福島みずほのどきどき日記

10月16日参議院厚生労働委員会 議事録です

10月16日(木) 参議院厚生労働委員会 議事録(速報版)

○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。
 まず初めに、菅原晶子補佐官のことについてお聞きをいたします。
 これは、津田理事の方からも午前中質問がありました。厚労省は、労働基準行政を所管しているにもかかわらず、経営者の利益擁護団体から一方的に補佐官を任命するのは問題ではないですか。
○国務大臣(塩崎恭久君) 菅原補佐官は、今朝も申し上げましたけれども、経済同友会の執行役、企画部長等を歴任して、経済政策全般にわたって幅広い知見のある方だというふうに私は理解しておりますし、社会保障あるいは雇用、それから今、安倍内閣としても力を入れている女性の活躍、こういったものについて精通をしている方だということでございます。
 長谷川ペーパーというのが出てまいりましたが、いずれにしても、この方は幅広く行政にも関わってきた、そして問題も幅広かった、公務員制度改革の改革推進本部にも出向していましたし、そういうようなことを私も考えて選んだわけでございまして、特に長谷川ペーパーのことをおっしゃるならば、これは内閣参事官としての仕事としての関わりであって、匿名で何かそれだけやったとかそんなことでは全くないのであって、大臣補佐官としてもバランス感覚を持ってやってもらおうというふうに思っています。
○福島みずほ君 今、長谷川ペーパーをおっしゃいましたが、長谷川ペーパーの作成に関わったということはお認めになられるわけですね。
○国務大臣(塩崎恭久君) つぶさに聞いておりません。そういうところに着目をして私は選んだわけではございませんので。
○福島みずほ君 今、長谷川ペーパーの話がありましたが、整理解雇四要件を否認し、金銭による解雇容認を打ち出すなど、物すごい長谷川ペーパーについては非難が出たわけです。厚労省の中からも非難が出たというふうに私は理解をしております。
 ですから、長谷川ペーパーの作成に関わった人間が何で労働行政をやる厚生労働省の補佐官なのかと。社会民主主義の立場で、労働者のためにやるのが厚生労働省でしょう。これが経産省とか別のところだったらちょっと違います。でも、厚生労働省の補佐官になぜ長谷川ペーパーに関わった人間がなるんですか。全く不適任だと思いますが、どうですか。
○国務大臣(塩崎恭久君) 全く当たっていないと思います。
 そもそも長谷川ペーパーというのは、産業競争力会議の民間人のペーパーであります。菅原さんは内閣参事官として仕事をしていたわけでありますから、民間議員が出してくるペーパーとこの内閣の参事官とは全然別物でありますから、民間の方がどういうプロセスで作ってきたかは、民間の方に聞いていただいた方がいいと思います。
○福島みずほ君 長谷川ペーパーに、じゃ、作成に関わっていないということですか。
○国務大臣(塩崎恭久君) 公務員でありますから民間人ではございませんので、民間人のペーパーを出してくるときは民間人の方がお作りになるわけであります。
○福島みずほ君 ただ、発言や中身や今までやってこられたことを考えると、私は、やっぱり労働省に期待しているんですよ、労働者のために頑張ってくれと、本当に。ですから、何で規制緩和やったりこういうことに関わった人間が補佐官なのかと。これ、塩崎さんにとって汚点になりますよ、と私は思います。
 というか、あるいは塩崎さんがこれから労働法制、規制緩和やるという宣戦布告をこの厚生労働委員会にしていらっしゃるのかとも思いますが、これは是非やめていただきたいということを冒頭申し上げます。
 私も泉南アスベストの問題についてお聞きをいたします。
 私は、上告人兼上告受理申立人らからの最高裁判所裁判官への手紙を読まさせていただきました。大臣、聞いてください。
