたけれど、映画を見た人からは、「うちの母親も結構あれくらいは言う。」と言われたとおっしゃっていた。 世の母親は、子どもかわいさにそんなことを言うのだろうか。 離婚事件を担当すると、女性たちから、夫の母親に「息子があんな人と勝手に結婚して。」と言われたとか、「ピアノがひけるようなお嬢さんと結婚すれば良かったのに。」と言われたとかよく聞いたっけ。 父親は、娘の夫が気に入らず、母親は、息子の妻が気に入らないなんてことがあるのだろうか。 樹木希林は、阿部寛の妻、夏川結衣に対して、着物をあげている。 もう着ないしという感じで。 そして、そのときに、さらりと言う。 「もう子どももいるし、新しく子どもを作ることは、しばらく考えてみたら。」ひきつる夏川結衣。 実は、溺死したできのいいいわゆる長男のお墓まいりに行って、帰り道、前を夏川結衣と小学生の息子が2人で歩き、後ろを樹木希林と阿部寛が歩いている。 前の2人は、「パパのお墓まいりに行こうか。」と話をしている。 後ろでは、樹木希林は、息子に言う。「結婚をしたばっかりだし、子どもを作るのをちょっと待ったら。子どもができたら、別れにくくなっちゃうわよ。」と。 恐い会話。 4人で、歩いている姿は、3世代で、仲むづましく歩いているようにしか、きっと見えないのにね。 夏川結衣は、「パパのお墓まいりに行こうか。」と息子に言っているが、もちろん失職中で、子どものときのまま、父親とぎくしゃくしている夫のことを愛しているのである。 嫌いではなく、好きで、心にとめているのだけれど、ぎくしゃくしたり、疲れたり、気を使ったり、ほっとしたり、ぷんぷんおこったり、心配をしたりというそれぞれの気持ちがほんとうまく描けている。 娘たち、そして、孫たちは、「おばあちゃんち」と言う。 確かに。うちでも、「兵庫のおばあちゃんち」「宮崎のおばあちゃんち」と言ってきた。 おじいちゃんとおばあちゃんの両方がいても、おばあちゃんち。 確かに、孫が来ると、おばあちゃんは、台所で、腕を振るい、みんなの面倒を見て、まさに、「おばあちゃんち」 これでいいのかなあと思いつつ、何となくそう言っていたら、映画のなかで、「おばあちゃんち」が出てきて、「あっ、よそもそうなのだ。」とおかしくなった。 ところで、原田芳雄演ずるおじいちゃんが、「ここはわしが建てたんだ。なぜおばあちゃんちなんだ。」と怒る場面があるけれど。 そこで、場内には、年配と思われる男性たちの笑い声が響いて、なんかわたしもいろんな人と、何らかの感情を共有をして、映画を見ている気になった。 落語じゃないけれど、笑いとばすって、楽しいし、気持ちが自由になる。 お風呂場に手すりがつくようになったり、タイルがはがれたままになっていたり、息子は、親の老いを実感をする。 また、人生や小さい頃のことは、巻き戻せない。 息子は、て゜きの良かった兄のことを両親が自慢に思い、期待をしていたことと自分のことについて、いまだにうまく折り合いがつけられない。 大人になっても、逆に大人になっているからこそ、感情をひきずっている。 相続の事件を担当をすると、親と子、兄弟姉妹の間のとてつもない長い物語とそれぞれの悲しみや恨みや喜びや自負やわだかまりや嫉妬を感ずることがある。「おかあさんは、おにいちゃんばっかりかわいがって。」とか。 時計の針は、巻き戻せない。 原田芳雄と阿部寛と夏川結衣の連れ子の3人の男が、散歩に出かける。 ゆっくりとしか歩けない原田芳雄。 阿部寛は、携帯電話をかけるふりをして、父親が追いつくのを待つ。 やさしい息子。そんなさりげないことしかできないし、頑固者の父親とたまに会っても、口論をしてしまうのだ。 3人で散歩をしたからこそ、歩道橋を渡って、長男が亡くなった海に行く。 子どもや新しい存在は、何かを未来に向かって変えてくれる。 わたしも、両親や姉に会うと、その後、もうちょっとこう言えば良かったとか、もっとやさしくすれば良かったとか、あれこれ批判めいたことは言わなければ良かったとか、いやもっと踏み込んで言って、逆に力になるべきだった、次はそうしようなどと軽く後悔をする。 多分、むこうもそうだろう。 家族は、何かが多すぎて、何かが足りない。 家族のいいところ、すごいところ、面倒くさいところを実にうまく描いている。 親しい、仲のいい人と、その人の家族について、話をしたくなる。 家族の話をすることは、その人のことを、もっともっと知りたいということでもある。 この映画には、「人生は、いつもちょっとだけ間にあわない」というコピーがついている。 間にあわないと思わずに生きていきたいな。 是枝監督の映画は、「誰も知らない」など、生きている人間に対して、謙抑的な愛情に満ちている。 |
