福島みずほのどきどき日記

香山リカ対談録「情報とストレス」概要(6月28日)

 福島
 香山リカさん、こんにちは。毎日新聞で3.11以降のことを書いていらして、ほんとうにそうだなと思って読んでいます。今、精神科医として診察に関わっていらして、あるいは個人として、3.11のことをどう見ているかを語ってください。

 香山
 いままで、みずほさんとは9条のことなど一緒にやらせて頂いて、いろいろお話してきましたが、まさか地震や原発のことでお話しすることになるとは。
 3.11以降、病院にいらしている方以外でも。メールを頂いたり、皆さんものすごく、実際の被害もですが、心理的なダメージがすごいですね。地震・津波と原発の問題とは、よく言われますが分けたほうがいいかと思います。地震と津波の話からすると、日本の広範囲な地域が津波の被災はなくても地震の揺れを感じて、東京では多くの方が帰宅難民になったので、恐怖をそこで植えつけられて、直接怖い、という方も多かったです。
 私は今、東京の病院にいるんですが、みなどこかたかをくくっていて、東京は大丈夫、何が起きても、というところがあったようなのですが、今回大勢の方が帰宅できなくなり、そのあとも計画停電で電車が止まったり、節電だとか、スーパーでものがなくなったりとか、東京もこういう事態になると非常時を避けられないという、そういう心理的なショックが首都圏では大きかったですね。
 これは悪いことではないと思うんですが、今回の被災に対して、多くの方たちが、何とかしたい、自分も何か助けたい、という気持ちを多くもたれましたね。それは私たちにとっても嬉しいことではあるんですが、同時に、入院しているある方は、何かしたいんだけれど何もできない自分がもどかしいとか、申し訳ないとか、非常に罪悪感にかられた方も多かったです。
 普通は、被災された方で、どなたかが怪我をされたり亡くなったりしたのに自分は無事だったという方が、よく心理学で「サバイバーズギルト」と言って生き残った罪悪感を感じることがあるんですが、今回は被災地以外の方も、このサバイバーズギルトのような、私たちだけ普通でいいんだろうかという気持ちに陥ってしまった方も大勢いましたね。
 これだけ大量の映像を情報を見たり聞いたりして、あまりにも被災者の身になって考えるあまり、自分は何も被害を受けていないのに、二次的な心のトラウマみたいなものを受けてしまって、自分まで夜になると夢で津波が出て来るとか、ご飯が食べられないとか、その方まで実際に津波を見たかのような状況になっている方もいましたね。
 ほんとに多くの方が、被災地にいないのに同じような経験をしたり、あまりにも被災者の方たちに共感したり動揺したりし過ぎて、自分がダメージを受けたという方も多かったです。それは、ほかの方たちへのやさしい思いやりのようなものは尊いもので、今すぐ動かなくてもとりあえずは自分で自分をケアし、日常の生活を取り戻すようにして、おいしいものを食べたり、お茶を飲んだり、お風呂に入ったりして、そして整えておいて、今すぐ被災地に飛んでいかなくてもいつかは、それにいろいろ支援の必要になることもあるかもしれないし、まずは自分で自分が倒れないように支えるようにしてくださいと、被災地以外の方にはお伝えしているんです。
 被災地には私も何度か行かせて頂きましたが、被災地の方は本当にとにかく生きていくんだということで、みなさんご自分の感情もコントロールしながら前向きに頑張っていらっしゃる方が多くて、それはそれで、大丈夫だろうけど、もう少し無理しないで弱音を吐いてもいいのにと思うこともあるんですが、今のところは、みなさん、非常に頑張っていらっしゃると思います。
 ですが一方で原発事故という、今まで私たちが経験したことのない大変な事態が起きて、これによる心のダメージはこれはもうはかりしれないものがありますね。まず、放射性物質が目に見えないという特徴があること、いつ収束するか先が見えないこと。どんな問題でも、来年までがまんすれば、とか、仮設住宅が建ってこうなってこうなってとある程度工程表が見えるけれど、原発事故は誰も何が起きているかもよくわからないという、そして、最後のもう一つストレスの大きな原因として、誰が本当のことを言っているのか、誰を信用していいのかわからないという、私たちからすると、いろんなストレスの中の一番良くないものが3つ固まっているという、トリプルパンチの状況です。
 もちろん、福島で今実際に避難していらっしゃる方のストレスって大変なものだと思うんですね。あるいは原発の収束のために頑張っている作業員の方たちの健康もとても心配です。ただ、それもですが、実際に自分は避難の区域に入っていないけれども、という人たちの、なんともいえない、何が本当でどれを信じてどこまで気をつけていいのかわからないし、自分の努力でなんとかなるものならいいけれども防ぎようがないという、この無力感のようなもの、これは人間の心にとって最も不健全な状態にあるという感じです。

