福島みずほのどきどき日記

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憲法審査会で参考人質疑

5月26日の憲法審査会で、小川仁志さん(徳山工業高等専門学校准教授)、小林節さん(慶應義塾大学名誉教授・弁護士)、小澤隆一さん(東京慈恵会医科大学教授)、井口秀作さん(愛媛大学法文学部総合政策学科教授)の4人の参考人に対して質疑をしました。議事録の速報版をアップしましたので、是非お読みください。

○福島みずほ君 社民党の福島みずほです。今日は参考人の皆さん、本当にありがとうございます。
 まず初めに、井口参考人と小澤参考人に集団的自衛権の行使についてどうお考えか、解釈改憲についてどうお考えか、安保法制懇の報告書と安倍総理の記者会見についてどうお考えか、お聞かせください。先ほど小林参考人からはありましたので、よろしくお願いします。お二人にお願いいたします。

○参考人(井口秀作君) どう言ったらいいんですかね、今言った四つ全部ノーという答えが一番簡単なのかもしれませんけど。
 一つだけ、集団的自衛権について、それは解釈改憲についてのところですけれども、今何が問題かというと、政府自身ができないと言ってきたことを解釈でできるというふうに変えるということの問題ですから、要するに、他人がノーと言われたものを嫌だと言っている話じゃなくて、自らできないと言ってきたことを変えるということですから、これは本来あるべき手続というのは憲法改正の手続によるべきである、よってもできるかどうかはまた別の議論かもしれませんけど、そういう意味で、解釈改憲が進んでいくということ自体が一つ問題であるというふうに思っています。
 それから、先ほどの意見陳述の最後の方、ちょっと急いでしまいましたが、要するに、国民投票法ができることは国民主権の実現だみたいな話というのは僕はおかしいというふうに元々思っていましたけれども、七年前、八年前のときの議論は、憲法改正手続を整えて、もう解釈改憲の限界があるからこれでやりましょうと、こういう話だったわけですね。こういう話をして、ここで議論しているにもかかわらず、片っ方で解釈改憲がむしろ進んでいくというのは、これはまた正直もう理解し難い状況であるというふうに思っています。
 集団的自衛権については、賛成かどうかと言われたら、端的に反対というふうに思っています。
 安保法制懇については、それほど小林先生の報道、詳細に読んでおりませんけど、これもちょっと理解し難いことが多々あるなというふうに思っています。
 以上です。

○参考人(小澤隆一君) まず集団的自衛権についてですが、先ほど和田委員からも基地提供も集団的自衛権に含まれるというお話の御案内がありましたけれども、これは、確かに一九六〇年三月三十一日の参議院予算委員会で岸首相はそのような趣旨の答弁をされていますが、しかし、同じ年の四月二十日の衆議院安保特別委員会では、そうではない、他国に出ていって、そしてその領土を守るという集団的自衛権の行使はできないという、現在の政府の定義している集団的自衛権の概念を前提にした答弁をされています。ですから、今の政府の集団的自衛権の理解、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利、この定義を取りあえず踏まえて議論をするべきではないかというふうに思います。
 そのように考えた場合に、このような集団的自衛権は必要最小限度の自衛権を越えるというふうにしてきた政府見解というのは、憲法九条の読み方としては、その限りにおいては間違っていないというふうに考えております。これを解釈によって変えるというのは六十年間培ってきた政府の憲法解釈を変えるということですから、それは幾ら何でも一政権のできることではないだろうというふうに考えております。
 安保法制懇の報告につきましては、いわゆる芦田修正論を持ち出して全面的な集団的自衛権と国連の集団安全保障措置を認めるという議論を立てておりますけれども、これについては安倍総理の記者会見でもって政府としては取れないというふうに言われました。これは、芦田修正論というのはかなり憲法九条についての乱暴な、私から言うと解釈だと思いますので、それを排除されたことは結構なことかというふうに思いますけれども、しかし他方で、必要最小限度であれば集団的自衛権を行使できるという説も一方で立て、それは政府として今後研究されるというふうに安倍総理は述べられましたけれども、これについては現在の政府の憲法解釈とは相入れないものとして私は理解をしております。
 以上です。