 私の主人、まあ夫のことですが、佐藤何がしは三十二年間アスベストの仕事をしてきました。家族のため一生懸命働いていたと。私は怒りで胸がいっぱいです。私たちの原告の中には、明日をも知れぬ命、生きるのに精いっぱい、やっとの思いで生きております。この命があるうちに、一日も早い解決を願っております。泉南アスベストが提訴して八年になります。一緒に行動を共にした仲間が十三名命を落としました。それぞれが早期解決を願って一生懸命裁判に立ち向かいましたが、残念でなりません。今、十四名亡くなっていらっしゃるわけですね。石綿工場で二十年間働きました。現在病気で、治る薬もなく、治療法もありません。酸素チューブに付けられた私は何をするにも気持ちが晴れることはありません。一つ望むことは、私が生きている間に解決をしてほしいということです。よろしくお願いします。毎日苦しい日を過ごしております。被害者には時間がありません。一日も早く解決してください。明日という日もありません。
 抜き書きですが、多くの皆さんたちのこの一日も早く何とかしてくれというのを、大臣、聞いていただきたい。私も、是非会って、この生の声を聞いて、やっていただきたい。いかがでしょうか。
○国務大臣(塩崎恭久君) これは先ほど申し上げたとおり、この今回の裁判の判決は本当に国にとっては重たいわけでありますし、申し訳ない気持ちで、原告の皆様方にはそういう気持ちでございます。ですから、なるべく早期解決をということでありますが、それはもう共通の認識でありまして、先生も御存じのように、行政としての対応には、いろいろなことを考えて協議をした上で結論を出すということをやらなきゃいけないときもございますので、できる限り今は早期に解決ができるように努力を今しているところでございます。
○福島みずほ君 早期解決のためにも、是非直接原告たちに会って謝罪をしていただきたい。いかがですか。
○国務大臣(塩崎恭久君) そのことはさっきやはり申し上げたとおり、様々なことを考えた上で何ができるのかということを今協議をしているので、その中身を固めてからいろいろなことを考えていきたいというふうに思っております。
○福島みずほ君 大臣、これ最高裁で確定したわけですよね。最高裁がこんなに国の責任を全面的に認めたというのは、やっぱりこれはなかなかのことだと思います。
 アスベストは、社会党時代、私はそのとき党員ではありませんでしたが、アスベスト被害について外国では明らかになっていたので法案作ろうという動きがあり、しかし産業界から物すごく圧力が掛かって、結局それは成立をしませんでした。もっと早く、もっと諸外国並みに、もっと早く国会が、行政が手を打っていたら、これほどまでに広がらなかった。つまり、これ以上時間を費やしても被害の救済が遅れるばかりで、何にもないんですよ。とにかく遅らせれば遅らせるほど被害の救済が遅れるだけで、国の責任はもう認められているわけです。
 差戻し審は、これは勝訴を前提に解決金の策定のために和解をやる、やれという差戻し審ですよね。だとすると、もう勝訴は分かっているわけで、あと金額の問題のわけです。だとすると、差戻し審の審理を待ちましょうではなく、これもまとめて行政として、厚生労働省として解決する、それを是非やっていただきたい。もう時間の猶予はないんですよ。差戻し審でやっていただく、それはもうそんな時間ないんですよ。いかがですか。
○国務大臣(塩崎恭久君) 先生の今のお言葉も受け止めて、しっかりとやっていきたいと思います。
○福島みずほ君 しっかりやっていくという中身は、早期に解決するということでよろしいですか。差戻し審で和解の判決が出て、勝訴というのが出ることではなく、もうこれは泉南アスベストを解決する、これに伴うことで、基準がもう分かっているわけですから、前提に一括して解決する、一日も早い解決をということに応えてください。いかがですか。
○国務大臣(塩崎恭久君) 先ほど来申し上げているように、早期解決という気持ちは何も変わっておりませんので、その気持ちで今整理をしているところでございます。
○福島みずほ君 じゃ、差戻し審での和解が出る前に解決する、それはよろしいですか。
○国務大臣(塩崎恭久君) 今私が申し上げたとおりであって、今鋭意検討をしているということでございます。
○福島みずほ君 厚生労働省がイニシアチブを是非発揮していただきたい。つまり、これはもう司法判断が出ているわけですから、延ばして何か、何というか、経費節減になるとかいうことではなくて、要するにもう決断して解決するというしかないんですよ。延ばしたからといって何かその分安くなるとか払う税金が少なくなるという話ではなく、今こそ解決すべきだ。塩崎さん、大臣になったわけですから、やってくださいよ。どうですか。
○国務大臣(塩崎恭久君) 先生のお言葉もしかと受け止めて考えていきます。