 福島
 そうですね。東京もけっこう放射線量が高かったり、あるいは私も、暑くても窓をあまり開けたくないとか、でも冷房もつけないというような状況ですね。

 香山
 それで、そういう対応に対して、家族間や職場で、人の間に温度差がある。そのことで仲間が信じられないとか、あるいは夫がすごく神経質なのに妻はそんなこと平気よ、とか、あるいは、保育園とか小学校の保護者の間でも考えに差があって、その人たち同士でグループを作ってしまうとか、非常に人間関係がギクシャクしてしまうというような相談も病院に来ていますね。
 それはもちろん、放射性物質の直接の影響ではなく二次的なものなので、学者の人は、それは思いこみ、考え過ぎだ、実害はないと言うかもしれないけれど、私たち精神科医にすれば、ストレスだって実体はないわけなので、すべてのものは、実害はないと言えば、会社のパワハラでもセクハラでもそうなんですね、別に何かされたんじゃないんだからそんなものでうつ病になるなんて、実害はない、と言ってしまえばそれだけなんですが、そうじゃなくて私たちは、そういう目に見えない心理的な負荷もストレスであって、それは結果としてうつ病とかいろんな弊害を起こすと考えるわけですから、放射性物質自体の影響じゃないからこれは原発事故の実害じゃないとは言えないと思うんですね。
 私もお恥ずかしいことに、今回の事故が起きるまで、みずほさんとお話しながら経済だけが優先される今の社会には問題を感じて、命を大切にというメッセージに共感してはいましたが、原発という存在自体が、命をないがしろにした経済の象徴的な存在のようなものだということは知っていたんですが、それ以上深く知ったりとか、実際にどういう危険がありそうだということまでは、どこかシャットアウトして考えないようにしてきたところが、私個人にもあったと思うんです。
 今回こういうことがあって、遅ればせながら本を読んだり勉強して、これはほんとに今まで大変なことを、自分も考えないように見ないようにしてきた可能性はあると、あわててチェルノブイリの時はどうだったんだろうと資料も集めましたし、するとちょうど今年、チェルノブイリ25年なので欧米の医学雑誌などでもチェルノブイリの特集がけっこう組まれていたんですね。いくつか読みましたが、どの論文でも、因果関係の証明がなかなか難しくて、ウクライナ、あるいはベラルーシでの、ガンでも、精神疾患の多発、あるいは自殺の増加という、これは確実に統計的にも言える量なんです。
 ベラルーシではそのあと自殺が非常に増えていて、しかも原発の初期の作業に関わった労働者の方たちだけではなくて、住民の方たち、それも実際避難していない方、あるいはその後生まれた子どもたちまでうつ病になっている。これは実際に避難に伴うストレスではなく、情報のストレスですよね。こういうことがあったとか、親がそれで大変な目に合ったとか。でも実際に起きているんですね。
 ですから、悲観的に考えるからそうなるとか、気持ちを明るくすればそうならないという問題とは絶対に言えない。だから今回、こういった問題にしては初めて、福島の方たちに、精神的な損害を受けた方への賠償金として提示されて、月10万とか実際の金額も言われていますが、それは福島の実際に避難されている方たち、もちろんその方たちにとってはそれですむものではないと思っていらっしゃるでしょうし、それを言い出すと、日本全国の人が精神的な損害を受けていると言ってもいいと、私は思っているんです。
 実際に私の病院にも、原発問題でいろいろ悩んだりストレスを感じて、うつ病になって治療を受けている人がいます。この方はどうなるのか。原発事故がなかったらこの方はうつ病にならなかった人ですからね。そんなことを考えると、今回の原発事故が日本の人の心の健康にもたらす破壊的な影響は、お金に換算するのが難しいくらいの、とんでもない規模になると思いますね。

