地域の切り捨て、地域の疲弊から、地域の再生へー地域切り捨ての政策は許せないー
2007 / 03 / 23 ( Fri ) 3月23日(金)
地域再生を考えるうえで、もう一度「悪夢のサイクルーネオリベラリズ循環ー」(内橋克人著、文藝春秋刊)を読み直す。地方債を発行させたことなどが地方の疲弊を起こしたとの記述にはなるほどと改めて思う。 地方、地域の疲弊は、プロミング化され、地方が切り捨てられるなかで、見事に生じている。政治的に20年くらいかけて、行われてきたことだ。 国鉄の分割民営化をして、地方の鉄道と駅をなくす。公共事業を国ではなく、地域でやらせるために、バンバン地方債を出す。地方は、借金をふやしていく。町村合併をさせていく。3位一体改革という名の3位バラバラ改悪で、地方への交付金と補助金は減らして、税源移譲を少ししか行なわない。結局、7兆円国は地方に流れる金を減らしてしまった。しかも税源移譲は、人口比で行うので、人口の少ない地域は、最低限度の福祉を行うことすら困難になった。蛇口をとめたのだから、地方が疲弊をするのは、当然だ。 地域から、病院や学校がなくなり、駅と鉄道がなくなり、営林署がなくなり、郵便局がなくなり、基本的な生活が困難となっていく。 第1次産業は、切り捨てられ、大店法によって、郊外に大きな店舗ができると、従来の名店街はさびれていく。駅前が、閑散としている県庁所在地がいかに多いか。大型店舗が、経営難を理由に撤退すると、地域には、店がなくなっていく。 中小企業の倒産は、続いている。 工場が地域に進出しても、そこで募集されるのは、正社員ではなく、期間の定めのある契約社員ばかりである。地域における雇用の安定にはつながらない。 義務教育の国庫負担が、2分の1から3分の1になり、これまた人口の少ないところは、財政の面で苦労をする。 公立病院の民営化で、医師の偏在にも拍車をかける。地域から、病院が撤退をする例もある。 昔から、東京一極集中ということはあった。 しかし、いまは、明らかに地域切り捨ての政策がとられている。 青森、秋田、徳島、宮崎、沖縄のタクシーの運転手さんの年収は、200万円を切っている。 タクシーの台数の規制緩和の結果、地方都市のタクシーの運転手さんの年収が、特に下がっている。 年収も地価も有効求人倍率もそのなかでの正社員の割合も地域格差が生じている。 |
|
| ホーム |
|