○福島みずほ君 重く受け止めるという言葉を重く受け止めて、というか、大丈夫ですか。差戻し審じゃなく、やってくださいね。どうですか。
○国務大臣(塩崎恭久君) 繰り返し申し上げておりますけれども、でき得る限りの早期解決を図っていきたいというふうに考えておりますので、その言葉を受け止めていただければと思います。(発言する者あり)
○福島みずほ君 自民党の席からも、頑張れ、塩崎という声がありました。超党派でも頑張っていきたいと思いますし、これ、時間を稼いだからといって改善することはないんですよね。もう一刻も早い解決をきちっとやるしかない。それで是非よろしくお願いします。
 次に、ビキニ環礁の被爆の問題についてお聞きをします。
 というのは、一九五四年、ビキニ環礁、そして、このときに実は千隻の船、二万人近い日本人の人たちがここを実は行き来していた。福竜丸の展示館にも行きましたが、福竜丸だけではありません。
 六十年前、米国には外務省から資料が行っていた。そして、日本では、国会の中で質問されても、資料はありませんと言っていた。しかし、六十年ぶりに厚生労働省から資料が出てきた、外務省からも出てきました。私は、これは本当に何で今まで出てこなかったのか。六十年前、なぜ外務省、厚生労働省、公表しなかったんでしょうか。今日は外務省にも来ていただいています。なぜですか。
○政府参考人(中村吉利君) 外務省が保有する行政文書を確認をいたしましたところ、一九五四年の三月、米国によるビキニにおける水爆実験の後に、我が国は米国との間で補償に関する協議を開始をいたしました。その過程で、補償額算出の検討のために関係省庁が作成をいたしました損害規模に関する資料を米国に提供していたというものでございます。作成元は関係省庁ということとなってございます。
○大臣政務官(橋本岳君) 厚生労働省としてのお答えをさせていただきます。
 御指摘をいただきましたように、昭和二十九年、ビキニ環礁での核実験がございまして、厚生労働省では、ビキニ環礁近海で操業していた漁船につきまして、漁船員、漁獲物、船体の放射能検査を行っております。
 放射能検査の結果をその本人に知らせたか否かという記録はございませんが、当時の通知によりますと、頭髪そのほかの部分から一定の放射能、具体的には、二週間被爆した場合に換算して約〇・八ミリシーベルトという、現在の国際基準から見ても低い水準を超える放射能を検知した場合などには、本人に対し、専門家による精密検査の上、その結果に基づき指導を行うほか、医療機関において血液検査そのほかの精密な医学的検査を受けるように勧奨するという通知を出しております。
 したがいまして、このように、当時、検査、検知の結果に応じまして適切な医療的な対応をその御本人に講じていただくようにされていたのではないかというふうに考えております。
○福島みずほ君 厚生労働省も外務省も、なぜ当時、六十年前、資料を公表しなかったかが答弁がありません。
 外務省はアメリカには資料を渡したんですよ。でも、なぜ日本の国会で資料がないと言ったんですか。おかしいじゃないですか。
○政府参考人(中村吉利君) 当時、国会でどのような議論が行われていたか今明らかではございませんので、それは調べて、またお答えを申し上げたいと思います。
○大臣政務官(橋本岳君) まずもって、これまで資料の存在が確認されていなかったということは誠に遺憾だというふうに考えております。これまでその文書の存在が確認できないというふうにしていた背景には、御案内のとおり六十年近く昔の資料であって、徹底的な捜索を行わなかったことにもあるのだろうというふうに思っております。
 また、御指摘の政府委員の答弁につきましては、昨日質問いただいた後でいろいろ資料も調べたというふうにございまして、恐らく、質問の事前通告を受けて短時間で資料を捜索して、その結果に基づいて答弁をしたため、そのような答弁になってしまったのであろうというふうに考えております。
 重ねてになりますが、ただ、今回改めて徹底的に捜索をさせていただいて、それこそ茨城県の外部倉庫まで行って見付けた資料なども含まれて今回公開をしたということがございます。そのようなことで、今回、これまでの資料が存在を確認されなかったというふうにしておりましたことは大変遺憾だと思っておりますので、今後、同様のことが生じないように、古い資料に関する公開の求めに対しましてはしっかり対応してまいりたいと、このように考えております。
