福島みずほのどきどき日記

どんな社会をめざすのか

2月23日(月)
 どんな社会をめざすのか。
 
 新自由主義、アメリカ一極支配は、遂に、破綻をした。
 新たな価値観として、登場をすべきは、この新自由主義と対極にある社会民主主義である。
 
 税金を国民のために使うという考え方であり、社会のなかで、みんなが、できるだけ安心をして生きられるようにするということである。

 オバマ大統領は、就任演説で、「富める者ばかりを優遇をする国家は、長続きしない。」と述べた。その通り。アメリカは、1%の人口の人が、20%の富を独占をする社会となっていた。
 国民皆保険はなく、医療にかかるのに、べらぼうな金額がかかる。
 ベビーシッターを頼むのも大変で、公立の保育園は、充実をしていない。
 
 社会保障が充実をしている国ほど、刑罰は、厳罰化しないというデータがある。
 逆に、社会保障が充実をしていない国ほど、厳罰化をするということである。

 アメリカは、犯罪件数は、増えていないにもかかわらず、受刑者の数が、爆発的に増えた。
 1990年第は、100万人だった受刑者が、いまや200万人台。

 社会保障が充実をしているから、人に対して寛容になるのか、人々に対して、寛容なために、社会保障が充実をするのか。
 どっちが先かわからないけれど。
 
 今、不況で働きたいと思ってても、なかなか保育園の空きがないという話を今日も聞いた。
 わたしも、保育園をさがすのに大変で、学童クラブに入れてもらうために、孟母3遷の教えではないけれど、学童クラブの近所に引っ越した。そして、はいれるかどうかの面接のときは、非常に緊張をしたものだ。はいれなかったら、子どもが、小学校から帰って、しばらく大変である。

 先日、20代の人たちと話をした。
 男性たちも、子育てをしたいと言っていた。

 いろんな価値観、いろんな人生があっていいけれど、多くの人は、仕事もして、子育てもして、家族やプライベートも大切にして生きたいと思っているのではないだろうか。
 特に、若い男性たちと話をしていると、出世をしたい、偉くなりたいというよりも、それこそ、ワークライフバランスを大切にしたいという人たちに会うことが多くなった。

 わたしも、子育ては、本当に楽しかった。
 
 中学校のお弁当を作りながら国会に通い、国会の合間に卒業式やいろんな行事に参加をした。
 
 どこかに理想の国があるとは、思えないけれど、フランスで、出生率が上がっているとか、スカンジナビアにおける福祉の充実を見ると、ヒントはあると思えてくる。
 ヨーロッパは、大学の授業料はただで、デンマークは、デンマーク国籍の学生には、7万円くらい生活費をくれる。

 スウェーデンは、むしろいったん社会人になった後、大学に行く人が多いという話も聞いた。確かに。いったん社会に出てからのほうが、いろんな勉強をしたくなる気持ちはわかる。
 経済的なことを理由に、高校進学や大学進学をあきらめなくてもいい社会のほうがいい。
 今は、国立独立行政法人の授業料だって、54万円。
 なかなか高くなっているし、市立大学は、補助が出ているけれど、授業料が高くて行けないという子どももいる。
 もちろん、奨学金はあるけれど、みんながもらえるわけではない。

 多くの人が、望んでいることは、そんなにどえらいことではないと思う。
 安心して、働き続け、望めば、子どもが持てて、病気になっても安心して、病院に行くことができ、そして、安心して、年がとれるということである。

 社会保障が救貧ということだけではなく、ごく普通の人たちもちゃんと享受できるということも重要である。
 だからこそ、人々は、税金を払おうという気になるだろう。

 国会にいると、道路特定財源ひとつをとっても税金の使い途としておかしいということが数多くあった。
 様々な税金の使い途について、資料を出せと行政にせまるのは、本当に根くらべである。しつこく言わないとなかなか明らかにしようとしない。
 こちらから見て、おかしい、むだだということは多く存在をするし、公共事業のチェックは、本当に必要である。
 社会民主主義というと、言葉は、固いが、国民のために、税金を使えということである。
 ヨーロッパは、1970年代に、大規模公共事業から、教育や福祉、医療、社会保障に転換に転換をするということをやった。
 いわゆる公共事業よりも、教育や医療、福祉のほうが、雇用創出になるというデータもある。

 日本は、もう少し早く転換をすべきだったのではないか。

 それを阻んできたのは、既得権益である。
 しかし、何ごとも遅すぎるということはない。
 税金の使い途を変えることで、社会が変わる。
 わたしたちの住む社会が変わっていく。

 わたしは、多くの非正規雇用の人たちに会ってきた。
 明日が見えない働き方をさせられている人たちに会ってきた。

 いくつも掛け持ちをして、働きながら、子どもを必死で育てている女の人たちに会ってきた。
 つくづく日本の社会は、女性の活用に失敗をしている社会だと思ってきた。

 税金の使い途を変え、社会の仕組みを変えるべきときである。

 多くの人にとって、未来が見えない社会は、不安定だし、活力すらも出ない。
 
 どんな社会に住みたいか。
 多くの人たちが、選択をしたときに、この社会は、大きく変わっていく。
 わたしもそんななかで、がんばりたい。
 
  

 
 

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