福島みずほのどきどき日記

樋口健二「原発労働者の実態」対談録

 福島みずほ(以下「福島」)
 今日は写真家の樋口健二さんに、原発労働者や原発は何かという話を語っていただきたいと思います。
 福島の原発事故があって、作業員のみなさんの労働条件は、被曝線量が100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに上がったりと、きわめて問題なんですが、実は40年間ずっと写真を撮られてきたように、原発がクリーンでエコだというのではなく、中央制御室はクリーンに見えますが、本当は地を這うような、あるいは被曝をせざるを得ない労働者を必要として営まれてきたものだというところについて語っていただけますか。

 樋口健二さん(以下「樋口」)
 今回途方もない事故が起きて、被曝の問題に注目が集まりましたね。
 下請け労働者が地下に入って水に浸かって、170から180ミリシーベルトという途方もない線量でベータ線被曝ということで大騒ぎになりましたね。それがちょうど僕が38年間やってきた、原発労働者を追ってきた仕事とやっと結びついた。
 僕は38年前に、大阪の岩佐嘉寿幸さんという人が我が国初の原発被曝裁判を起こしたことを知って、この方が右ひざ内側に約8センチくらいの水ぶくれを起こしてから問題が大きくなってきて、大阪大学病院皮膚科がそれを追究して、最後に診断書に「ベータ線被曝二次性リンパ浮腫」と。
 この診断書を持って彼は国と敦賀原発を相手の戦いを始めたわけですね。ところが、調査委員会というのがすぐ置かれましてね、日本のいわゆる権威者10人が名を連ねて、岩佐訴訟を徹底的につぶす役割をになってきた。
 17年間戦い抜いて、最高裁で全面棄却ということで彼は悲しい人生を終わったわけですが、岩佐さんだけじゃなくて、すでに原発というのは宿命的なものなんですが、労働者を使わないと原発は動かなかった。
 コンピューター室をうまく利用したんですね。推進側が、安全でクリーンで次代を担う原子力で平和利用で、と、これが安全神話を作って国民を洗脳したと思いますね。被曝労働なんてあり得ない、ということだったんです。
 実際には、原発は稼働を始めれば放射能が出るのは宿命的なもので、これが出るから労働者を使わざるを得なかった。事故、故障、あるいは年1回の定期検査では、35万7千キロという非常に小さい敦賀原発ですら、1,000人から1,500人が中に入って点検、補修、いろんな仕事をしたわけですね。これは社員が言うので嘘ではないでしょう。
 この映像を見ていただきたいのですが、このように原発の中は人海戦術が繰り広げられています。これは今始まったことではなく、原発が稼働して以来ずっとです。つまり、人を被曝させて原発が動いている。
 もう少し詳しく言うならば、一番上に電力会社、その下に今原発の本体を作っている東芝・日立・三菱重工、そこには入らないが、関連産業にいる住友と、実は日本の財閥が原子力をやっている、ということです。
 その下に実は差別の構造が明確にできていました。元請はさっき言った大企業、その下に、下請け、孫請け、ひ孫請け、更に人出し業、マスコミはこれを仲介業と言うけれどそれは誤りだと思う。
 その人出し業は暴力団も今入っています。一番象徴的だと僕が思ったのは、1988年の関西電力高浜原発で3人の高校生を使ったケースがありました。これは日本の労働基準法では原発に入れるのは18歳以上なのですが、16歳、17歳2人、どうしてこういうことが起きたかというと、暴力団が彼らの名前も住民票も偽って、定期検査中の2ヶ月を一時冷却系の中に入れています。
 このときは、被曝線量も新聞は発表しておりました。そうしたら労働者の2倍の被曝をしているということがありました。このときは当時の通産省が関西電力に指導をし、二度と起こらないようなことを言っていました。
 ところが2008年、ついこないだですよね、今度は東芝の孫請けが、人出し業、仲介業などというのではなく人出し業が6人の少年を、住民票を偽って作って、放射線管理手帳を作らないとは入れませんからね、そしてこれは7ヶ月、東京電力第一原発、東北電力女川、東北電力東通、で働かせています。
 仕事は、機械の持ち運びとか簡単なことですが、このときに問題にすべきだと思ったのは、労働者として働いた少年達の被曝線量が一つも発表されていなかった。
 これは氷山の一角で、これからは原発が古くなればなるほど原発の中に労働者を突っ込まないとならなくなっているんです、宿命的に。
 コンピューターで動いているというのは真っ赤な嘘で、そういうことを考え合わせて行くと、これから日本の闇みたいな部分がもっと悲しい形で出てくるんじゃないか。
 今回たまたま大事故が起きて、下請け労働者をこれから使わなければなりませんね。悲劇は今始まったばかりだと僕は思います。
 現場の連中は、寝袋かなんかで寝ながら、たいしたものも食べさせられない。でも、一番大きな問題は100ミリシーベルトに上げて、これではとても働かせられないということで一挙に250ミリシーベルトに上がった、これはまさに殺人的な放射線量だと僕は思っています。
 250ミリにどんどん上げていったらガンになるのは常識的なことだから、これを何とか抑えて元に戻す、あるいは50ミリシーベルトが年間被曝線量、ここに戻すようなことをしないと、悲劇どころではなくて、日本の労働界がまさにパンクしてしまうんじゃないかと思っています。