 福島
 そうですね。私も、赤ん坊を抱えて荒野の中にいて狼が赤ん坊に爪を立てる、というような夢を見るんですよ。それは子どもに対して何が起きるかを、ものすごく心の中で恐れているから、そして、自分の子どもというよりも、未来がたくさんある子どもたちの命を傷つけているという恐怖心がものすごくある。そしてママたちと話をする中で、福島はもとより、東京や神奈川やいろんなところで給食が心配とか、普通の人々でもご飯が前のようにおいしくなくなっちゃったとか、それは私も正直そう思いますよね。

 香山
 いったん事故が起きるとそういう被害から、今言ったような数値化は難しいけれども実際にはある被害を含めると、非常に大きく、私が今とても心配しているのは、5月にとても自殺率が上がりましたね。3月、4月よりも上がり、被災地もだけれど、首都圏や大阪のような大都市で自殺が増えている。
 もちろん、いろんな要因があるので一つにはくくれないんですが、一つの原因として、原発事故などのもたらす絶望的な雰囲気、社会もこの先悪くなるといった、そういった雰囲気がその方のストレスになっていることも否定できないと思うんですよ。そういったことを考えると、おくればせながら、やはりこれは人が扱ってはいけない領域だったのではないかということを、私のような精神医学の立場からも痛感しますね。
 不思議なのは、とはいえ私もどこか豊かな生活を享受する中で考えないようにしてきたという反省が今回あるんですが、でもこの期に及んでと思いますが、これは福島の事故だったのよね、うちはならないんじゃない、というのも世間にはありますね。
 人間は恐怖や不安に直面するというのは非常に勇気のいることだったり、ともすればまたそれが自分へのダメージになることだったり、考えないというのは一つの防衛手段として誰もが備えているメカニズムなんですよ。ただ、今回ばかりは、もう起きてしまった事故なんですから、考えないとか考えたくないというのはもう許されないと思います。
 起きてしまった事故はなんとかしてもらわなければならないですが、日本の原発全体をどうするかは、私たちが真剣に今こそ直面しなければいけないと思います。

 福島
 私も、比喩が変だけど、戦争のような、つまり、戦争に賛成の人も反対の人も、老若男女問わずどんな人も、空襲や戦争は十把ひとからげに上から降ってくるような感じで避けようもない。それから爆弾なら避けられるし、傷ついたらわかるけれど、放射性物質は見えない、匂わない、聞こえないというものだからなおさら思うし、それから、自分以外の人間、特に子どもたちや未来に対しての脅威と思うんですよね。戦争の被害って、ベトナム戦争や世界大戦など、まさに精神科医の皆さんが苦労されたことですよね。

 香山
 非常に長期にわたって、ベトナム戦争に行った人の心の傷による後遺症はいまだに続いているという、帰ってきてすぐではなく、長期的に症状が出るという、あるいは広島・長崎の原爆のPTSDも今、まだ続いているという方もいまして、当時はそういう問題にはなかなか光が当たらなくて、それは仕方なかったとか、みんながそうだったんだからとか、というような言い方で考えられないような時代がありましたけれど、実はそれは調査をしてみると本当に長期にわたって人生を、実際の爆弾以上にめちゃめちゃにしてしまうということも起こっています。
 そういう意味では、おっしゃったように戦争のような状態にあるんですけれど、さっきも言ったように人間には、考えたくない、考えないという非常に強い心のブレーキがかかってしまうんですね。で、私も非常に尊敬しているある精神科医が、私の病院のある原宿のほんとうに平和そうな光景を見て驚いて、今何が起きているかをたぶんみな考えないようにしている、でも人間の恐怖は二十日間しか続かない、と言うんですね。
 恐れて警戒して怒りを感じて、恐怖も二十日、これは比喩だと思うんですが、を過ぎると、その状況にも自分で持ちこたえられなくなるから、ま、いいやとか思ってしまって、普通の生活に戻ってしまう。それは人間の柔軟なところ、タフなところなんだけども、でも今回の問題は、さっき言ったように、二十日過ぎて慣れたからもういいやとか、何万ベクレル、ああそんなもんだよね、みたいなのではすまされないではないですか。
 では私たちはどうやって、直後はこれはいけない、何とか原発なくさなけりゃと思ったけれども、のど元過ぎればじゃないけれど、まあでも今は何となく普通に生活できてるじゃない、みたいな弛緩した感じを、どうやって、そうじゃない、とにかく何とかしなきゃいけないんだという気持ちを保ち続けるかという、これも私たちに課せられた試練ですね。
 逆に福島さんはどうですか。これまでいろいろな活動をされてきて、これはいけない、という気持ちを保ち続けられているじゃないですか。それはどうやって。

