福島みずほのどきどき日記

オバマ大統領の就任演説

1月21日(水)
 オバマ大統領の就任演説には、心打たれた。
 テロとの戦いを言っており、アフガニスタンでの戦争が激化するのではないかと大変危惧をしており、この点だけは、問題だと思っているが。武力の行使で問題が解決をしなかったことは、ブッシュ政権が立証をしたことであり、イラクから、アフガンへ戦闘の場面が移るだけではないかと心配をしている。
 しかし、それ以外は、本当に心打たれるものである。
 演説は、ひとことで言えば、社会連帯を言っているのだと思う。
 「富裕層を優遇することだけでは国家は長く繁栄できない。」
 「貧しい国の人々に対しては、農場を豊かにし、清潔な水が流れるようにし、飢えた体と心をいやすためにあなた方とともに働くことを約束をする。」
 
 堤防が決壊をしようとしているときに、見知らぬ人を助ける気持ちの、子ども育てる親の意思など、人を思う気持ちへの言及がある。
 アメリカの社会をぎすぎすして社会から、あたたかい社会に変えたいという思いが、大統領にあり、そのことを人々によびかけている。
 わたしは、新自由主義への決別を見る。新自由主義から、社会民主主義へ。 
 ヨーロッパの社会民主主義政権の政策と近いものがある。
 核兵器の廃絶を謳っている。
 原子力発電のげの字もなく、太陽光や風力発電など、自然エネルギーへの言及があり、環境問題を重視している。

 パラダイムシフト、社会の仕組みを変えること、社会のなかの構成員が、人間らしく尊厳を持って
生きられる社会にするために、国民一人ひとりが、その決意を持とうと呼びかけている。
 「わたしは、こうします。」「わたしに任せてください。」ではなく、一人ひとりに一緒にやろう、メイフラワー号に乗って新天地を求めた先人たちの苦労や思いに誇りを持ち、大変な道のりをともに他者を思い、進んでいこうと呼びかけている。
 重大な歴史の瞬間に立ち会いたいとワシントンに集まった人々も、主権者として、政治に責任を持とうという気持ちが強くなっているのではないか。
  
 私たちという言葉が、まさに、一緒にやろうという気持ちのあらわれであると実感できる。
 わたしは、わたしたちと言う言葉をあまり使わないようにしようと思ってきたところがある。
 「我々は」というアジ演説、「わたし」があまりなくて、突然、「わたしたち」となることへのかすかな違和感からであった。簡単に、わたしたちと言って、十把一からげにしてしまうのはどうかといった。
 わたしたちの前にわたしはこう思うということが大事にされなくてはといったような。
 
 しかし、この「わたしたち」というのには、主権者である国民すべてに呼びかけているという実態や実感がある。

 もちろん、今後、日本の基地問題がどうなるのか、アフガン情勢がどうなるのかなど、懸念材料は、いっぱいある。
 世界一の軍事大国の大統領なのだから、これから、どのような政治が具体的に行われるか、眼をこらしていく必要がある。
 しかし、演説には、普遍的な価値があり、連帯、共生、他人事ではない、他者への深い物思い、様々な困難のなか、いろんな思いをかかえて、働き、日常生活を送っている人たちに心寄せ、そのための政治をやろうとしていることなど、共感をすることでいっぱいである。

 社会連帯こそ、今の日本で必要なことである。 

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