「いのちの砂時計」
2008 / 08 / 12 ( Tue ) 8月12日(火)
共同通信の知り合いの記者が送ってくれた本を繰り返し、繰り返し読む。 「いのちの砂時計ー終末期医療はいま」(共同通信社 社会部、日本評論社刊)。 笑顔の写真などに救われる。 わたしは、宮崎にいる父が病気で、母が看病をしている。 人間のいのちが有限であることをようやく実感として感じるようになった。 初めて、親の老いを感ずるようになったからである。 自宅で看るのか、そうでないのか、自宅以外だとしたら、病院がいいのか、ホームのほうがいいのか、嚥下障害が起きていて、食べ物をうまく飲み込めないのだが、管を通して栄養を補給したほうがいいのか、そうしないほうがいいのか・・・・・。いろんな場面で、選択を迫られる。 母と姉とわたしの3人で、電話で話をしたりして、決めてきた。 姉とは、父と母の意思を尊重をすること、特に、母が決めたことについて、「ああすれば良かった、こうしたほうが良かったかも。」と後悔をしたり、母にあれこれ言うのはやめようと決めた。 父と母に対して何ができるか。 それにしても、両親の近所に姉の家族がいて、姉とわたしは、いつでも相談ができるので、ずいぶん気が楽である。 この本のなかで、山脇絵里子記者が、「所得が低くても介護する家族がなくても、だれもが幸せな最最期を迎えられる。そんな社会を、わたしたちはどう築いていけばいいのでしょうか。」と書いている。 政治の場面で、特に、厚生労働委員会で、医療について、社会保障について、議論をし、また、全国のいろんな現場を歩き、話を聞いてきた。 そして、この本を読んで、もっともっといろんな人と話をしてみたい、現場にいきたいと思った。 「そんな社会を、わたしたちはどう築いていけばいいのでしょうか。」というのは、みんなにそして、国会に投げかけられている。 わたしは、せっかく厚生労働委員会や予算委員会に所属をしているので、「いのちの重さ」を大事にする社会を作るために、がんばりたい。 |
久保田真苗さん、逝く
2008 / 08 / 12 ( Tue ) 8月11日(日)
今日は、久保田真苗さんのお葬式に行く。 久保田さんは、労働省の役人をつとめた後、社会党の議員になり、細川政権のときに、経済企画庁長官をつとめられた。 1995年に、議員は引退をされたが、その後、いろんな活動を一緒にしてくださった。 特に、憲法を愛する女性ネットで、いろんな活動をされ、よく社民党本部で、発送作業などをされていた。 5月3日の憲法記念日の街頭演説をはじめ、いろんな街頭に一緒に立って、演説をしてくださった。 きさくで、えらぶらず、そして、わたしは、いつも「がんばっていますね。」と静かに励ましてもらっていた。 亡くなられて、寂しい。 お葬式で、挨拶をした。 「久保田真苗さん、本当にありがとうございました。」と、社民党を代表をして、追悼の意と感謝を表明をした。 お葬式fは、香典も供花も辞退をされ、無宗教で、読経もなく、戒名もないものであった。 久保田さんは、大臣経験者でいらっしゃるけれど、勲章はすべて辞退。 心のこもったお葬式で、ちっともえらぶらなかった久保田さんのお人柄をあらわしていた。 久保田さんのモットーは、「おいしいものを食べて、笑顔で!」というものであったそうだ。 わたしもモットーにしたいなあ。 おおらかで、穏やかで、優しかった久保田さんの冥福を祈ります。 |
スカイ・クロラ
2008 / 08 / 10 ( Sun ) 8月10日(日)
