福島みずほのどきどき日記

弁護士の大先輩中島通子さんを悼む。

中島通子弁護士の葬儀で、弔辞を読みました。

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 中島先生、先生にこんなに早く突然お別れを言わなければならない日が来ようとは全く思っていませんでした。先生を呼んできたので、先生と呼ばさせて下さい。多くの人が突然の死に大変ショックを受けています。
 中島先生、女性たちのために、平和のためにパイオニアとして果敢に、素晴らしく、素敵にがんばってこられたことに、心から感謝をいたします。本当にありがとうございました。
 シャープな頭脳を持ち、身を粉にして心を砕いて、事件にあたり、平和の問題で、働く女性の問題で、常に先頭に立ち、道を切り拓いてこられました。
 中島先生は、後輩の女性たちを大変よく育てられました。先生の存在がなければ、私も性差別撤廃をテーマとする弁護士にならなかったでしょう。
 私は、大学生の時に、中島先生にお会いをして話しをすることができ、弁護士にあこがれました。
 私と秋田一恵さんが、司法試験に合格をしたその日の夜に、林陽子さんをはじめ中島先生が、合格の会食会をして、お祝いをしてくださったことを生涯忘れることができません。
「これからがんばってね」とお祝いをしていただいたことは、私の弁護士生活の記念すべきスタートとなり、どれだけ励まされ、うれしかったことでしょうか。
「行動する女たちの会」や様々なチームで一緒に活動をさせていただきました。
 中島先生は、働く場所での男女平等の実現に素晴らしい活動をされてきました。
 日産自動車事件、日ソ図書事件、三陽物産事件、昭和シェル事件、日本鉄鋼連盟事件、帝国臓器転勤命令拒否事件、沖縄のバスガイド若年定年制事件、「私つくる人、僕たべる人」のCMに対する抗議行動など、枚挙に暇がありません。「働く女性のための弁護団の共同代表を務め、『女が働くこと』をもう一度考える」「男女同一賃金」など数多くの素晴らしい著書を書いていらっしゃいます。
 雇用平等法を作ることに心を砕き、直接差別、間接差別をなくそうと果敢に着実にシャープに時代を切り開いていく裁判活動は、歴史を作り多くの女性たちを励ましてきました。
 また、疎開先での経験に基づく平和への希求の思いも熱い一貫したものでした。
 イラク派兵訴訟の代理人となり、また国会の議員会館で開かれる平和の集会に、お忙しい中、実によく出席をしてくださっていました。そして日本が戦争をする国になるのではないかと時代の行く末を本当に心配をされていました。
 今、日本国憲法を変える動きが急速に進み、平和や民主主義、男女平等が壊されるかもしれないかな、中島先生が亡くなられたことは極めて大きな痛手です。本当に残念です。
 でも中島先生、どうかこれからも時代を大きく照らし、「千の風」「万の風」となって、みんなを励まし続けてください。
 私たちはみんな先生の遺志をついで、力いっぱいがんばっていきます。
 平和と男女平等の問題でがんばってこられた先生のご冥福を心からお祈りいたします。
 中島通子先生、本当にありがとうございました。

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