福島みずほのどきどき日記

「シン・ゴジラ」と「君の名は。」を 見て

ネタバレしているので、映画を見てから読んでください。

「シン・ゴジラ」と「君の名は。」を 見て。
「シン・ゴジラ」と「君の名は。」の映画を見たとき、2011年3月11日の東日本大震災、東電福島原発事故を経て、このような映画ができたのだという感慨を持った。
重い大変な体験を経て、このような映画が誕生したのだという感慨である。命を救いたいということである。命を救うために何でもしようということである。原発事故などたくさんだということである。
「シン・ゴジラ」で、ゴジラが動くときに、放射性物質が出て、これについて、赤、黄色などの放射性物質の色分けの地図が出る。これはまさに東電原発事故のときに見たものである。
東電福島原発に、「キリン」と呼ばれる首の長い重機で、海水を注入し続けることがあった。見ながら、ああ、何とかして、原発を静めてくれと思った。
ゴジラに、「キリン」のような重機で、凝固剤を注入し続ける。人間が作り出した放射性物質に人間たちが復讐される。それを何とか食い止めたい。命を救いたい。

「君の名は。」では、東京の高校生と岐阜県の女の子の意識が時々入れ替わる。
何のために。時空を超えて、時間軸を歪めても、命を救おうと努力する。村に突然災害が起きることを何とか食い止めたい。
意識が入れ替わっている相手を含めて、多くの人を救いたい。そのためには何でもするということである。
豊かな自然。豊かな当たり前の生活。村のお祭り。それが根こそぎ奪われるのが、災害であり、原発事故である。
津波や震災、原発震災を繰り返し思い出す。未来をわたしたちはどう作るのか。
命以上に大事なものはない。自分の命も大事だが、自分の愛する人々、そして、すべての人々の命が大事。
あまりに苛酷な体験を経験したわたしたちは、脱原発、災害防止、災害被害をなくすということに全力をあげるべきではないか。ゴジラは、建物を壊し、街を壊し、人々の生活と命を奪うが、ゴジラこそ人間が作ったものである。
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