○福島みずほ君 井口参考人にお聞きをいたします。
 安倍総理は記者会見で二つの事例をフリップを使って説明をされたわけですが、今、与党協議の中では十五の事例でやっているというふうに報道をされています。そもそも、集団的自衛権の行使というのと、その説例として出ているものとがどういう関係なのか、関係があるのかも分かりませんし、国民の皆さんに二つの事例で説明しながら、実は十五事例で議論しているというのも全く国民に説明をしていないと思いますが、いかがでしょうか。

○参考人(井口秀作君) まさにそのとおりだと思います。要するに、これが一年前に国民のために憲法を取り戻すと言っていた人の出す事例かというふうに思っていますので、そこの整合性を含めて、この説明で何か国民に理解してもらえるんだろうかという、正直大いに疑問に思っています。
 以上です。

○福島みずほ君 投票年齢についての議論について、それぞれ参考人の方から非常に意義深い説明をしていただいたというふうに思っています。
 ところで、宿題は三つと言われて、衆議院議員の方はそうおっしゃる人が多いんですが、実は参議院は、ここは参議院で、十八の附帯決議が付いておりまして、それも全く、まだまだ本当に論議は、ほとんどというか、一切されておりません。今日の例えば小澤参考人の話では、選挙のときの投票年齢と憲法改正のための年齢がギャップがあることは違うんじゃないかという説明もありましたが、それも残っているし、それから十八の附帯決議も残っていると。
 私自身は、今回の憲法改正のための国民投票法案は未完成交響楽団というか、未完成だと、この状況で憲法改正のための国民投票はできないというふうに思っておるんですが、井口参考人、小澤参考人、いかがでしょうか。

○参考人(井口秀作君) 未完成というか、未完成の部分というのはあると思います。そして、未完成であるにもかかわらず、もう数年前にこれを作るということの意味が、これは多分作ることに意味があった、作る側からすればですね、要するにそういうことだったんだろうなというふうに思います。それは何のために作るのかというと、要は、要するに国会で憲法改正の原案を作りたいという、そういうことを優先させた結果だというふうに思っています。
 だから、宿題それから附帯決議も含めて問題になっているのは、全部、ほとんど国民投票に関わる事柄なんですよね。国民投票の年齢ですら、今日の話でもそうですけれども、よく分からないという、そういうところがありますから、ある意味未完成で、議論すべきが多々あるにもかかわらず、取りあえずは作ることに意味がという、そういうもので、未完成、見切り発車立法であったのではないのかなというふうに強く思っています。
 法的に施行できないかどうかということはまた別途の問題、別の問題かもしれませんけれども、いずれにしろ、幾つも疑義を抱えた国民投票の制度設計の中で国民投票を行われると、その結果自体に疑義が生じる可能性があるという意味で重大な問題だというふうに思っています。
 以上です。

○参考人(小澤隆一君) 私はこの現行法が成立する直前の参議院で参考人として意見を述べさせていただきましたけれども、またその前の衆議院での公述も含めて、現在の法律は例えば投票が成立するに当たっての最低投票率が定められていないとか、そういった様々な問題点があるということを指摘いたしました。それはこちらの院でも附帯決議としてなされているところでありまして、まさに福島委員御指摘のとおり、未完成なものだと思います。そしてまた、未完成部分については、現行法の現在の状態はかなり憲法の目から見て危ない、怪しいという、こういうことも考えております。
 今回私が指摘をさせていただきました十八歳投票制と二十歳選挙権のずれの問題はまた別の論点、テーマではありますけれども、違憲の問題を上書きしてしまうという、こういう危険性のある立法措置ではないかと、このように考えております。

○福島みずほ君 小川参考人にお聞きをいたします。
 今日のお話で、さっき小林参考人が、憲法は誰のものか、国民のものだと力強くおっしゃって、そして小川参考人もそのことを実践としてやっていらっしゃるということにすごく示唆をいただきました。
 私も、若い人でも年齢に関係なくやっぱりいろいろ政治のことを考える、あるいは日本の中でもっともっと主権者教育がされていればもっと憲法は国民のものになるし、もっとダイナミックな政治過程が生ずると、みんな政治を諦めないで少しずついろんな形であれコミットしていくことで民主主義がもっと実現されるというふうに思っております。
 先ほど公務員の政治活動や、様々発言していただいたんですが、その観点からこの法案についての御意見をお聞かせください。