「スカイ・クロラ」 押井守監督、声・菊地凛子、加瀬亮、谷原章介 アニメというよりも、実写を感ずる大迫力。 戦争や平和や生きるということをアニメを見た後、ずっーと考えている。 「ダーク・エンジェル」や「ブレード・ランナー」を思い出し、また、特攻隊のことも思い出した。 世界は、平和になり、もはや「ショーとしての戦争」しか存在しない。 戦争は、国家と戦争請負会社のためのショーとしての戦争になっている。 戦争請負会社は、ある意味ぐるで、終わりのない戦争をしている。 力が均衡したほうがいいのだ。 公共事業としての戦争。意味のない、終わらせないための戦争。 わたしは、イラク戦争のことを思い出した。 何のためにやっているのは、もはやわからなくなっている戦争。かつてのベトナム戦争みたいに。しかし、ここで、描かれている戦争は、イラク戦争などのように、一般の人たちを空爆をしたり、攻撃をしたりはしない。 「キルドレ」と呼ばれる人たちが、お互い戦闘機で戦い続けるのである。 新薬の精製のなかで、なぜか死なない子どもたちが誕生をしてしまう。 「キルドレ」。16歳から、17歳。それ以上は、成長をせず、戦死をしないかぎり、死なない。 かつての特攻隊や人間魚雷もそうだが、狭い場所に押し込まれ、闘うのだから、小柄で、若くて、柔軟で、純粋で、生活感がなく、子どもなどいないほうがいい。 だからこそ、大人ではなく、しかも永遠の命を持つ「キルドレ」が、終わりのない戦争には、うってつけなのだ。 カンナミ・ユーイチは、基地に、戦闘機に乗ってやってくる。 ここの基地の司令官は、女性のクサナギ・スイトである。 エース・パイロットであったクサナギは、子どもがいると噂され、「キルドレ」のなかでも成熟しており、自分が何ものかわかっており、表に決して出さない悩みも深い。 戦闘機が、撃沈され、ぼろぼろになり、戦死をしたキルドレが、布にくるまれ、担架で運び出されるシーンがある。それを見た一般の人が言う。「かわいそう。」と。それを聞いたクサナギが、切れてしまって、怒って、言う。「かわいそうなんかじゃない。侮辱だ。」と。ひとつのクライマックスのシーンだ。 そんなことを死んだ人間に対して言うなと。 「ショーとしての戦争」を支えているのは、実は一般の人々である。 人々は、かわいそうなどというが、キルドレを必要とし、支えているのである。 おためごかしに「かわいそう」などと言うな。 強い、深い苦しみを持つクサナギ。 強いヒロイン。 キルドレは、戦争の「兵器」である。 戦死をしても、新しい肉体に、癖や、戦闘能力は、引き継がれる。 新しい出会いを繰り返し、愛することを繰り返し、そして、見送り、戦死の報を聞く。 同じ人と愛を繰り返す。 あまりに愛しているので、いっそのこと自分の手で殺したいとさえ思う切ないラブ・ストーリーだ。 カンナミ・ユーイチは、昔の記憶があんまりない。ぼんやりしている。ひちすら優秀なパイロットだ。 名前の優一の通り、ひたすら優しい。 加瀬亮の声に、癒される。 カンナミ・ユーイチは、戦闘機で飛びながら、地上の景色を見て言う。 「いつもと通る道でも違うところを踏んで歩くことができる いつも通る道だからって景色は同じじゃない」 電車で通勤をするときに、何百回見た景色も、なぜか毎日新鮮で、何か発見がある。 毎日、景色も、人も少しずつ違う。 毎日、何かをプレゼントしてもらえる。 永遠のいのちと言っても、そんな喜びやプレゼントの蓄積だ。 わたしには、この映画は、反戦映画に思える。 そして、退屈で、かわりばえしなくて、どうってことのない、なんとなく手応えがないように思える毎日も、捨てたものではなく、生きるに値すると言ってくれているような気がする。 カンナミ・ユーイチは、最後に、飛び立つ前に、クサナギ・スイトに、言う。 「何かを変えるために、きみは生きろ。」と。 何かを変えるために、きみは生きろということに尽きる。 生きろと言うことだ。 これは、あまりに辛いので、クサナギ・スイトが、カンナミ・ユーイチニ対して、「殺してくれない?」と言ったことに対する返事である。 カンナミ・ユーイチは、ティーチャーを撃沈できただろうか。 殺人マシーンとして、永遠の命を生きるのは、あまりに辛い。 「変えるために、きみは生きろ。」とはどういうことだろうか。 超えられない存在である大人の男であるティーチャーが、いなくなれば、終わりなき戦争が終わるのだろうか。 クサナギ・スイトは、カンナミ・ユーイチと、違う出会いができるだろうか。 それにしても、わたしは、クサナギ・スイトの強さを少しは見習いたい。 |
裁判員制度の見直しについて
2008 / 08 / 10 ( Sun ) 8月10日(日)
8月7日(木曜日)に、社民党は、「裁判員制度の実施に対する社民党の見解」を発表をした。 リンクしている社民党のページをぜひ見てください。 捜査の可視化や証拠開示や代用監獄の廃止などがちっとも進まなくて、3日間で、殺人などの重い事件を終わらせようとするのは、あまりに無理がある。 十分検討をして、冤罪などが起きないようにすべきである。 ぜひ全文を見てください。 |