 福島
 私のまわりは、三十年も四十年も脱原発の運動や裁判に従事している人達がいて、むしろ今回、3.11の事故が起きて、皆ものすごくショックを受けて、むしろ慙愧の念に堪えない(香山:そこがすごいですね)、後悔している。がんばって浜岡原発裁判勝ってたら、福島原発事故を止められたんじゃないか、と、みな、だから後悔してるんですよ。みな、どうやって3月11日以降過ごしたかわからないくらい、アップアップで生きて来ています。

 香山
 うまく伝えるのは難しいんですが、そのある種の誠実さ、それが、これも言葉に気をつけないといけませんけれど、逆に現代社会では通用しないという面があったかもしれない。
 今回のことがあってから、私も原子力資料情報室の方などといろいろお話して、逆に意地悪く、皆さん、ずっと言ってきたのにそのことが起きてしまって、心の中では、ほらみたことか、というような気持はないですか、とうかがうと、皆さん、とんでもない、とおっしゃるんですよ。

 福島
 だって、戦争反対と言ってきて止められなくて、戦争がはじまって自分の上にも爆弾が落ちて来る、これは大変だ、もっともっと頑張れば良かった、これから頑張ろう、と思うのと似ているような気がする。
 だから、脱原発、命がだいじと思っていたり、子どもを抱えていたり、命に対して鋭敏な人たちは、とりわけ子どもがいたら、ついそうなりますよね。そういう人たちは、むしろ被曝の恐怖や不安が大きいから、大変だという思いの方が強い。
 むしろ安全だ安全だと言ってきた人たちの方が、安全だと思い込んでいて、安全だという学者さんたちなど他人に安全だといううちにむしろ自己催眠のように、事故があってもまだ大丈夫、とテレビで言っているのをみると、は?と思ったりします。すごくストレスや危機感を感じてアップアップしている、格納容器を作った専門家の後藤正志さんや地震学者の石橋克彦さんとか、ほんとうに大変なことになった、今、考えを変えないと地震が本気出すと恐いぞとか、もっと危機感がリアルなんだと思うんです。
 ただ私はその濃淡や3月11日までの経過はともあれ、生きとし生けるもの、人間だけではなくて、犬、猫、鳥、魚、貝、ワカメにも、放射性物質は降っているわけでしょう。それに対して、生き物として痛みを感じない、自分だって痛みを感じるでしょう、放射線被曝は低線量被曝がある、もっと近い人や子どもはもっとそうだ、そこでみなものすごく悩んだりおびえたりしていると思っているから、香山さんの言うように、香山さんのような精神科医や、理解してくれる人や、あるいは悩みを話し合う、それからやはりおおもとの原発そのものをなくしていく。個人の力ではどうしようもないというのが、戦争であり、原発じゃないですか、自分だけ助かろうと思ったってそんなことできないんだから。

 香山
 福島さんがおっしゃったのは100%そのとおりで、命をだいじにするのが、という発想が先にあれば当然そうなると思います。ですが人間て面白くて、今の健康ブームみたいなものにたとえて言えば、特にアメリカ人などサプリメントを大量に飲んだり、自分の決めた運動プログラムを完璧にこなしたりして、むしろそれがストレスになったり、身体に悪いこともあるわけです。ギャグのようなフレーズでよく使われる、健康のためなら死んでもいい、みたいな。ザ本末転倒みたいなことをやるんだけれど、一度やり出したら止められない、という、原発のような感じですが、そういう本末転倒になっても、自分の目指した道をやめるのは自分のアイデンティティがなくなってしまうような人たち、それも人間のある一面だと思うんですよ。たとえば、原発事故では、経済を優先させる人にとっては、今原発を止めれば経済はこうなるとか言うわけです。でも、経済だって、生きてないと経済活動はできないわけです。

 福島
 そうです。それから原発の方がむしろ未来のない産業で、安全基準を強めればそんなの儲かっていかないわけだから、むしろ自然エネルギーで産業を創り、雇用を創り、たくさんのビジネスチャンスを地方に創るほうがよっぽど経済にいいと思いますけどね。

