事実究明を妨げるな
2008 / 03 / 01 ( Sat ) 3月1日(土)
事実の究明がこれほどまでになされないこと、事故当日の19日もなかなか情報が開示されなかったことに怒っている。 国会のなかで、事実の説明が2転3転している。しかも防衛大臣は、自ら事故当日防衛大臣室で、自衛隊の幹部と航海長を呼んで、会談を持っていたことをなぜ隠していたのか。 「あたご」の航海長は、ヘリで、市ヶ谷の防衛省に呼ばれ、会談を持っている。 これが明らかになるまで、なぜこのことを石破防衛大臣は、黙っていたのか。 口裏合わせと思われても仕方ないのではないか。 また、19日の事故当日には、もうひとつのことが起きている。自衛隊の幹部が、ヘリで逆に「あたご」に行っている。「あたご」にいた滞在時間は、朝の8時半から午後の5時半まで。艦長の補佐をしていたというが、「あたご」のなかで何をしていたのか。 石破大臣は、海上保安庁の捜査をどう考えているのだろうか。 「普通の国であれば、軍隊の中に警察が入ってきて捜査するというのは考えられない。」と言っている。このことそのものもおかしい。 かつて、海上自衛隊と漁船が衝突したときには、そんな議論は出なかった。 警察の権限をどう思っているのか。 このような発言が出ることに、危機感を感ずる。 捜査権限がはいらなければ、様々な犯罪も表に出ず、また、被害者がいても事実究明すらされないではないか。 自民党が既に発表をしている自民党新憲法草案では、司法のところで、軍事裁判所の設置を規定している。 「軍事に関する裁判を行うため、法律の定めるところにより、下級裁判所として、軍事裁判所を設ける。」としている。 日本の高校生を乗せた「えひめ丸」が、アメリカのハワイ沖で、アメリカの潜水艦によって沈没させられた事件は、軍事裁判所で裁かれ、非公開であり、日本の遺族の人たちは、事実を知りたくても事実究明がなされなくて、極めて残念だったということを聞いたことがある。 軍事裁判所は、非公開である。 また、検察官も裁判官も軍人であり、軍人に対しては刑が軽くなる傾向になる。 日本の戦前の軍事裁判所がそうであった。 だからこそ、軍事裁判所のような特別裁判所を作ってはいけないのである。 日本国憲法は、それこそだからこそ特別裁判所を禁止をしている。自民党新憲法草案では、軍事裁判所は、下級裁判所としているので、最高裁に訴えることができるから、特別裁判所とは厳密には言えないかもしれない。しかしながら、最高裁判所への上告理由は、憲法違反のことがあることなどを含め、極めて限定されている。最高裁判所では、原則として、事実審理はやらない。 だから、自民党が作ろうとしている軍事裁判所は、限りなく特別裁判所に近くなる。 被害者もメディアも国民も事実を知ることが本当に難しくなる。 今回、勝手に、航海長を防衛大臣室に呼んでみんなで話し合いをし、そのことすらも発表してこなかった防衛大臣と防衛省は、事実をきちんと究明し、海上保安庁の捜査に協力しようという立場ではないのではないか。 電車事故であれ、車の事故であれ、通常は、運転者は、現行犯逮捕され、罪障隠滅のおそれがあるとされる場合は、勾留され、接見も禁止されたりする。 それとあまりに違う。 会社が、こっそり運転者をヘリで救助して、会社に呼び、会社と打ち合わせをして、こっそり現場にへりで返して、知らんぷりをしていたということではないか。 普通こんなことは当たり前だができない。 石破大臣の発言は、既に、「自衛隊」を特別視、特権視するものではないだろうか。 しかし、そういうことそのものが、実は、自動操舵で、漁船の多いところを運行し、よけるのは、漁船のほうだといった意識になっていると思う。 社民党は、今まで、自衛隊のなかでのいじめやいじめによる自殺の問題に取り組み、裁判も支援してきた。遺族の人たちと本当に仲良くなった。 特に、海上自衛隊という逃げ出せない船のなかでのいじめとそれによる度重なる自殺の問題に取り組んできた立場からすると、命や人権問題の軽視が、今回の事故とも重なっていく。 今は、岐路である。 「そこのけ、そこのけ、自衛隊が通る」という時代を作ってはいけない。 |
|
| ホーム |
|