○福島みずほ君 厚生労働省は、国会の答弁で、そういう資料はないと言っていたんですよ。質問通告が直前だったから、過去の国会で調べることができなかったと言うけれど、そういう質問を受けたら、まだ調査中ですと言うか、調べれば出てきた可能性があるじゃないですか。
 六十年前、ビキニ環礁って日本にとっては大きい、大きな問題でしたよ。延べ百隻、二万人の船員、日本全国のマグロ漁や船員さんたちがこれに関わって被害を受けたんですよ。そのことをなぜ当時明らかにしなかったか。しかも、国会で質問されて、ないと言っていたか。理由が、質問通告が前日だからというのは答えにならないじゃないですか。
 厚労省は、なぜそれを今まで明らかにしなかったんですか。
○大臣政務官(橋本岳君) 重ねてになりますけれども、本当に今回、逆に、改めて情報公開の請求をいただきまして、本当に徹底的に調べさせていただいて出てきたものを公開をさせていただいたということでございます。
 ですから、過去の調べが足りなかったというお叱りに対しましては重く受け止めさせていただきたいと思いますし、今後そのようなことがないように取り組んでまいりたいと思っております。
○福島みずほ君 被害は、例えば今回のでも、南太平洋方面就航船舶の放射能検査の結果についてという中で、例えば商船や大型船、指定五港以外の漁船など約四百隻分の放射能検査結果が記載されている。それから、貨物船神通川丸乗員に対する大阪や岩手などでの精密検査の結果が記載をされている。
 血液検査の結果、放射能症を疑われる者四名、放射能症を疑われるが他の疾患もある者三名、他の疾患によると思われるが念のため精密検査を要する者七名、計十四名。乗組員四十九名の健康診断の結果、放射能症状を疑わせる者が七名おり、他に精密検査を要すると思われる者が七名で、これなどは今後長期にわたる観察が必要と思われる。岩手大学。
 これ、フォローアップをきちっとしていますか。
○政府参考人(新村和哉君) お答え申し上げます。
 第五福竜丸のまず被災の船員につきましては、他の漁船の乗組員と比較しまして被曝量が極めて高くなっております。したがいまして、その第五福竜丸の被災船員につきましては、放射線医学総合研究所により健康診断が毎年一回行われております。
 他方、この第五福竜丸以外の被災船員についてでございますが、今回開示した資料全体を集約し、分析した結果を見ますと、当時把握された被曝量は、国際基準、これは国際放射線防護委員会が定めました一事故当たり百ミリシーベルトという基準、あるいは第五福竜丸船員の推定被曝線量、これは千七百から六千ミリシーベルトになっていますが、これに比べて非常に低い水準でございまして、二週間検出されたカウントの線量を浴び続けたとして一・六八ミリシーベルトといったような低い線量であるということ、それから低い水準の被曝量の場合には、当時被曝したことと、その後長い期間を経た現在におけるがんその他の健康状態との因果関係を医学的に評価することは困難であるということから、健康調査の実施については今行っていないということでございます。
○福島みずほ君 二〇一三年、アメリカ公文書館で、例えば船体の基準値を超えた船は五隻となっています。また、沖縄のビキニ事件、一九五三年から六〇年まで八年間にわたり、年間八回ずつ被災海域で操業していたマグロ漁船、銀嶺丸と大鵬丸、この乗組員六十八名がいるんですが、この調査の結果、これは民間で調査を日本でやったわけですが、十七人が四十歳代半ばから五十歳代で死亡し、死因はがんが最も多くて十一人。被害が本当に出ていますよ。
 それで、アメリカからの見舞金があり、八億ほどありましたよね。そのうち、百六十名に見舞金が払われています。少ないと思いますが、数も、でも、その百六十名、見舞金払った人たちのフォローアップを厚生労働省はしていますか。
○政府参考人(新村和哉君) 見舞金を支払って、それを受けた方につきましては、その当時、見舞金を払った方の名簿はあったんだろうと思いますけれども、私ども、その船体あるいは人体等の放射能の検査をして検出をしたその船、それから乗組員、そういった方々については今回徹底的に調査をして資料を出したわけですけれども、その名簿、船の船名なりその乗組員の方の名簿等がやはり十分残っているものではなくて断片的であったということでございますし、その見舞金を受けられた方との関係等についても明確でございませんので、その意味でフォローはされておりません。