 香山
 そこで、生きてないと経済もまわらないんだから、まずは私たちが安全に生きられるような状況を整えて、と言っても、さっきの健康のためなら死んでもいいではないけれど、経済のためなら死んでもいい、とはっきり言いはしないだろうけれど、そういう状況になってしまっているんですね。なんのために経済活動をするのか、それは人間が豊かで幸福に生きられるために、とみな言うと思うんです。

 福島
 経団連とか理解できないですね。

 香山
 それは全く発想が違うから。私たちが生きられるために命を、というのが最優先事項としてあるわけじゃなくて、自分達が目標としている経済成長ですとか、それこそが人間の幸せだと、ある種の信仰のように思っている。たぶんそこを、これは男だから女だからと言いたくないんですが、いわゆる世の中の男性原理と言われているようなものは、そこをすみません、間違ってました、と認めるのはプライドや誇りから、ものすごく勇気のいることだと思うんですよ。
 だから、経済の世界の方でも、今考えを変えていらっしゃる方もいるけれど、それはほんとうにすごいことだと思います。人間は一度思いこんだことを修正する柔軟さを持つっていかに難しいか、今回見ていてつくづく思いましたね。特に地位があるとか、国立大学の教授だとか。

 福島
 実は私もポジティブシンキングで思っていて、利権を持っていたり、原発からうまみを生じていたり、経済ばかりという人は原発推進になりかねないが、若い人や利権をもたない普通の人やパパママや、そういう人たちは、原発、そんなに危険なものはもういいよ、とみながいっせいに言い始めたし、それから、ふるさとを愛している、第一次産業の人たちもそうじゃないですか。保守革新とかいうことともできないから、利権を持っていない人は、ある種の洗脳から、はっと気がつくという風に思っています。

 香山
 私も、原発の問題は、経済差優先ではない、みなが豊かに生きられる社会と、格差、平和、教育などいろんな問題とリンクして来ますが、あまりイデオロギーのような問題にしていくとそれは違うかなと感じます(福島:そうですね)。原発は原発として、保守革新、右左なく、護憲改憲もなく、今回は脱原発・エネルギーシフトという一点のみで、これは早くやらなきゃいけないということで、集えればいいと思うんですよ。やっているそれぞれの人の中には自分の中でつながる思いはあるのでしょうが、私も話すことのある学生などの若い人たちの中には、脱原発という人は多いんですが、残念ながら9条の活動などというと、ある色、思い込みを持っている人たちもいて、脱原発だけど、あの9条の人たちがやっているんだとちょっとね、といった人たちもいますね。そういう人たちが脱原発を離れていくのはとても困るので。

 福島
 ただ、福島県の自民党も脱原発と言いだして、自治もおそらく脱原発と言うだろうと言われているし、だから、ふるさとを離れなきゃいけないとか、漁民の人たちって自分達の生計そのものの話だから、金儲けよりずっと以前の問題として、いやだ!と思っていると思います。

 香山
 だから、原発については、素朴なところでこんな怖いものはいやだとか、3.11のようなあんな怖い思いはしたくないとか、子どもに水を飲ませられないかもと思ったときの恐怖とか、そういう素朴なところから主張するのが一番いいかなと、そこだったら共感してくれるんじゃないですかね。

 福島
 また、精神科医の診察の現場でいろんな悩みを持っている人たちの話も聞かせてください。

 香山
 最後にもう一言。震災と原発、ほんとに大変なことなんですけど、他の問題がチャラになったわけじゃないですね。

 福島
 格差も、雇用も、差別も。

 香山
 ほんとにそうなんです。どうしても私たちの関心も対策も、復興支援と原発事故への対応に行きがちですが、そのかげに医療の問題とか、格差の問題があって、更にその上にこの問題が着たんですよね。相変わらず苦しんでいる人はたくさんいて、震災などの直接の被害者じゃない人たちが置き去りになるようなことがあると、これは非常に問題だと思います。
 だから、その人たちの問題でも手一杯だったところに更に今回の災害が起きたので、本当に大変なことなんですが、ぜひ、震災と原発、両方ともみなで考えつつ、違う問題も決してなくなったりご破算になったりしたわけではないということも、どこかで忘れないようにしていきたいと思いますね。

 福島
 そうですね。今日はほんとうに有難うございました。

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