長崎の平和祈念式典に参加
2008 / 08 / 10 ( Sun ) 8月9日(土)
きのうから、長崎へ来ている。 9日は、長崎の平和祈念式典に参加。 わたしは、党首になって、5年目。 必ず、長崎の平和祈念式典には、参加をしている。 広島市の秋葉市長もいつも参加をしていらっしゃる。 中学校のときの修学旅行は、九州一周だった。 長崎では、原爆記念館に行った。 そのときのショックは、忘れられない。 母親は、終戦のときは、熊本にいたのだろうか。 新型爆弾が長崎に落ちたと聞いて、丘に登ったら、きのこ雲が見えたと聞いた。 たまたま民主党の藤末議員と話をしていたら、藤末さんのおかあさんも、熊本から、きのこ雲を見たそうである。 わたしの、平和が大事、戦争は嫌だ、核兵器反対という思いは、小さい頃からのいろんな積み重ねである。長崎の原爆記念館を見た後は、ずっーと恐怖心がとれなかった。 宮崎空港のごく近くには、赤江飛行場という特攻隊が出撃をした飛行場の跡地があって、今は、慰霊碑があるだけである。当時、沖縄戦にとびたっていったと聞いている。 わたしは、年配の弁護士の人などから、「終戦のときには、宮崎にいたんだよ。」なんていう話を聞いたことがある。 心を込めて、毎年、長崎の平和祈念式典に参加をしている。 今年も暑い夏。 当時、被爆をした人たちは、どんなに暑く、どんなに大変だったかといつも思う。 長崎ではいつも「3発目の原爆が落とされないように。」と言うことが、スピーチで語られる。 広島、長崎、そして、沖縄の6月23日の慰霊式。 毎年の心を刻む式典やみんなの取り組みがあるからこそ、3発目の原爆が落とされることをくいとめ、憲法9条は、かえさせられていないと改めて思う。 とっても大事である。 |
ビルマ民主化を支援するビルマ・パートナーシップのコーディネーター、キン・オーンマーさんが来訪
2008 / 08 / 07 ( Thu ) |
慰安婦問題−世界各国が日本政府の動きに注目している
2008 / 08 / 07 ( Thu ) オランダ大使のフィリップ・デ・ヘールさん(写真後方)も参加された集会で挨拶。
アメリカ下院で、オランダ議会で、日本政府に対して、「従軍慰安婦」問題を解決するようにとの決議が採択されている。日本でも、14回にわたり、「戦時性的強制被害者問題解決促進法案」を提出しているが、討論には至っても、採決には至らず。今後も成立に向けて尽力していきます。 ![]() |
沖縄県宜野湾市議会の皆さんから要請
2008 / 08 / 06 ( Wed ) |
介護現場で働く人たち、介護を受ける人たちの要望を受けました
2008 / 08 / 06 ( Wed ) ケアマネージャーと、介護を受ける方々のグループから要請を受けました。
ケアマネージャーが、所属する事業所のサービスを必要以上に高齢者や家族に勧めなくても済むように、独立性を担保することが大事だという提案を受けました。 また、家族が介護に専念しなければならず、仕事を辞めざるを得ない現状があり、貧困に陥り可能性も高くなるため、介護家族の生活保障にも目を向けて欲しいとの要請を受けました。更に介護に従事する人たちや家族、当事者の皆さんの声を伺っていきたいと思います。 ![]() |
日刊労働通信社主催のセミナーに参加
2008 / 08 / 05 ( Tue ) |
山本きよひろさんの応援に秋田に行ってきました
2008 / 08 / 04 ( Mon ) 次期衆議院選に立候補予定の山本きよひろさんと一緒に街頭演説。
![]() 暑い中、大勢の方々が沿道に集まってくださいました。 お一人おひとりに感謝の気持ちをこめて。 ![]() 「きよひろ&ひろし」を囲んで。 山本きよひろさんと、秋田県議の石田寛さんを囲む集いでご挨拶しました。 ![]() |
宮崎で国政報告会を行いました
2008 / 08 / 02 ( Sat ) |
宮崎から記者会見
2008 / 08 / 01 ( Fri ) |
水戸の玉造さんの「市政報告会」で
2008 / 08 / 01 ( Fri ) |
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