○福島みずほ君 結局、福竜丸以外は一切何もやらなかったんですよ。でも、実際は千隻、延べ千隻、二万人以上の船員さんたち、乗組員の人たち、漁民の人たちは、健康で頑丈な人たちががんで亡くなったり本当にしています。それを、民間の人たち、高校生とかいろんなフィールドワークがあって、厚労省はこの六十年間、フォローアップもしなければ何にもやらなかったんです。
 でも、広島、長崎に関しては放射線研究を、例えば広島の放射線影響研究所は、広島、長崎の被爆者の放射線影響を研究しています。染色体異常と歯による被曝の研究は、歯ですよね、継続的に進められており、この研究所は厚労省の研究所じゃないですか。なぜビキニの被曝を厚労省は見捨てたのか。どうですか。
○政府参考人(新村和哉君) 先ほど来、政務官からも御答弁ありましたように、過去十分な資料の調査などもしなかったということがございますし、今回あらゆる方策を講じまして資料を探し出しました。その中でどこまでの事実が分かるかということを調べました結果、先ほどの繰り返しになりますけれども、第五福竜丸以外の被災船員につきましては国際基準に比べても極めて低い放射線量であると推計されるということ、それから第五福竜丸の乗組員に比べても非常に低い放射線量であるということが推計されるということでございます。
 また、がん等の関係につきましても、低い水準の被曝線量、低線量の被曝の場合にはその因果関係について明確にすることは難しいということがございますので、そういった意味で健康調査をするということにつきまして困難ではないかと考えてございます。
○福島みずほ君 厚労省はひどいと思いますよ。
 広島、長崎があって、福竜丸があって、ビキニの環礁の被曝があったわけで、それについてきちっとフォローアップすべきですよ。船員さんたちは、なぜ健康が悪くなったか分からず、黙って亡くなっていった人もたくさんいるわけです。六十年間放置していたんですよ。低線量被曝が影響ないなんて何で分かるんですか。みんな海水でお風呂を浴びているし、泳いでいるし、マグロを食べているし、そうなんですよ。そして、服などは洗っているから、それを放射線量が低いからといって被曝していないとは言えないし、むしろ四十、五十、六十で症状が出てくるからきちっとフォローアップすべきじゃないですか。それを六十年間やらなかったんですよ。こんなことをやっていると、今、福島の被曝でも低線量被曝、大したことないなんてなったら本当にこれは困ると思います。
 とりわけ外務省は、当時アメリカには資料を提供しながら日本では公表しない。厚労省も、資料を持って結果があって、少なくともそれを公表すべきじゃないですか。みんな福竜丸しか被曝していないと思っている人もいるかもしれませんが、全国的に被曝しているんですよ。大きな被曝があります。
 これについては、なかなか、歴史、六十年たっていますが、今からでも遅くない、何かやるべきだ。大臣、いかがですか。
○国務大臣(塩崎恭久君) 先ほど橋本政務官から御説明申し上げたとおり、こういった資料が出てこなかったというのは極めて問題だったと思います。
 さらに、今御指摘の点について、今局長から説明したように、当時の判断としては線量としてははるかに国際基準よりも低いという判断でそういうことになったんだろうというふうに思いますが、今日、先生、そういう形で問題点、指摘をいただきましたので、持ち帰ってまたみんなで検討してみたいというふうに思います。
○福島みずほ君 実際みんな症状が出ているというか、そういう分析が情報公開の結果出ているじゃないですか。少なくとも六十年間、全くフォローアップすらしなかったというのは問題ですし、それから、当時資料があったんであれば、やっぱり情報公開、国民にすべきだったというふうに思っています。
 たくさん質問したかったんですが、もう時間ですので、是非これは、広島、長崎も重要ですが、ビキニ環礁における日本の国民、ほかの人たちもそうですが、大量被曝の問題についても、福島の問題もありますし、しっかりやっていただきたい。今大臣が持ち帰るとおっしゃったので、是非また議論をさせてください。よろしくお願いします。
 質問を終わります。
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