○参考人(小川仁志君) もうまさにおっしゃるとおりだと思うんですけれども、国民が今の教育においては善き市民になるための教育しか受けていないと。本来であれば、シチズンシップ教育の概念からすると、積極的な市民、能動的な市民になることが望ましいわけですね。しかし、そういう教育がされていない。その現状を変えない限り、国民投票をこれ十八歳に権利を与えても形骸化されたものになってしまうということで私は教育の充実を訴えているわけですけれども、公務員の規制についても基本的には同じようなことが言えると思うんですね。いろんな制約を考慮して、本来、主権者が積極的に能動的に国家に関わるべき事態において余り制約が大きいと、その本来の趣旨が損なわれてしまって、我々が求めている間接民主制の例外として直接主権者に意思を問うというところが実現されないのではないかという危惧はいたしております。
 以上です。

○福島みずほ君 私は、安保法制懇の座長代理である北岡さんの憲法を無視してもいいのだという発言に実は一番、最近の中では危惧を感じております。
 また、今日、憲法学者として来ていただいているので、短くて済みませんが、井口参考人、小澤参考人、小林参考人に、こういう発言について、あるいは、申し訳ないが、自民党のQアンドA、憲法改正案の中で、この憲法は天賦人権論に立たないというのに本当に驚いて、アメリカ独立宣言やアメリカの憲法、そしてフランス人権宣言に立たないのかと本当に驚いたんですが、この二点について、簡単に感想をお願いいたします。

○会長(小坂憲次君) それでは、井口参考人、小澤参考人、小林参考人の順でお願いいたします。

○参考人(井口秀作君) 私人として憲法に従う必要はないと言ったのであれば、あなたはどうぞという感じですけど、要するに、政治家に向けて、権力者に向けて従わなくてよいんだという意味で言ったのであれば、これははっきり言ってとんでもない話だというふうに思います。
 それから、多分二つ目のことと関わると思うんですが、憲法というのは、やっぱり人類の歴史の中で、積み重ねの中で出てきているわけですね。明治憲法ですらドイツのことを参照しつつ出てきているという、そういう人間の、何というんですかね、歴史の中で積み重ねられてきた立憲主義とか、そういう思想に基づいて作られてきているわけですから、その観点からいうと、そもそも日本だから天賦人権はないとか、そういうのはちょっと歴史的にナンセンスかなというふうに思っています。
 以上です。

○参考人(小澤隆一君) 今、福島委員が述べられた北岡座長代理の御発言は、もしかしたら憲法だけではなく自然権もあるんだということを言われたのかもしれませんけれども、しかし、今、国連憲章に書かれている個別、集団の自衛権は、これは確かに固有の権利とは書かれていますけれども、個別的自衛権につきましては国際慣習法上、自然権的な性格の強い権利かもしれませんけれども、集団的自衛権については国連憲章によって創設された権利だというのが国際法学の通説ですから、これについてはわきまえていただきたいというふうに考えております。
 以上です。

○参考人(小林節君) 北岡発言は直接聞いておりませんので確認はできませんが、もしそれが事実だとしたら、冗談でしょうとしか言いようがないです。
 それから、天賦人権説については、たくさんの自民党の議員を僕存じ上げているんですけど、あのパンフレットがとても異常に見えて、誰か執筆責任者が書いちゃったんでしょうけれども、例えば去年の五月の憲法記念日の前に、あるテレビ局の取材で石破幹事長と党本部で三十二分、対談をしたんですけど、そこで一つも対立が起きなかったんですね。つまり、意見の違うところは、あれはたたき台ですからこれから議論して変えていけばいいじゃないですかと彼は言ったんですね。
 だから、言葉尻を捉えたらとんでもないものですけれども、だけど、これも議論の中で、自民党というのは大きな政党で、一番のはっきり言って人材集団ですから、議論によって変わっていくと私は信じております。

○福島みずほ君 ありがとうございました。

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