福島みずほのどきどき日記

政策と権力

 12年前、社民党党首だった土井たか子さんに、参院議員の候補にならないか
と誘われた。「わたしは気が弱いので、政治家には向きません」と答えると、土
井さんは黙っていたが、「そんなことはないだろう」と思っておられたのかもし
れない。

 そして、次にわたしが「一日、一日楽しく、気持ち良く生きていきたいと思っ
てきました。しかし、政治家になったら、一日、一日楽しく、気持ち良く生きて
いくということができなくなるような気がするんです」と言うと、土井さんはし
ばらく黙っていた後に、こう言った。「毎日、毎日楽しくというわけにはいかな
いけれど、やりがいを感じるときはあります」。

 こうしたやりとりがあって、わたしは立候補を決意し、参院議員になった。時
々、土井さんの言葉を思い出す。毎日がハッピーという状態にはなかなかならな
いが、確かにやりがいを感じるときはある。

 わたしは当時、「市民の政策直行便」を掲げていた。民法改正をはじめとして、
市民立法を、政策実現をしたいとの思いがあった。ドメスティックバイオレンス
(DV)防止法策定など、超党派でも活動してきたが、立法、政策実現は政治の
大きな仕事であり、やりがいがあって実に面白い。

 しかし、同時に、政治は権力闘争であるということも痛感している。民主党代
表選は、権力闘争の一種でもある。会社にも、大学にも、団体にも権力闘争はあ
る。権力闘争を見たことがないという職業人は少ないのではないだろうか。

 政治における権力闘争は「ホンモノ」の権力闘争である。わたしは、幹事長、
党首、大臣を経験をしてきた。権力は間違いなく「地位」(ポジション)に付い
ている。どんなに優秀で、素晴らしい人でも、ポジションがなければ、なかなか
権能を振るえない。大臣当時、正直、党首の方が大臣より10倍大変だと思った。

 それは、官僚組織と政党の違いである。官僚組織の中でトップの権限は大きく、
指示を出せば、頭脳として、あるいは手足として的確に動いていく。政策の変更
も、新たな政策を実現することも可能である。

 政治家は権力を取って政策を実現するために闘うのだろう。

 しかし、と思う。闘争のための闘争になっていたり、とにかく自分が権力を握
ればいいのだとなっていたりするのではないか。それでは政治が人々から遠く離
れてしまう。権力を取ることにこだわっていると、与党でなければ政治ができな
いなんて勘違いをもしかねない。

 確かに、与党の方が政策を実現できるが、野党としての大事さもある。社民党
にしても野党としての方が、脱原子力発電のテーマなどをばりばりやっていきや
すいという面がある。与党であれ、野党であれ、その場所で政策実現のため努力
すべきだし、そうできると思う。

 国民不在の権力闘争では、本当に誰のための政治なのか分からなくなってしま
う。

 日本弁護士連合会の宇都宮健児会長が、大逆事件などを担当した有名な布施辰
治弁護士の言葉を集会で引用した。「生きべくんば民衆とともに、死すべくんば
民衆のために」。政治もそうであるべきだし、わたしも心してそう生きたい。

(共同通信社会員制情報誌「Kyodo Weekly」9月6日号より)

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