福島みずほのどきどき日記

「政治災害」に立ち向かう

 1月2日夜、私は厚生労働省の講堂にいた。260人の人たちが布団を敷いて休ん
でいる。 この光景、どこかで見た記憶がある。そうだ、地震などの被災地の体
育館の風景に似ている。地震の被災者の人たちは家族単位でまとまり、この「派
遣村」で休んでいる人たちは、男性の単身者たちという違いはあるけれど…。

 地震は「自然災害」なのに対し、派遣切りを含めた雇用の劣化はまさに「政治災
害」だというということをあらためて痛感する。政治が生み出した「雇用破壊による
被災者」が目の前で布団を敷いて寝ているのだ。

 政治災害と言うには理由がある。度重なる派遣法の改悪、労働法制の規制緩和に
よって違法なことを合法にしてきた。2003年、小泉政権下、製造業についても派遣を
可能にした。大企業の大工場の現場で、派遣が爆発的に増えたことはご存じの通りで
ある。

 景気が悪くなると問答無用で首を切られた。真っ先に。契約期間の途中でも切られ
る。明日、仕事があるかどうか分からない過酷な働き方である。グッドウィルやフル
キャストといった日雇い派遣の問題に取り組んできたが、今回よく分かった。派遣
は、みんな「日雇い」ではないか。派遣切りに遭えば、明日の雇用も保障されない。

 派遣村の湯浅誠“村長”が書いた「反貧困」(岩波新書)という本がある。彼はこ
こで「すべり台社会」ということを書いた。社会に「溜(た)め」がなくなっている
社会のことだ。そのことを今、本当に痛感している。

 派遣切りに遭うと一挙に仕事と住まいを失い、路頭に迷うのである。派遣村には、
茨城から歩いて来た人がいる、所持金が全くないという人たちもいる。神奈川で派遣
切りに遭って、自殺を図り、助けられて、お巡りさんと一緒に来たという人もいる。

 1月5日で日比谷公園の派遣村はなくなったけれども、ニュースでちらっと見て、群
馬から自転車でとにかくやってきたという人もいる。社民党の県連合などには、電話
がいっぱい今もかかってくる。「派遣村」の功績は、貧困や派遣切りの実態をとにな
く「可視化」したことである。

 政治の動きも急ピッチである。参院では「雇用と住居など国民生活の安定を確保す
る緊急決議」を何とか全会一致で行った。民主党は今まで60日以下の日雇い派遣を禁
止するという案であった。そこで社民党は、民主党に働き掛けて、専門職に派遣を限
定し、製造業については派遣を認めないという法案を提出したいと奮闘をしている。
野党だけでなく、与党にも働き掛けたい。歴代首相は、今まで私が非正規雇用の問題
について質問をすると、「多様な働き方」と答弁をしてきた。その責任を取ってもら
いたい。

 私は「派遣村」で力をもらった。勇気をもらい、励まされた。それは「分かち合
い」「助け合い」「支え合い」の姿からだ。

 大分キヤノンの派遣切りに対して、地元では匿名で100万円カンパしたり、また、
高校生たちが街頭でカンパ活動を繰り広げたりということが起きた。「人ごとではな
い」。そんな気持ちが広がっている。「連帯」を具体的な成果にと、政治の場面で頑
張りたい。

【共同通信社会員情報誌「KyodoWeekly」01月26日より】


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