 福島
 高い放射線量は、建屋の中と外もありますし、それから私が国会で質問したら、3月中は2食だったと、それもカロリーメイトや缶詰というものなんですね。4月に入ったら3食になりました。
 でもレトルト食品なんです。せめて弁当くらい出してくれ、と言って、週に何回かお弁当が入るようになったらしいですけれど、でもほんとうに3.11事故の前も後も、働いている労働者の労働条件などほんとにひどい。
 とりわけ、事故があって以降は、シーベルトがバーンと2.5倍にあがってしまって、放射線量を測る計器を持たずに入っていたり、管理をきちんとすべきだということも一生懸命国会で言っているのです。
 ただ、私が皆さんに知ってほしいのは、事故があったから今作業員がひどい目にあっているというよりも、事故の前に、平常時もいろんなときに、たくさんこのように働いている人たちがいて、ロボットではとても代えられない、そして拭いたりいろんなことを含めて、今までも原発の被曝を受けたということで裁判を起こしてそのことを訴えてきた人たちもたくさんいらっしゃるんだということですね。

 樋口
 もう一つちゃんと言っておかなくてはならないことは、70年代から2009年まで、まだ2010年の被曝線量は出ておりませんが、約50万人の被曝労働者が生み出されているということを、日本人は認識しなくてはならないということです。
 (福島:50万人もですか)
 そして、被曝線量が少ないから被曝していないんじゃなくて、原発に入るということは被曝なんだという前提でものを考えないといけない、それから今回テレビで学者たちがいっぱい、人体に影響ないとかほうれん草食って大丈夫とか言ってますけどね、放射線は浴びないにこしたことはないと良心的な人たちは言ってますね、そういうことを考えあわせていくと50万人の被曝者がすでにいるんだと。
 これは長崎・広島に匹敵する平和の中の戦争だと僕は言っているんですが、ここを日本人が再認識しないとならない。これを忘れて平和利用とか安全だとか言い続けていたら、日本人は労働者で本当につぶれていくんじゃないか、やがてそういうときが来るんじゃないか、そういう意味で原発は増設もいけませんし、ましてこれから作るなんてもってのほかだと思いますね。
 政治の世界でがんばって頂かないとなりません。

 福島
 はい、がんばります。

 樋口
 下請けの人たちは高学歴じゃない、差別の構造の中に底辺労働者たちが入っているので、身一つで入ればいい仕事というのが多い。
 一番多いのが、放射能除染作業という、ボロ雑巾で床の放射能をふき取る仕事、あるいはパイプ掃除とか、これを除染作業という。それから、労働者が着る服を洗うランドリー、これも除染になりますが、いろんな場所から放射能を受けてこれを洗うわけです。

 福島
 この服を捨てることはないんですか。

 樋口
 捨てるなんてとても、高いものだそうですよ。そういうことができるんだったらいいんだけどね。
 洗って、放射能半減期になるまでどこか別の部屋に置いといて、ある程度放射能が下がったのを持って来て並べるんだと言ってました。
 そういう作業、それからパイプの補修・点検、溶接、機械類の運搬、ドラム缶詰め(福島:使用済み核燃料の問題ですね)、まあとにかくそういうあらゆる作業が原発内部にあるんだと、ある親方が約300種を越すと言っていましたが、そういうことを考えあわせていくと、クリーンであるとかいうことはおそらくひっくり返っていくでしょう。
 今後、私の本が4冊出ますから、それを参考にして頂けると有り難いですね。私はこれからも真実を追求していきますから。

 福島
 私も福井県美浜原発の定期検査のとき、配管が爆発してだーっと熱湯が出て、5人の方が亡くなられて10数名が死傷されるという現場検証の最中に、美浜の原子力発電所の中に私自身が入りました。
 現場は大洪水の後のような形で、亡くなられたみなさんは下請けの方たちだったんですね。私自身はJCOの事故の現場にも行ったりしましたが、現場をみると原発がクリーンでエコだとは思わない。今回の福島原発事故で、え、そうだったのということもあるけれど、ものすごく原発労働者に被曝させ続けなければいけない原発はもういらないと思います。安全な原発ってないですよね。

 樋口
 ありません。
 断言しましょう。
 原発が安全であったら、僕もどうぞやって下さいと言いたいですね。
 特に、コンピューターで動かしているというようなまやかしの言葉は今後はもうやめるべきですね。
 それで労働者を大切にする国でなければ国は発展しないと思いますよ。そう思っています。
 今度の事故で、マスコミがこの被曝労働に注目した。これは大きいですね。
 今までは、僕がやってきた被曝労働は小さな問題のように扱われてきたわけですが、今回は外国のマスコミが入ったおかげで、まず非常に大きな特徴は私のところに女性誌3誌、女性自身、セブン、週刊女性、これが取材に最初に駆けつけてきたときには、これはすごいなと思いましたね。
 何で知ったの、と言ったら、僕が1995年にイギリスのチャンネル4で「原発ジプシー」という素晴らしいドキュメンタリーを出していて、これがネットに流れていたのを見たと、それと、食べるもの、飲み物、これが女性記者たちの心を動かしたみたいですね。
 新聞、テレビ、共同通信が流したものは垂れ流しですからたいしたものじゃないんですが、ワシントンポストまで来て私を取り上げてくれました。こんなことは信じられないくらいでした。そういう意味で、これから日本の被曝問題が大きく国民の皆さんに伝わって、原発はこれほどたくさんの人をつぶしてまでやる問題じゃない、ということに気づいてもらえればこんなに有り難いことはないと思っています。

 福島
 働いている労働者のまわりに、家族や大事な人たちがいるわけですからね。それは私もとても思います。

 樋口
 そういう意味で社民党は以前から原発にNOを言ってきたところですよ。今、怒りを新たにしていろんなものに屈しないでやって下さい。

 福島
 はい、有難うございます。頑張ります。

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