福島みずほのどきどき日記

石丸小四郎対談「福島で原発反対40年」(6月22日)

 福島
 石丸さん、こんにちは。石丸さんは福島県双葉郡富岡町の方で、福島県の中で福島原発に対して四十数年間、反原発運動をやってきた人です。今日はいろいろ話をしてください。
石丸さん自身は、今回の原発事故をどう受け止めていらっしゃいますか。

 石丸
 私は、今回の事故は人災そのものであると、しかし国と事業者はなんとか、未曾有の天災によってこういう状況になったと、東京電力では、私たちもある意味犠牲者であるなどと不届きな発言をしている人たちもおりますけれども、起こるべくして起こった人災であると言うのが、わたしがみなさんに声を大にして訴えている真意です。

 福島
 人災というのはどういう点でしょうか。

 石丸
 まず第一は原発が13基、女川原発3基、福島原発10基が立地している沿岸というのは、巨大地震の巣の地域であるわけです。過去にも、今まで明らかにされてきた貞観の大地震と津波、そして繰り返し繰り返し津波が襲ってきたというところに13基も原発を作って、しかも40年になる老朽炉であるわけです。皆さん方に言っているのは、あなたの家庭に40年を超えた自動車がありますか、と、40年を超えた農機具は、家電製品はありますか、と。原発だけが、なぜ40年も使い込んだものを許されるのかということ一つとっても人災そのものであるというふうに思っています。

 福島
 まさに地元の地元の地元で、反原発運動を四十数年間されてきたというのは、なかなか厳しい面もあったんじゃないかと思いますが、どうですか。

 石丸
 ええ、厳しいばかりか、坂道を重い荷物をしょって登っていくような思いをずっとこの間してきました。一方で、原発集中地帯というのは、原発は安全だと思っている人はきわめて少ないわけですよね。

 福島
 そうですか。

 石丸
 従って、陰ながら応援してくれるということがずっと続いてきまして、それをエネルギーにして今日まで頑張ってこられたと思っています。

 福島
 原発が安全だと思っている人がきわめて稀だというのはどういうことでしょうか。

 石丸
 原発の直面している困難というのはすべて放射能に由来するわけですよね。そして福島原発が運転を開始した当初から事故と故障の連続で、運転してきた東京電力さえこんなにひどいものとは思わなかったというのが、最近出た「三十年史」という東京電力の記念誌の中でも出てます。そういう状況ですから。

 福島
 現在は避難をされていらっしゃるんですよね。これからどうやって反原発運動をやっていこうと思っていらっしゃいますか。

 石丸
 私はまず20ミリシーベルトを許容するがごとき、子どもたちが置かれている現状は大変厳しいんですね。従ってまず何をおいても子どもたちの安全を保障していかなければならないし、私はこれから人生の終わりの全てをその問題にかけて行かなければならないんじゃないかと、将来を担う子どもたちの保護、これが最優先の問題でこれに全力投球したいと思っています。

 福島
 石丸さんは社民党員、私より長い社民党員でいらっしゃいますが、社民党も「脱原発アクションプログラム」を作りました。2020年までに原発ゼロ、2050年までに自然エネルギー100%、福島こそ自然エネルギー、福島こそ脱原発、最近も福島県下の審議会で脱原発という方向性が打ち出されたところなんですが、それらについてはどう思われますか。

 石丸
 全くそのとおりでして大歓迎です。自然エネルギーの特区という方針も徐々に出てきていますし、歓迎します。ただ、一方、原発に生活のすべてを依存している人たちもまた多いというのは一つの特徴なんですね。従ってその人たちの生活保障を、再生可能エネルギーの特区として保障していくということも、忘れてならない課題ではないかと思っています。

 福島
 福島はもの作りが非常にあるところで、発電だけではなくて、工場などで、太陽光や風車などももの作りの製造現場として雇用を作ることはできないかと、是非工場を誘致してくださいということも、私もとても言われたんですね。やはり、雇用やそういうことを保障していく、そしてそれは放射性物質は出ないわけですから、安心な故郷をもう一回作っていくことができますものね。

 石丸
 私どもはもう放浪の民のような状況にあるわけですよね。将来に対する不安、そして高齢者であればあるほどとにかく故郷に帰りたいというのが唯一の希望、生きる糧なんですね。これをどう保障していくのかというのは、子どもたちの健康を守るというのと両輪の問題として、夢と希望を失わせない、夢と希望を常に皆で持ち続けようというのも非常に重要な意味を持つんじゃないかと思っています。

 福島
 これから石丸さん、いろんな活動を一緒にやっていきたいと思っていますが、石丸さん、こんなことがやりたいというのが最後にあれば、あるいは皆さんへのメッセージがあれば、一言お願いします。

 石丸
 まず私は、今回の機会を逃せば、日本は脱原発の社会にはなりえないんじゃないかと、従ってこの機会を決して逃してはならないし、そのためには、今回を通じて脱原発の完全なプロセスを明確にさせていくということが、まずもって最大の課題になると思います。

 福島
 石丸さんは社民党員で、四十年間にわたって、福島県双葉郡富岡町で福島原発に対して反原発の活動をずっとされてきた人です。今回、被災されて大変な思いをされていらっしゃるんですが、脱原発、そして愛する福島のためにがんばろうと思っていらっしゃる人です。今日はほんとうにありがとうございました。

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